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私と夏子さんが縁側で井戸端会議をしていると、夏休みが終わりに近づいた希来里ちゃんが半べそで階段を物凄い勢いで降りてきたかと思えば、思い切り私に飛び込んでくる。
「え、なに。どうしたの」
希来里ちゃんは目を真っ赤にさせて自分の手に持っていたものを私の目の前に差し出した。
それは四百字詰めの原稿用紙二枚。
これは、もしや……。
「読書感想文が終わらないの~」
あぁ、やっぱり……。
私は抱き付く希来里ちゃんを引き剥がして、夏子さんと苦笑いする。
自由研究だったら手伝えるけれど、流石に読書感想文は自分で頑張るしかない。
そう希来里ちゃんに諭すと彼女は夏子さんのスマホを奪い取って、部屋に戻って行ってしまった。
「もしかしてネットで誰かの感想文写すつもりなんじゃないの?」
「違う、違う。多分ね、竜輝くんにSOS出すのよ」
「竜輝くんに?」
「去年もそうだったのよ。何かの本の中身を教えてって希来里が頼んだら、竜輝くんがあらすじを全部教えてくれちゃったのよ」
それを参考に本も読んでないのに希来里ちゃんは感想文を仕上げたそうだ。
ある意味、天才かもしれない。
「でも竜輝くん、今年はそんなことしてる場合じゃないでしょ」
「そうなのよ。竜輝くん、受験生なのよ」
竜輝くんの父親である南天さんも、叔父である豹馬くんも美山高校の進学特化クラスの出身だ。
ちなみに私のお父さんも澄彦さんも玉彦も須藤くんもである。
美山高校の進学特化クラスは最低でも偏差値六十以上という、田舎のくせしてレベルが高い。
そして正武家に関わる人間の登竜門的な感じでもある。
特に男子には文武両道を美徳とする正武家の暗黙の圧力があるらしい。
竜輝くんは完璧主義なところがあるから、合格圏内でも手を抜かずにしっかりと勉強していることだろう。
鈴白の中学校ではかなり優秀な成績だと前に豹馬くんが教えてくれたから、大丈夫だと思う。
でもだからといって、希来里ちゃんの夏休みの宿題を手伝ってくれるかというと話は別だ。
念には念を入れてじっくりと勉強しているような気がする。
夏子さんと二人で心配をしていると、再び希来里ちゃんが階段を駆け下りてくる。
背中に赤いリュックを背負ったお出掛けスタイルに、夏子さんが待ったをかける。
「希来里! どこ行くの!」
「竜輝くんのとこ!」
「勉強の邪魔になるでしょう!」
「だって竜輝くんおいでって言ってくれたもん。息抜きになるって言ってたもん!」
希来里ちゃんは自転車の鍵を振り回して口を尖らせる。
その様子に夏子さんは頭を抱え込んだ。
「希来里。勘弁してよ~。あんたのせいで御門森の息子さんが受験に失敗したらどうしてくれるのよ」
「そしたら竜輝くんはうちにお婿さんに来ればいいじゃん」
「そういう問題じゃないの!」
「まぁまぁ夏子さん。一日くらいだったら大丈夫じゃない? もし心配だったら、私が後で竜輝くんの勉強みてあげるからさ」
そう、私も一応進学特化クラス出身なのだ。
高校受験の範囲位ならまだ教えることが出来るし、何なら稀人が集まる正武家で彼の為に受験合宿をしても良い。
スパルタ教育者の玉彦以外なら、皆良い先生になってくれることだろう。
それ以前に玉彦の家庭教師を務めていた南天さんが父親なのだから、いざって時は南天さんが指導につくだろう。
私の言葉を受けて夏子さんは渋々といった感じで希来里ちゃんを送り出す。
そして今度は別のことで頭を抱えだす。
「あぁ、また針の筵だわ……」
夏子さんがそういう意味が解らなくて、詳しく話を聞きだすと田舎ならではのやっかみということが判明した。
私のお母さんもそうだったけど娘の同級生のお母さんたちとはママ友で、こんな田舎だけど特有のマウンティングがあるらしい。
ほんとどこの女性もそういうことが好きらしい。
で、夏子さんはというと、義理の姪っ子である私が正武家の次代の嫁ということである程度は除外されていたみたいなんだけど、希来里ちゃんが大きくなるにつれてその可愛さがやっかみの的になってきてしまったらしい。
しかもちょっと年上の御門森の後継ぎである竜輝くんと仲良しで、子供のくせに色目を使っていると同級生の女の子のママ友からチクリと言われるらしい。
そしてそれとは逆に、同級生の男の子のママ友はまた違うことを考えているようで、どうにかして希来里ちゃんと自分の息子を仲良くさせたいらしく、夏子さんの味方をしてくれるのは良いのだけど、それがまた面倒なようで。
「でもどうして男の子のママ友が希来里ちゃんと息子をくっつけたがるの? てゆーかまだ小学四年生だよ?」
小学四年生でくっついたとしても、まだ小さいし余程のことがなければ結婚とかにはならないだろうし。
私の考えを夏子さんに伝えると、げんなりして首を横に振る。




