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当代の獣王ゼノにはたくさんの子がいる。正確な数は当人達でさえ把握していないが、少なくとも二十は超えているらしい。獅子族の獣人では珍しくもないことだった。そもそも獅子族は一夫多妻だし、獣王ともなれば寵姫だけで三十人を超える。全員と関係を持つわけではないが、それでも必然的に子は多くなる。
数多くいるゼノの子の中で、獅子族の妻が生んだーーいわゆる純血の子である四人は幼い頃から頭角を現していて、次代の獣王はこの四人のうちの誰かだともっぱらの噂だった。
ゼノは健在とはいえ、獣王は最も強い者がなるしきたりだ。いつ代替わりが起きてもおかしくはない。蛇族に限らず、多くの部族が今のうちに有望な獣王候補に取り入ろうと躍起になっている。
一度見失った獣王候補を再発見したのは、最初の『売り込み』から三日後のことだった。
「やあ、元気?」
ニニが声を掛けると、セザは顔を上げた。その手にあるのは仕留めたばかりの山羊だ。しかも三頭。内臓処理まで終わっているので、これから食べるつもりなのだろう。
「山羊は焼いた方が美味しいよ」
ニニは小枝と乾いた葉っぱを集めた。セザの獲物を捌いて串に刺して、手早く火を起こす。
セザは文句を言うでもなく様子を見ていたので、ニニは受け入れられたと前向きに解釈した。ちゃっかり自分の分の肉を確保。大きな串焼きをセザに差し出した。
「小慣れているな」
ニニは愛想笑いで応じた。
うまくて当たり前だ。兎を捕まえては散々練習した。全てはセザに気に入ってもらい、彼の従者になるためだ。
強さを重んじる獣人族の中でも蛇族は忌み嫌われている。獣人族の宿敵である水妖を彷彿とさせる鱗。毒で相手を倒す狡猾さ。地を這う姿がお似合いの、無様で惨めな一族とそしりを受けている。
しかしニニに言わせれば、全て負け犬の遠吠えだ。世の中は生き残ったものが勝ち。死んだらそれっきり。ならば、生き抜くために知恵をしぼるのは当然のことだ。
ニニは自分という生き物を正しく理解していた。獣人なのでそれなりに力はあるが、同じ獣人を絞め殺すほどの腕力はない。狼族の紫苑のような鋭い爪や牙はなく、鹿族のファルサーミのような角もない。ましてや獅子族のセザのように赤熊を瞬殺するような力は、この先どんなに努力しても得られないだろう。
牙も爪も力もない蛇族の獣人が千尋の森で生き抜くにはどうしたらよいのか。ニニが導き出した答えが無抵抗と『笑顔』だった。
敵いもしない強者に真っ向から挑むなんて馬鹿げている。強者にはなびくのが世渡りのコツだ。人畜無害であることを示してご機嫌を取って、安全確保とほんの少しの生きる糧を頂戴する。持ちつ持たれつの有益な関係をニニは望んでいる。
ニニは三日ぶりの肉にかぶりついた。熱々の肉汁が口の中に広がる。空腹も手伝ってニニはあっという間に串焼き三本を平らげた。
「杏に少し持っていこうかな」
セザは獣人族屈指の実力者。山羊肉の少しをいただいたところでめくじらを立てるほど狭量ではないだろう。
「杏って知ってる? この前『千花』に入ったばかりなんだけど、蛇族の子。僕の親戚なんだ」
『千花』とは獣王の寵姫達の総称だ。とはいえ、人間で言う寵姫とは若干役目が異なる。『千花』は王の伴侶であると同時に、世界樹と水門を守る役目を担っている。そのため各部族で最高の戦士が選ばれ、獣王に献上されるのがならわしだった。『千花』に入った時点で獣王直属の配下とみなされる。その証として『千花』の寵姫は皆新たに花の名前をつけられるのだ。
「……蛇族の者が『千花』に?」
セザがわずかに眉を寄せた。
無理もないことだ。蛇族が『千花』を輩出したのは初代獣王の御世が最初で最後。以来、卑しい蛇族からは誰一人として獣王にはべることはなかった。獣人族における蛇族の地位は最低と呼んでも差し支えない。
「ノノ様が頑張ったらしいよ、よくわかんないけど」
蛇族の長であるノノは現状を良しとせず、多部族と交渉したり、獣王ゼノに直談判したりと蛇族の地位向上のために奔走している。蛇族から『千花』を輩出したのもノノの成果の一つだ。
蛇族が他の部族と肩を並べるのも夢ではない、とノノは語る。族長の命を受けて、ニニは今、セザに取り入ろうとしていた。
「ねえねえ、僕って結構便利でしょう? 情報通だし、料理もできるよ」
目を輝かせてアピールするニニ。セザはそんなニニの頭からつま先までひと通り眺めて、言った。
「非常食枠でなら、考えてやる」