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どろりとする液体は、徐々に膨らみ瀬人さんの背の上で盛り上がる。
人一人分の大きさになったかと思うと、濁り半透明だった液体の中に黒い影が出来始めて封じられていたモノが姿を現した。
最初はただの黒い塊だったものが凹凸を形作り、それが複雑になっていく。
CGの映画のように液体から現れたのは、黒い甲冑に身を包む武者だった。
でもただの武者ではない。
冑は無く、月代に薄く毛が生え、側面の髪は乱れている。
鎧は色が煤けてひび割れ、数本の矢が刺さったままだった。
右手には刀を持っていたけれど、切っ先は折れてしまっている。
所謂落ち武者だった。
顔は真っ黒くなっていて解らない。
でもこちらにまで届く呻き声が壮年の男性であることを知らせる。
「す、蘇芳さん……」
「とんでもないものを封じていたな。この辺りは合戦場も近い。大方村に現れた落ち武者を殺し、その荒ぶる魂を封じたのであろうな」
「どうして落ち武者を殺すんですか……」
「村の者に手を掛けたか、はたまた敗残の将で匿うと村にも咎が在る為だろうな。しかしこうして封じられていたとなると、前者だな。罰として永劫に苦しめるためにそうしたのであろう」
「惨い……」
「それほどの怒りだったのだろう。自業自得だ」
身も蓋もない言い方をした蘇芳さんが一歩前に進むと、落ち武者は瀬人さんの背から降りてこちらに向かってくる。
初めはゆっくりとした歩みだったのに、折れた刀を上段に構えたまま蘇芳さんに切り込む。
ひらりと身を躱した蘇芳さんが目の前から消えて、私は事もあろうに落ち武者と対峙する羽目になってしまった。
私と同じくらいの身長の落ち武者は振り下ろした切っ先をそのままにして、私と目を合わせるように顔を上げる。
でもその顔面は真っ黒なので、どういう表情をしているかなんてわからない。
明らかな敵意だけは伝わって来て、私は身体が硬直した。
「やべっ!」
多門の声と共に私と落ち武者の間に黒駒が割り込んで、回り込んできた多門が帯を引っ張り私を後方に移動させる。
落ち武者は緩慢な動きで辺りを見渡して、逃げきれないと悟ったのか咆哮を上げた。
「どどどどどうすんのよ!」
「動きを止めてよ!」
「どうやって!」
「眼で!」
腹に響くほどの咆哮にテンパって動揺している私にツッコミを入れた多門は、いつの間にか組み立てた錫杖を手にして構える。
「オレごと止めちゃって構わないから、やってよ!?」
「りょ、了解!」
私は数歩下がって二人を視界に留める。
落ち武者は錫杖を構えた多門に斬り掛かり、押し合いをしている。
この動きなら何とか止められる。
中にまで入り込んでしまわないように慎重に腕を伸ばして距離を測り、眼に力を込める。
発光した世界から途中で意識を逸らせると、二人はそのままの体勢で動かなくなる。
取り合えず、これで何とかなる。
あとは蘇芳さんに任せてしまえば完了だ。
そう思って蘇芳さんを見ると、彼は右目の下を痙攣させていた。
「蘇芳さん?」
「申し訳ない」
「え?」
どうしたのかと二度見すると、彼は首を何度も横に振る。
もしかして蘇芳さんでも封じられない程強いモノだったのだろうか。
「封じたいのは山々なのだが、封じに耐えられる器がここにない」
「はぁぁぁあ!?」
「桐箱は壊れてしまった」
いや、それは蘇芳さんが壊してしまえと命令したんでしょうが!
ここにあるのは人間四人と式神一匹だ。
その中で器になれる物なんてない。
「祓うしか手はないが、唯一の祓い手はほれあの通り」
指を差された多門は落ち武者と共に固まっている。
けれど五感は残っているので私たちの会話は聞こえている。
なんとなく苦々し気な雰囲気が伝わってくる。
「一旦解きましょうか」
「なればアレはお主に向かってくるぞ」
いくら私でも、こちらに向かってくるスピードでは止められない。
かなり距離を取ってそこへ向かってくる間に止められればとも思うけど、こちらを殺そうと向かってくるモノに対して恐怖心を抱きながら正常に眼を発動させられるか自信はない。
止めなくても多門が祓いで対処するかもだけど、眼を解いたその一瞬が命取りで落ち武者に先手を取られると多門は致命傷を負う。
黒駒だってただでは済まないだろう。
「どうするんですか……」
私は熱くなってきた眼に冷え切った指を添える。
希来里ちゃんの時とは違って、熱を持つ時間が早い。
これは止めている対象が強い力を持っているということだ。
しかも稀人の多門も加わっているから負担は増えている。
止められる時間も限られていた。




