12
瀬人さんは桐箱を抱えたまま、倒れ込んでいた。
その背中には誇らしげに黒駒が寝そべっており、多門が近づくと尻尾をゆらりゆらりと振る。
私たちが彼に追いついたのは大山寺の裏手にある滝の前だった。
山間から落ちる川の水が滝壺に吸い込まれ、細かい水飛沫が辺りの苔を潤す。
そして夏の暑さを落ち着かせていた。
「とりあえずこれは没収ね」
多門は黒駒に圧し掛かられた瀬人さんを解放せずに、腕から桐箱をもぎ取る。
瀬人さんは低く呻いてがっくりと頭を地面に落とした。
桐箱を取り戻したのは良いけれど、これで一件落着ではない。
廃寺にまでなるほど大山寺に纏わりつく何かを封じ込めなくてはならないので、やっぱり三幅目の掛け軸が納められていた桐箱が必要なのである。
その中にあるものはともかく、そこに封じられている何かをどうにかしなくてはならないのだ。
「で、三つ目の箱はどこにあるのさ」
多門は黒い革靴の切っ先で瀬人さんの顎を持ち上げて、ニコリと笑う。
笑っているけどやってることはドSの鬼畜だ。
質問に顔を背けた瀬人さんと不意に目が合う。
一瞬似ていないと思っていた彼と、玉彦の面影が重なる。
玉彦も時々私に責められて、口では敵わないとこういう表情で顔を背ける。
「やめなよ、多門……」
「止めたらコイツが在りかを教えてくれんの?」
「やめなくても教えてくれないから、やる必要ないでしょう」
私と多門のやり取りに蘇芳さんが割り込み、とんでもないことを言い出す。
「おい、稀人よ。箱を壊してしまえ」
「合点承知」
指示された多門は私が制止する間も無いほど素早く、手に持っていた桐箱二つを地面に叩きつけてしまう。
桐箱は脆く砕けて、辛うじて結わえられた絹の紐が掛け軸に桐箱の残骸を巻き付けていた。
「蘇芳さん!」
非難を込めて名を呼ぶと、彼は私を背に庇って両手を合わせた。
その視線の先には恐怖で黒駒の下で足掻く瀬人さんと破壊した桐箱から距離を取った多門がいる。
「どうして」
「封を解いた。さて、何が起こることやら。人を呪わば穴二つ。私は件のモノはここに現れるに賭けるが神守はどこに賭ける?」
「何を言ってるんですか!」
「隠された箱にはまだ封が生きている。では封が無い出口に来るとは思わぬか。しかも当事者の血縁の者が近くにおるときている」
「でもここには蘇芳さんと多門がいるじゃないですか」
「左様。だがここは境内ではない。件のモノからすれば逃げるが勝ちよ」
「どうやって足止めするんですか!」
そう私が言うと、蘇芳さんは驚いて私を振り返った。
私もその彼の驚き様に驚く。
「お主、何の為にここに居るのだ」
「へ?」
「封を施す間、神守の眼で動きを止めるのが役割であろうよ」
「あ……そっか」
言われて肩身が狭くなったのを感じた。
そうだった。
私は視るだけではなくて、そういうことも出来るんだった。
視て突き止めるだけが今回のお役目だと思っていたけど、臨機応変に対応しなきゃだよね……。
蘇芳さんから半歩ずれて前を視定める。
気合を入れて頬を叩き、胸元の御札に手を当てる。
大丈夫。何とかなる。多分。
眼に力を込めて瀬人さんを視ると、もう既に異変は起こり始めていた。
蘇芳さんの背中に触れると、彼は身を強張らせた。
そして手を離す。
普段視えない須藤くんは私が触れると視られるようになる。
そして手を離してもそのまま視られていたのは、彼の中に御門森の血が流れているから。
ちなみに亜由美ちゃんは手を離してしまうと視えなくなってしまっていたので、そういう才能が無いと継続して影響を受けることがないのは立証済みだ。
果たして蘇芳さんはどうだろうか。
「視えますか」
「視える。……お主、正武家を離縁するならば尼僧になって私のところへ来ぬか」
「……最終手段で考えておきます」
思わぬスカウトを受けて苦笑しつつ、私は視線を戻した。
多門は通常でも視えている人だから、今のこの状況も把握できているだろう。
破壊された桐箱から流れ出た緑の液体が近くに倒れ込んでいる瀬人さんに纏わりつき始めていた。
その背に居た黒駒は捕まる寸でのところで身を翻し、多門の足元に降り立つ。
液体は徐々に黒ずみ始めたかと思うと、真っ黒にはならずに濁った血の色へと変化していく。
そして瀬人さんは黒駒が居なくなったにも係わらずに立ち上がることが出来ず、地面に張り付けられたままだった。
一体、何が出るんだろう……。




