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「さて困ったことになった。こんなことになるならば、澄彦でも連れて来れば良かったな」
「澄彦さんでもって……」
正武家の当主でもって、なんて罰当たりな。
「神守の眼では祓えぬか」
「出来ないことも無いですが、中に入ってあれと一人で対決しなきゃダメなので……」
「望みは薄い、か。もしくは返り討ちだな!」
他人事のように笑った蘇芳さんを殴りたい気持ちを押さえて、考える。
でも何にも浮かばなくて、私は無意識に胸元に手を当てた。
玉彦……。どうしよう。
って、あれ?
私は思い出して慌てて胸元に手を突っ込んで、玉彦から貰ったいつもとは違う薄紫の御札を取り出す。
玉彦は特別な御札だって言ってた。
神妙に御札を眺めると、それに気が付いた蘇芳さんが私の手からそれを抜き取り、こともあろうに中身を出して確認し始めた。
そして一瞬顔を顰めて、苦笑いをする。
「正武家とは誠に過保護で頭が下がる」
「何かあったらって持たされたんですけど……」
御札を元に戻した蘇芳さんは私に返し、しっかりと両手で持つように言うと私から離れていく。
五メートルほど離れて片手を上げて合図を送ってくるけど、何をどうしたら良いのか全然不明だ。
「眼を解け。そしてそこから動くな」
「え、えええぇぇ!?」
「何があっても動くなよ。次代を信じろ。……あやつ、面白いことを考えるようになった」
蘇芳さんの言葉に戸惑っていると、早くしろとヤジが飛んできて、私の眼も限界が近づいて熱くなる。
玉彦を信じるのは簡単だけど、眼を解いたら何が起きるのかそれを教えて欲しい。
そうこうしているうちに私の眼の限界が来てしまったようで、こちらの意思に反して落ち武者が自由になる。
多門も同時に動き出してすぐに黒駒を従えて一打を見舞ったけど、それを受け流した落ち武者は迷うことなく私に向かってくる。
いつも思うわけよ。
不可思議な何かに遭遇すると、ほぼ全員私を狙ってくる。
その度に全力疾走で逃げるんだけど、今回は動くなと蘇芳さんはいう。
玉彦のことはこの世で一番信じてるけど、私は向かってくる落ち武者が刀を振り上げた瞬間目を固く閉じた。
でも。私に斬られた衝撃は無く、恐る恐る瞼を上げる。
落ち武者は何度も何度も私に刀を振り上げてるけど、その度に見えない何かに阻まれて弾き返されていた。
そしてその見えない何かに触れている刀は徐々に白い靄に包まれ始める。
白い、靄……。
無意識に二の世界のモノを祓ってしまう、正武家の血。
玉彦は視えないけど、こういう二の世界のモノが身体に触れると無意識に祓ってしまう。
まさか、御札の中身って……。
確認したくても落ち武者がずっと私に向かって来ているので、下手に中身を確認することが出来ない。
そうこうすること数十分。
すっかり薄くなってしまった落ち武者は諦めることなく私に刀を振り下ろす。
そして蘇芳さんと多門は二人並んで、その様子を見学していた。
多門に至っては黒駒すら消してしまっている。
「親馬鹿という言葉があるだろう」
「あるね」
「正武家に過保護馬鹿という言葉があっても私は驚かんぞ」
「あれ見てると絶対にあるね」
「おい、そろそろお前でも出来るだろう。神守の者を助けてやれ」
「最後までやらせておけばいいじゃん」
「あと何分掛かると思っている。帰る頃にはもう日が暮れる時間ぞ。帰りはお前が運転するのだぞ」
「えー、瀬人にさせればいいじゃん」
「アレが満足に動けると思うのか」
渋々といった感じで落ち武者の背後に回った多門は、錫杖を振り上げ思いきり薄くなってしまった落ち武者をド突いた。
すると一瞬で落ち武者は霧散して消えて行く。
何とも呆気ない終わりを迎えたのだった。
大山寺を後にした私たちは、蘇芳さんのお寺に帰る前に瀬人さんの実家であるお寺を訪れた。
そこで蘇芳さんは住職を一喝して、跡取り息子である瀬人さんを玄関先に転がす。
彼は心神喪失状態で、蘇芳さん曰くもう元には戻らないだろうという。
息子の為に大山寺を廃寺にまで追い込んだのに、その息子が再起不能になった住職は蘇芳さんに助けを求めたけど彼は応じなかった。
壊れてしまったものは二度と元には戻らないそうだ。
そして最後の桐箱を預かり、帰宅の途に就く。
その車中で私は懐に仕舞っていた御札を取り出し、中身を確認した。
通常の玉彦の御札は真っ黒な墨で達筆な読めない文字が書かれていたけれど、私の手の上にあるものは字こそ玉彦の筆跡だったけど、墨ではなく。
「血で書かれてる……」
指先を切り認めたものではなくて、筆にしっかりと血を含ませて書いてある。
筆は文字を書く際にかなり墨を消費する。
そのくらいの量を身体から出してまで、アイツ何やってんのよ。
そのお蔭で今回助かったのは確かだけど、自分の身体を傷付けてまで私がしてほしいと思うのか。
「次代なりの愛だな」
「呪いじゃねーの?」
運転席で蘇芳さんに軽口を叩く多門は呆れたようにブレーキを踏んで信号で止まる。
蘇芳さんは気にする風も無くて、微かに私を振り返って笑った。




