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「画ってさ、特にこういう古いものは作者の思いがかなり籠められてるんだよ。しかも今回のはイレギュラーな配置の龍虎図。しかも二幅。まずは当主に指示を仰ぐ。オレの持ってる知識じゃ不安要素しかない」


「でもこれは正武家ではなくて私の仕事だよ」


「比和子ちゃんは神守以前に次代の嫁だ。跡継ぎも残さないまま死ぬつもりなわけ?」


「なっ……」


「南天さんが言ってただろ。危険だと判断すればオレは比和子ちゃんを引き摺ってでも連れて帰る。須藤の様には甘やかさないよ」


 多門は内ポケットからスマホを出すと私に背を向けて、電話をかけ始める。

 私はその背中を見ながらモヤモヤした気分が高まって口がへの字になっていた。


 風水では龍や虎は縁起がいいモノとして扱われているけど、配置を間違うと逆の効果を発揮してしまうと本で読んだことがある。

 この掛け軸ももしかしたらそういう類のものなのだろうか。


 眼を使わずに観察をしてみるけど、本当に上手な水墨画で不穏な気配はない。

 多門が警戒するほど危険なものには思えない。


「はい……そうです。……はい。そう思います。……えっ!? ……承知しました」


 数分間の通話を終えて振り向いた多門はげんなりした顔をしていたけど、私と目が合うと気を取り直す様に自分の頬を叩いた。


「澄彦様がさ……」


 言いかけた多門は不意に歩き出し、私を通り過ぎて座敷の襖に手を掛けると一気に引いた。


 そこには瀬人さんが気配無く正座して目を伏せていた。

 私はギョッとして二度見をしたけど、多門はあからさまに不機嫌な表情になる。


「あんた、そこでなにやってんの。坊主が盗み聞きとか」


「お電話中でしたので邪魔をしてはならないと思いまして」


 瀬人さんの反論は間違いではないけれど、電話を切ったところで声掛けをすれば良いと思うの。

 微妙な空気になってしまって、私はどうしたものかと考えるけど、瀬人さんを見下ろして睨み付ける多門は動かないし、瀬人さんも姿勢を崩さない。


「で、瀬人さんは私たちに何か御用ですか」


 取り合えず彼は用事があって座敷に来たのだろうし、用件を聞かなくては話が進まない。

 私が尋ねると瀬人さんは目を伏せたまま低頭する。


「今夜のお食事についてアレルギーなどをお聞きいたしたく」


「はっ?」


「私、典座てんぞをしております。何かあってからでは遅いので」


 え、典座ってなんだろ。

 食事の心配をするってことは、お料理係とかかな。

 後で多門に聞いておこうと思いつつ、私は特にアレルギーはありませんと答えれば、瀬人さんはわかりましたと言って襖をスススッと自分で閉める。

 目の前で襖を閉められた多門は無言で腕を振り上げて黒駒を呼び出すと、手を払って瀬人さんの後を追わせた。

 黒駒は空中で黒い肢体を翻して姿を消す。

 そして多門は何も言わずに広げたままの掛け軸を木箱に収めた。


「宿坊に戻ってから話の続きするから。ここはどうやら一枚岩じゃないようだし、蘇芳以外は信用したらヤバいかもね……」


「え……」


「こんな事なら最初に澄彦様にしっかり確認しておくべきだったよ。マジで疲れる」


「多門……」


「あ、ごめん。不安にさせちゃった? 大丈夫。比和子ちゃんは絶対にオレが死守するから」


 木箱を脇に抱えた多門は小首を傾げて笑ったけど、私は増々不安になってしまった。


 だって……。


「多門は私を何から守るの? 人間? それとも禍?」


 寺院で私や多門が信用して頼れるのは蘇芳さんだけだ。

 彼の口ぶりからするとそれ以外の人は信用ならない感じ。

 さっきの瀬人さんはアレルギーがどうのと言っていたけれど、どう考えても取って付けた嘘だ。

 でもどうして瀬人さんが私たちの会話を盗み聞きする必要があったんだろう。

 もし多門がそういう蘇芳さんとは別の思惑を持った誰かから私を守ると言うなら、怖い。

 多門がではなく、そういう悪意を持った人間が近くにいるということ。そして多門が自分を傷付けてまで守ろうとすることが心配で怖い。

 禍であっても怖いものは怖いけど、それは本来の目的のものだから仕方がない。


「両方。とにかく戻ってからね。万全を期すなら宿坊ではなくて外で話したいところだけど」


 多門は私の肩を叩いて座敷から出るように促したので、渋々退出する。

 そして与えられていた離れの宿坊に戻ると、青紐の鈴がちりりと鳴った。

 澄彦さんから何かを聞いた玉彦が心配して鳴らしたのだろう。

 すぐに返事して鈴を握り締めた。


「で、さっきの話なんだけどさー。澄彦様は続投で頑張れだってさ」


「それだけ? もっと他に何か言われてたでしょ」


 座布団に座って再び木箱に手を掛けようとしていた多門は、問い掛けた私を見上げる。


「言われたけど、それは稀人のオレに言った事だから比和子ちゃんには関係ないよ」


「教えてよ」


「やだ。比和子ちゃんだって次代と何話してたのかオレに教えろって言われたら嫌だろ」


 確かに玉彦との会話を教えろと言われて良い気はしない。

 でもそれは痴話話のことであって、お役目に関することなら話は別だ。

 多門だって澄彦さんとそういう話をしていた訳じゃあるまいし、何を隠す必要があるんだろう。

 そう多門に文句を言うと彼は私に背を向けて木箱を手繰り寄せる。


 どうやら何を言っても話す気はないらしい。


 仕方ないので多門の隣に大人しく座って縦に並べられた木箱を見る。



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