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9

 


「おい、蘇芳。神守の者は正武家の……」


「傘下ではないのだろう? 前にお前が言っていたではないか。正武家の許可はいらん」


 澄彦さんの言葉を遮って蘇芳さんは私を見据えた。


 この二人の力関係がイマイチわからない。

 悪友ということは、そのまんま友達なんだろうことはわかる。

 でも正武家とお寺の住職。

 正武家で扱わない事案をお寺に振り分けている。

 察するに持ちつ持たれつの関係で、稀人のように正武家に仕えている訳ではないのか。

 だから不遜な態度でも許されている。


「強いて言うなら次代の許可も必要ないぞ」


 それでも玉彦は不服を口にした。


「比和子は神守であるが、その前に私の妻だ。危険なものに出向く事など決して許さぬ」


「どいつもこいつも過保護だねぇ……」


 蘇芳さんは南天さんが運んできた徳利を受け取り、手酌で盃を煽った。

 昼間から堂々とお酒を呑んで、どうやって帰るんだろう。

 運転手さん連れて来てるのかな。


「で、嫁御殿はどうする」


 私は止める二人を眺め、蘇芳さんに視線を戻した。


「まずはお話をお伺いしたいと思います」


「そう、そうだよな。でも嫁御殿に断られる訳にはいかんのでな。卑怯だが先に交換条件を出させてもらう」


「え?」


 蘇芳さんはニヤリと笑って盃を置く。

 そしてほっそりとした白い指先をこめかみに持って行き、叩く。


「先ほどの話、全て聞かせてもらった」


「盗み聞きかよ……」


 澄彦さんは呟いて、蘇芳さんの徳利を奪い呑み始めた。

 午後からのお役目、どうするつもりなんだろう。

 そう思って玉彦を窺うと諦めたように首を振っている。


「私の見立てでもあの子はもう駄目だ。けれど、その時まで封じることが出来る」


「封じる……?」


「そう。現在の状況を封じる。身体は蝕まれ死に近づくがその時まで人として生きることが出来る。そして死が訪れた時、地蔵菩薩に託す」


「お地蔵さん……?」


 勉強不足の私には蘇芳さんの言っていることが半分くらいしか理解できない。

 正武家を知り、そして学び、結構知識も増えてきているはずだけどまだまだ未熟だ。

 正武家の人間である澄彦さんや玉彦、そして稀人の南天さんはどこでどう学んだのか様々な事に詳しい。

 そして神道系だと思っていた正武家のお力だけど、どうやらそれだけではないことに最近気が付いた。

 正武家の人間が扱う宣呪言は独自のもので、神社などでは詠われない。

 これはまぁ理解できる。

 正武家が代を重ねるごとに改良されてきたのだろう。

 けれど、腑に落ちないものもある。

 その際たるものが、清藤に与えられていた狗だ。

 そして黒駒が狗としての命を終わらせようとしていたとき、澄彦さんは黒駒に式神として新たに命を吹き込んだ。

 これは自信が無いけど陰陽道に通じるものだ。

 あとはお父さんたちを送り出す墓地でのことは仏教になる。のかな。

 様々なものを取り入れて正武家のお力は拡大している様に感じる。

 使えるものは使うっていう事は悪いことじゃないけど、それを難なく取り入れちゃう正武家って底が知れない。


 戸惑う私の隣に玉彦が移動してきて、膝に手を置く。


「玉彦……」


「非常に心外ではあるが、蘇芳の申し出は悪いことではない。本来ならば賛成できかねるが比和子の気持ちを尊重すると言ってしまった手前、反対できぬ」


「悪いことではないの?」


「左様。蘇芳は護りに優れている。その蘇芳が封じると言うならば、真蛇はもうあの子の表面には出られないだろう。だが封じるだけで消せるものではない。わかるな?」


「うん」


「時が来れば死んでしまうが、新田は真蛇が原因だとは思わないだろう。多分病死で召されるはずだ。その後、あの子の魂は地蔵菩薩が救ってくださる」


「お地蔵さんのこと?」


「そうだ。親よりも先に死んでしまった子らは賽の河原で責め苦を負わされるが、地蔵菩薩が護ってくださるのだ」


 賽の河原ってあの、石を積み重ねては鬼が石を蹴り崩すってところだ。

 本当にそんなところがあるのかどうかわからないけど、御倉神が存在しているってことは否定出来ない事実だし、神様の世界はどうなっているのか理解不能だから納得するしかない。

 それにしてもこの世界には多種多様な宗教があるけれど、神様たちはその世界でどう折り合いをつけているんだろう。

 唯一神とか聞いても、御倉神も神様だし、それって思いきり他の宗教を否定している。


「玉彦、あのね」


 色々と聞きたいことがあって目で訴えると、玉彦は柔らかく微笑む。


「そういうものだと思え」


「……その言葉、すんごく久しぶりに聞いたわ……」


 玉彦は昔から説明するのが面倒な時には『そういうものだと思え』と言う。

 そして私はその決め台詞を言われてしまうとそれ以上聞けなくなるのだ。

 以前食い下がったら、口を聞いてくれなくなった。



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