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「次の日、父上と宗祐に豹馬と並んで一日木に吊るされて放置された」
前に玉彦が黒塀に埋め込むための御札を書いている時に、邪魔をした私に向かってそんなことを言って牽制したのを思い出す。
それは正武家伝統の悪戯をした子供に対する仕置きなのだろう。
「因みに吊るされたのはそれが二度目だ」
「は?」
「幼稚園児の時に、父上が石鹸の真ん中には星があると俺に囁いた。なので屋敷中の石鹸を泡立てたのだ。予備のものを含めてな。あのときは竹婆に吊るされた」
「澄彦さん……」
「そして何事三回。三度目は中一だ」
「そんな年になってまで何を仕出かしたのよ」
気まずそうに私を見た玉彦は、口を尖らせる。
「当主の許可なく比和子を本殿に上げた。そして傷心に打ちひしがれていた俺は宗祐に吊るされた」
ヒカルが生まれてその理由に託けて帰ろうとした私を車に乗せた澄彦さんは、玉彦は宗祐さんに絞られていると言っていたのはそのことだったのか。
でもさ、結局はさ……。
「全部自分が悪いじゃん……」
「そうだが……。三度目は、今にして思えば拙い恋心だったのだ……。父上も宗祐もそれを承知の上で吊るしたのだが、俺にしてみればそれは恋心だと教えて欲しかった……」
「ちなみにそれを理解したのはいつだったのよ」
「父上に禿を切ってもらった時だ。父上が失恋かと呟いた」
「失恋してようやく恋に気が付くって遅くない?」
「仕方ないだろう。初めての感情だったのだ」
「それで?」
「それで? とは」
「失恋した玉彦はどうしようと思ったの?」
「お前、それを俺に言わせたいのか」
「聞きたい」
今こうして二人で居るからこそ安心して聞ける。
それに玉彦の心の機微にも興味がある。
無言で見つめ合って観念した玉彦は私の膝に頭を乗せて寝転んだ。
指通り滑らかな髪を梳くと目を細める。
「南天や豹馬がそれとなく比和子の状況を教えてくれていた。俺は食事と役目以外は部屋から出なかった。そして比和子が白猿に襲われたと聞かされて、すぐにでも無事を確認したかったが父上が隣にいたので腹が立った」
「あんた、父親に腹を立ててどうすんのよ」
「父上にではない。比和子にだ。なぜ俺を呼ばなかったのかと」
「絶交してたでしょうよ」
「……それから髪を落とし、小町たちが鈴白へと来てさらに沈んだ。もう比和子は暇つぶしにですら屋敷には来てくれないだろうと思った」
「小町たちが来るまで来てたわよ、お屋敷には」
「何だと?」
「澄彦さんの母屋で南天さんとお菓子作ってたもん」
「……では南天が持ってきたあの歪なクッキーは」
「私が型を抜いたやつだわ」
「……南天め」
「もう時効だから南天さんに文句を言ったらダメだよ?」
玉彦の眉間の皺を解して諭すと、大人しく目を閉じる。
「……夏休みが終われば比和子が帰ってしまうのに何をどうしたら良いのか解らぬまま豹馬に連れられて、あのキャンプ会だ」
「うん」
「何度も話しかけようとしてはことごとく誰かの邪魔が入る。それは鰉であったり、香本であったり、比和子の隣から離れずにいた守と小町であったり。あの夜、比和子が俺を探さなければ俺は皆が寝静まったあと、お前を無理矢理にでも連れ出してしまうところだった」
「そんなことしたら四回目の吊るしにあってたわね……」
「だが、そうはならなかった。比和子が来てくれたから」
「どう思った?」
「駆け寄って抱きしめてしまいたいくらいに嬉しかった。お前を泣かせてしまったのは俺だと思うと尚更」
「は?」
「比和子も同じ気持ちだったのだと。相手を想って泣けるほどなのだと」
私は玉彦ほど自分の感情を観察して分析している訳ではないので、深く考えて泣いた訳ではない。
むしろ玉彦に背を向けられて悲しかったからが理由だったのだけど、まぁ玉彦の言う通りにしておこう。
「堪らなく愛おしく離したくなくなった。だが比和子の将来を考えると身を引いた方が良いのだと思い至った」
「それは勘違いだったけどね」
「そう言ってくれるな。あの時の俺はそれが最良だと思ったのだ。だが、父上の腕の中で意識を失った比和子を見た瞬間、その考えは一蹴された。俺以外にお前を護れる者などいるはずがないと気が付いたのだ」
「そっか」
「次に再会する時にはもう二度と離さないと決めていた訳だが、まさか本当にそうなるとは自分でも思っていなかったがな」
「そこが五村の怖いところだよねぇ……」




