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「それはもう、五村の意志がどう考えているかだよね」
昼餉の席で食事を終えた澄彦さんと玉彦に、夏子さんから聞いた話と私の疑問を話題にすると、澄彦さんは事もなげに答えた。
玉彦も頷くだけで、特に反対意見は無いらしい。
「でもあれだね。孫に神守の眼が受け継がれるかもと考えると、嬉しいものだね」
のんびりとお茶を啜る澄彦さんはニコリと笑う。
「視えない正武家が視えるようになるんだ。凄いことだよ」
「でもそうなると、上守のお祖父ちゃんの家が無くなっちゃいます。神社も」
「あぁ、それは困るなぁ。どうなるのかなぁ」
正武家のお役目以外はあまり眼中にない澄彦さんは深く考えていないようで、のほほんとしている。
そして現実的ではないことを考えて口にする。
「とりあえず今は次代との子供は出来ないけど、他の人とだったら出来るじゃない。そこで一人生んで上守に養子に出して長子扱いとして、次代との子供は正武家の跡取りってことで」
「貴様、殺されたいのか!」
「冗談。冗談だってば。怒るなよ」
「澄彦さん。女性は子供を産むだけの道具ではないですよ!」
「ごめんなさい。だから、冗談だってば」
息子夫婦に責められて、澄彦さんは小さくなる。
私が他の誰かの子供を生むなんて考えられない。
隣の玉彦を見ると盛大に眉間に皺を寄せていた。
「ふざけるのも大概にしろ」
プンスカしだした玉彦を面白そうに見る澄彦さんは、ニヤニヤして口を開いたけど、お膳を下げに来た南天さんにタイミングを逃してしまって大人しくなる。
自分が現れたことで場が静まり返ったので、南天さんは一瞬襖を閉じようとしたけど私が待ったをかける。
「あっ、南天さん」
既に閉じられようとしていた襖から半顔だけ出す南天さんは、無言で私を見つめる。
「あの、竜輝くん、受験勉強捗ってますか」
私が尋ねると南天さんは襖を引いてこくりと頷いた。
「えぇ、大丈夫のようですよ。今朝は久しぶりに息抜きで休みにしたようですが」
「そうなんですか。良かったぁ。さっき希来里ちゃんが竜輝くんのとこへ行ったので心配してたんです」
私と南天さんが話をしていると、先ほどの話題を引き摺っていた澄彦さんがハッと思いついたような表情をする。
嫌な予感がした私は制止しようと思ったけど、遅かった。
「南天よ。竜輝の嫁には希来里が良いと思うのだが、どうだろう」
「はい?」
「宗祐のように子を二人儲ければ、御門森の跡継ぎ、上守の跡継ぎが出来る」
唐突な澄彦さんの提案に南天さんが呆然としていると、大人しく座っていた玉彦が澄彦さんの襟首を掴んで午後のお役目に行くぞと言って引き摺って行った。
二人が午後のお役目をしている時間。
私は母屋に一人きりで時間を持て余し、あまりにも暇だったので午前と同じくお祖父ちゃんの家へと遊びに行くことにした。
玉彦に去年君島呉服店で買ってもらった水色の絽の夏着物にお揃いの小物を引っ張り出し、ちょっとしたお出掛けスタイル。
中々着て行く機会がないので、ここぞとばかりにお化粧もしっかりしてパッと見は和風の若奥様風だ。と自分では思っている。
準備を整えて台所に顔を出すと、今日はローテーションでお仕事がお休みの豹馬くんと平日だけど村役場を休んでいた亜由美ちゃんがダイニングテーブルに膨大な書類を広げて難しい顔をしている現場に遭遇した。
二人は二か月後に結婚式を控えていて、その打ち合わせをしていた。
「大変そうだね」
私がそう声を掛けると、二人は揃って私に顔を向けて真剣に困った表情をしていた。
その様子に一瞬身を引いて、面倒臭いことに巻き込まれる前に脱出しようと思ってしまった私は薄情だろうか。
「比和子ちゃんも玉様と打ち合わせとか大変だったん?」
「え? 私? いやー、私たちは招待客のリスト以外は全部澄彦さんに丸投げしたから」
しどろもどろに答えたら、二人はがっかりと肩を落とす。
玉彦と私の祝言は、澄彦さんが張り切って全てを取り仕切ってくれたので殆ど何もしていない。
何故なら澄彦さんは、私たちの高二の時の惚稀人願可の儀が唐突に決まってお披露目の準備をする間もなく地味なものになってしまったのをずっと根に持っていて、祝言だけは誰が何と言おうと絢爛豪華にすると言い張っていたのだった。
なので玉彦と私が話し合った結果、澄彦さんに丸投げしてしまおうという結論に至った。
私たちが色々と頑張って決めても、澄彦さんからダメ出しがあれば一から練り直さなければならないし、取り合えず私たちは祝言よりも本殿での儀式を重要視していたので、その後の神社の神前式もお屋敷で行う披露宴も拘りが無かった。
「そんなに準備って大変なの?」
恐る恐る二人が広げていた紙の山を覗くと、チャペルのパンフレットが目に入る。
私も小さい頃は結婚式でウェディングドレスを着ることを夢見ていた。
結局は白無垢になったけど、隣の玉彦が見目麗しい姿だったのでタキシードよりは記憶に残って良かったと思う。
あの頃は私のリクエストで長い髪だったから、無駄に色気が増幅されていた。
今は無造作に伸ばして首筋を隠す程度の長さだけど、それでもやっぱり私の旦那様は格好良かった。
「大変つーか、面倒」
「もうこんなんだったら、地味婚にした方が良かったんかねー……」
「何言ってんだ、馬鹿。人生の一大イベントだぞ」
「うん……」
「あとはオレと発起人たちでやるから、亜由美は衣装合わせとか自分のことだけ動いとけよ。今から無理すると、上守の時みたくマリッジブルーでおかしくなるぞ」
二人の会話を聞いていて、私は思わずあの頃を思い出してしまった。
私はマリッジブルーになったわけではない。
ただただ一方的に玉彦の浮気を疑い、勘違いした証拠を握って、一人で勝手に落ち込んでいただけだったのだ。
私は引き攣った笑いを浮かべて、豹馬くんにちょっとお祖父ちゃんの家に行ってくると告げて、早々に台所を後にした。




