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「蟲毒、というものがある」
「こどく?」
「簡単に言ってしまえば、毒を持った蟲たちをを一つの壺に入れ数日待つ。その中で生き残った蟲をだな、呪術に使う」
「どうして生き残った蟲を使うの?」
「蟲たちの中で一番強いからだ」
「ねぇ、もしかして……」
玉彦は苦々しく目を閉じて天井を仰いだ。
「五村は深い穴を蟲毒に見立てたのだ」
ぞわりと二の腕に鳥肌が立った。
穴で生き残った者はどうなったのか。
それ以前に蟲毒に見立てた当時の五村の人々の考えに。
「悪意を持った輩たちは、穴の中でもがき苦しみ死んでいった。こんなことをしなければ良かったと後悔をする者もいただろう。だが大半は己らを穴に放り込んだ五村の護り手たちを恨んだに違いない」
それはそうだろう。
自分たちの死に直結した原因は、自分の行動にもあるけれど、致命傷を与えられて穴に放り込まれた事にある。
それに人を襲って殺そうとしていた者たちだから、逆恨みするのが簡単に想像できる。
「蟲毒って生き残った蟲を呪術に使うんでしょう? 地獄穴で生き残った人は、どうなったの?」
「聞きたいか?」
「聞かなくても話は進められる?」
玉彦は大きく息を吐いて朝日が差し込む障子を見つめた。
きっと深い地獄穴では朝日は差し込まなかった事だろう。
「最後に生き残った者の名は、五郎丸という。屈強な髭面の山賊だったそうだ」
どうやら話さないと話は進まないらしく、玉彦は気難し気に眉を顰める。
あまり私には聞かせたくないんだろうな。
「死体が積み重なり、あともう少しで穴から出られる。その時に油を流し込み、火を点けた」
「なに、それ」
「罪人は断罪されなくてはならない。穴から出られれば無罪という訳ではない」
「そうだけど未遂でしょ!?」
「未遂であってもこの五村に悪意を持ってやって来た者を裁かない理由にはならない」
「裁くってそれって五村の仕事ではないでしょ!」
「現在は日本という中に組み込まれているが、当時の五村は自治権を認められ独立する裁きが許されていた」
「そんなのって……」
「もう過去の話だ。流石に現代でこのような行いはしない」
「当たり前でしょ!」
「……五郎丸は恨みつらみを叫びながら燃えた。蟲毒に見立てられ地獄穴で死んでいった者たちの全ての怨念を背負った五郎丸の叫びは凄まじく、火が燃え尽きるまで続いたそうだ。そして五郎丸が死んだ時に蟲毒の呪術が完成したのだ」
「どうなったの……?」
「五村を侵害しようとする輩にはその呪が飛び、禍を呼ぶ。正確には死した輩たちが侵害しようとする者を仲間と認めて迎えに行くのだ。五村を一緒に滅ぼそうと。しかし強すぎる怨念は禍しか呼ばぬ」
私は全てを悟って眩暈がした。
気が付いた玉彦は立ち上がって部屋の空気を入れ替えるために障子を開け放った。
肌を刺す空気が私を段々と現実に引き戻す。
地獄穴は協和不動産が地鎮祭を行おうとしているところにあったのだろう。
奇しくも五村を開発という名目で侵害しようとしている協和不動産は、死した輩たちに目を付けられたのではないだろうか。
だから今日のお役目の前に玉彦はこの話をしたのだ。
一体どこまで怨念は飛んでいったのか。
担当者になっている高田くんには確実に被害があるんじゃないの?
しかも彼には奥さんとまだ幼い子供が二人いる。
もし家族にまで被害が及んでいるんだとしたら……。
私は沸々と澄彦さんに対する怒りが沸き上がる。
知っていてこんなことをさせて放置しているのは確かで、そこまでしてまで高田くんを手に入れようとするその強欲さに腹が立ってきた。
回りくどいことをせずに直接スカウトすればいいのに。
しかも相手を恐怖に陥れて弱みに付け込もうとするそのやり方が気に入らない。
それに……。
「あんた、知ってて放っといたわけ?」
雪空を見上げていた玉彦の背中にとげとげしく問い掛ける。
すると彼は腕組みをして振り返ると、心外だとでもいうように片眉を上げる。
「比和子よ。お前は何者だ」
「え?」
「何者だと聞いている」
「正武家比和子よ」
結婚して名字が変わったけど、私は私だ。
質問の意図は何だろう。
「では正武家比和子は何者だ」
「え? 何者って何よ」
「お前、相変わらず鈍いな。では、この屋敷を訪ねた者に何と自己紹介をする」
「初めまして、正武家比和子です。次代の玉彦の妻です」
「初めまして正武家比和子です。高田史央の同級生です。とは言わぬだろう」
「当たり前でしょ。私は私で玉彦の妻で神守の者だもん。高田くんはまるっきり関係ないじゃん」
「そういうことだ」
「は?」
「父上や俺にとって高田史央という人物、協和不動産という会社は五村を脅かそうとする以外何者でもない」
「……うーん」
「正武家はこの五村と共に在る。根底を揺るがす者を認めず、許さず。正武家の者として、お前はまず何をすべきか優先順位を誤ってはいないか?」
諭されるように告げられて、ようく考えてみる。
まず協和不動産が土地開発を行おうとしていること。
これは正武家として認められない。
何らかの考えを持って今回澄彦さんは条件付きで許可をしたけれど、例外だろう。
では高田くんを正武家に仕えるものとして招き入れることは。
これは単なる人事の問題で、彼が断われば別の人に白羽の矢が立つんだろう。
正武家として求めた人材ではなく、あくまでも澄彦さんが動いているものだ。
正武家はお役目が第一。
それ以外は無頓着で為るように為るさと適当だった。
そう考えてみると、私が先程まで腹を立てていたことは正武家の者としては些細なことで、むしろ五村を脅かそうとしている人たちなのだから災難が降りかかったとしても関せず。なのか……。
今回は私の同級生が巻き込まれてしまったから、私の中の優先順位が狂ってしまったけれど、もし協和不動産に高田くんがいなければ私は見ず知らずの担当者の家族をこうも心配しただろうか。
答えは、残酷だけど否だ。
きっと私は五村を開発しようとする人たちを良くは思わず、自業自得だと思っただろう。
漸くそこまで思い至って、おずおずと玉彦を見上げればゆっくりと目を伏せた。
「この地で生まれ育った俺は、正武家が続くように叩き込まれておりそれが判断基準になっている。比和子はそうではないからこうした齟齬が出てしまう。悲しいことではある」
「玉彦……?」
「俺や父上が情の無い人間に感じられることもあるだろうな……」
「そっ、そんなことないよ。私の自覚が足りなかっただけだし、これからはきちんと考える」
「……比和子は比和子のままあればよい。俺も父上も、そう願っている」
少しだけ悲しそうに微笑んだ玉彦は儚げで、開け放たれた障子の向こうで深々と降る粉雪に融けて消えてしまいそうだった。




