期間限定大特価
精悍な青年だった。
小柄だが引き締まった痩躯には一分の隙もない。照り輝く金髪を無造作にかき上げ、前を見据える眼差しは鋭く、獣王ゼノの面影を色濃く受け継いでいる。姿形こそ人間と変わりないが、尻尾は獅子のそれだ。間違いない。ニニは森の中をひた歩く青年の前に躍り出た。
「はーい、そこのちょっと背は低いけど強そうでカッコイイ獅子族のお兄さんに耳よりなお話。そう、そこのあなた! 毎日毎日修行だの討伐だの挑戦者の相手だの、お疲れではありませんか?」
とりあえず、興味を引くことには成功。目的の獣人、獅子族のセザは足を止めた。胡乱な眼差しではあるが、聞く姿勢を見せる。
「何者だ」
「よくぞきいてくださいました」
ニニはうやうやしく礼をした。
「僕の名前はニニ。何を隠そう、本日オススメしたいのはこの僕です! 荒んだ日々を送るあなたに癒しを。珍しい銀髪に中性的な顔、近所の奥様方にも大好評な愛らしさ。蛇族のマスコットことニニ君を従者にいかがでしょうか」
ニニは自身の頬を指差した。特別大サービスでとびっきりの笑顔も添えてやる。
「可愛いだけじゃないよ。小柄ですばしっこいから偵察や伝令にはもってこい。人畜無害な体を装って相手の懐に入り込むのはお手の物。仕留めた獲物を捌くのもお任せあれ!」
反応は上々。あともう一押しか。ニニは人差し指を立てた。
「今ならなんと、一日兎一羽の大特価で、この可愛くて有能なニニ君があなたの従者になりまーす!」
セザはニニの爪先から頭のてっぺんまで一通り眺めた。きっと見定めているのだろう。従者にするべきか否か。ニニは固唾を飲んで結果を待った。
かくして、獅子の獣人セザは「うせろ」と低い声で呟いた。
「失せろ?」ニニは腰に手を当てた「断るにしても言い方があるんじゃないかな。いくら僕が嫌われものの蛇族だからって、同じ獣人なんだか、」
セザは身を低くして飛びかかった。ニニに向かって。一直線に。
「いっ!?」
狩りの獲物よろしくニニは固まった。反射的に動くはずの身体が全く動かない。射竦められたのだと気づいた時、目の前に鋭い爪がきらめいていた。
殺される。否応がなく理解した。疑問を差し挟む余地はなかった。獣人の中でも最強を誇る獅子族に狙われた獲物としては当然の末路だ。
が、セザの腕はニニの頭上を通り過ぎた。硬いものがぶつかり合う音。間髪入れずセザは回し蹴りを、ニニの背後にいたそいつに放った。
ニニの倍の背丈はあろうそいつは、巨大な熊だった。燃えるような赤毛ーー『赤熊』と呼ばれる猛獣は、セザの蹴りをまともに受けた。鈍く、嫌な音がした。威嚇の咆哮はおろか悲鳴をあげる間もない。首をへし折られた赤熊はあっけなくその場に崩れ落ちた。
「…………え?」
間の抜けた声がニニの口から漏れた。地面に伏してぴくりとも動かない赤熊と、息一つ乱さないでそれを見下ろすセザ。何が起きた。どういうことだ。
状況を把握できないニニを置いて、セザは赤熊がこと切れていることを確認した。次いでニニの方を向いた。ニニは「ひっ!」と小さな悲鳴をあげた。
「捌くのは得意だと言っていたな」
「い、命だけは……僕おいしくないよ! 蛇だから! かたいし、ここ数日何も食べてないし、うろこ取るの面倒だし」
「質問に答えろ」
ニニは全力で頷いた。実は兎や島などの小動物しか捌いた経験がないのだが、撤回するには遅過ぎた。
「捌けます! ええ、もちろん、いくらでも!」
明らかに挙動不審なニニにしかし、セザはまるで頓着しなかった。仕留めた赤熊を無造作に放り投げ「好きにしろ」と言い捨て踵を返した。
どういう意図かを訊ねる間もなかった。セザは何事もなかったかのように森の奥深くに消えていった。
ニニは赤熊を見下ろした。兎十羽分はあろうかという大きな肉の塊。ご馳走に見えてしまったのは、獣人として至極当然のことだった。