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4

 

 後ろでブツブツ文句を言う多門を従えて通された宿坊は、閑散としていた。

 私と玉彦の部屋のように必要最低限なものしか置かれていない。

 いやむしろ私たちの部屋よりも物が無い。


 お布団と座布団と座卓のみ。

 座卓には一輪挿しに白い花があるだけ。

 その花が唯一この宿坊を彩っている様に思えた。


 私たちは手荷物を部屋の片隅に収めて、座布団を敷いて向かい合った。


「さすが寺って感じ」


「うん、そうだね」


 多門の言わんとしていることは判る。

 修行の為に還俗のものが取り払われている。

 懐からスマホを取り出し電波を確認して、ちょっと安心。

 一応電波は通っているようだ。

 スマホのついでに取り出した青紐の鈴を四回鳴らして再び懐に仕舞えば、多門はごろりと寝転んだ。


「で、比和子ちゃんが引き受けた事案ってなんなの?」


「まだ聞かされてないんだよね」


 先ほど会った蘇芳さんは明日にでもと言っていたけど、まだ日も高いし出来ることならこれからでも私は構わないと思っているのだけど、彼がどこにいるのかわからないのでそれすらも伝えられないでいる。

 考え込む私に多門は少しだけ眉を顰めた。


「比和子ちゃんさ。さっさと終わらせて帰ろうって魂胆だろうけど、それって危ないから止めてよ」


 私は考えを見透かされて、こちらを横目で見ていた多門に首を傾げた。

 確かにさっさと終わらせて帰りたいと思っている。

 帰って玉彦を安心させたい。

 多門は足を振り上げて反動を使って起き上がり胡坐を掻く。


「焦ればお役目が雑になる。どこかに綻びが出て失敗するか、輪を掛けて面倒なことになる」


 黒いスーツを身に纏う彼は稀人としての経験は浅いけれど、清藤でのお役目を数えきれないほど経験している。

 その彼の忠告には頷くしかない。

 なんてったって私はいつも正武家の庇護の下、些細なお役目しか任されたことがない。

 しかもそんな機会は滅多にない。


「そんなことになったらますます帰るの遅くなるよ。そうなったら次代が痺れを切らせて出張って全部がぶち壊し。自分に任せられたお役目は責任を持ってこなさないと信用無くしてお屋敷から出してもらえなくなるよ」


「ハイ……」


 常識がないと言った舌の根も乾かないうちに私は多門に諭されて身を縮こませた。


 それから二人で宿坊内を確認して、窓際で陽を浴びながら寛いでいると襖の向こうから瀬人さんが声を掛けてきた。

 蘇芳さんがお呼びらしく、私たちは瀬人さんに連れられて寺院の中にある座敷に通される。

 そこは正武家にもある普通の座敷で、蘇芳さんから話を聞けば『そういう』相談事があるお客の事案をここで聞くらしい。

 目の前に出された丸い湯呑みに茶柱が立っていないことを残念に思いつつ、蘇芳さんを見れば玉彦にも負けず劣らずの無表情で何を考えているのかわからなかった。

 多門は私の後方に控えて黙って目を閉じているし、誰から話を切り出すのかと黙っていると再び瀬人さんが現れて蘇芳さんの脇に細長い木箱を二つ丁寧に置いて去って行く。


「少子化の波は御仏の道にも押し寄せている」


「え?」


「コンビニは増えてゆくのに、寺が劇的に増加することはない」


 言われてみれば確かに新設されたお寺と言う話は聞いたことがない。


「跡継ぎを確保できない寺は廃寺とされる。その点、正武家は子孫繁栄の加護を五村の地から与えられているので心配はないのだろう」


 そう蘇芳さんに言われて、私は胃が痛くなる思いだった。

 子孫繁栄の加護があるにも関わらず、私たち夫婦には子供をまだ授かることが出来ないでいるから。


「さて此の程の事案だが、昨年廃寺になってしまったところより引き受けたものだ。所謂曰く付きというものだな」


 瀬人さんが置いていった二つの木箱に視線を流す。


 古い木箱。

 色褪せて所々水がついてしまったのかシミが出来ている。


「害の無い物は粗方焚き上げてしまったのだが、この二点のみが残ってしまった」


 蘇芳さんは木箱を座卓の上に移動させて、腕組みをする。


「中身は掛け軸だ。龍虎対になっている。古美術にでも売っぱらってしまおうと思ったのだが、そこの社長にふざけるなと突っ返された」


 残念気に天井を見上げた蘇芳さんに同情は出来ない。

 よりによって曰く付きのものを買い取りしてもらおうだなんて。

 でもどうして社長さんは突っ返したんだろう。

 その人も何か感じることが出来るのだろうか。


「そいつの奥方が芸術家でな。気持ち悪いと言ったそうだ」


 奥方、グッジョブ……。


「ちょっとお聞きしたいんですけど。その掛け軸が誰かの手に渡ったら、禍を起こす心配はないんですか」


「ない。とは言い切れない。が、ある。とも言い切れない。だから神守の眼で視て貰いたい」


 悪びれもせずに言い切った蘇芳さんに、私は正座したまま倒れそうになった身体を畳に手を付き支える。


 く、くだらない。

 これは蘇芳さんのお仕事というよりは、完全に私用の事案だ。


 私はこめかみに指先を当てて首を振り、気を取り直した。



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