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「乙女がわたしの神守になるのなら、どの様なことでも力になるぞ」
甘い言葉に喉まで返事が出かかって、私は慌てて飲み込んだ。
御倉神の肩越しにこちらを睨む玉彦と目が合ってしまったからだ。
御倉神は清藤の一件以来、ことあるごとに私を神守にと言うようになってしまった。
その真意はただ単に他の神様と私が通じるのを嫌がっているだけで、玉彦との間をどうこう壊そうとしている訳ではないのだけど、玉彦は絶対に首を縦に振るなと私に約束をさせた。
私だって御倉神だけの神守になるつもりはない。
だってそうなるとせっかく姿を時々見せてくれる金山彦神や澄彦さんの神様とお話できる機会が無くなる。
御倉神が言うには二柱の神様は彼よりも下位らしく、だったら大は小を兼ねるで自分だけいれば良いというけれど、そういう問題じゃないと私は思う。
「御倉神だけの神守にはならないけど、協力してよ」
「……おぬし、ぎぶあんどていくという言葉を知らぬな?」
「あんた、誰からそんなこと聞いたのよ」
「揚げ」
南天さん……。
御倉神と二日に一度、揚げを献上するために会っているのは知っているけど、世間話でもしているのだろうか。
前にランデブーとかも言ってたし、彼ら二人の会話の内容が想像できない。
那奈も南天さんも、無垢でいれば良い玉彦や御倉神に余計なことを教えやがって。
「無理よ、御倉神。私は無理。だったら一人で何とかするもん」
「また意固地になりおってからに。話は聞いておったが、あれは誰であろうと無理じゃの」
「あんた、だったら力になるってどんなつもりで言ったのよ!? 解決できないなら力になるとか簡単に言わないでちょうだい。玉彦も御倉神も何なのよ。私の気持ちを持ち上げといて落とすって二人とも最低だわ」
ふいっと顔を背けて私は立ち上がった。
澄彦さんから今回の新田さんの件について関わることの赦しは貰えていない。
それにどうしようも出来ないと玉彦や、神様の御倉神にさえ言われてしまった。
正に八歩塞がりで、私に出来ることは何一つとして無かった。
私は三人に背を向けて草履を足に引っ掛けながら、俯く。
「あの子が死んじゃうとして。確かに新田さんの報いなんだろうけど、残される親って救われない。私だってそうだもん。親に先に死なれて自分だけ残されて。でもさ、あの子、まだ生きてるよ。死んじゃうってわかっていたとしても、それまで残りの時間を幸せに過ごさせることは出来ないの?」
「正武家の嫁御殿はやはり『ある』な。面白い場に出くわしたものだ」
少しだけ甲高い声に顔を上げると、向こうから澄彦さんの悪友と紹介された蘇芳さんがゆっくりと歩いてきた。
彼はお寺の住職様で、正武家から断られた事案を引き受けることがある。
なのでその力は折り紙付きなんだろうけど、両耳の赤いピアスが胡散臭さを盛り立てる。
「鈴白で葬儀があってな、久方ぶりに寄ってみたらまた揉め事か」
「今日は招いてないぞ」
澄彦さんは不服そうに指差したけれど、蘇芳さんは気にすることも無く敷布にちゃっかりと座り込んだ。
「酒は無いのか。おーい、南天よ」
呼ばれた南天さんはひょっこりと顔を出して蘇芳さんの姿を見るとすぐに下がってしまった。
きっと言われるまでもなくお酒を用意しに行ったのだろう。
「貴様、図々しいぞ」
重箱をつつく蘇芳さんに澄彦さんが口を尖らせ文句を言う。
でも彼はやっぱりどこ吹く風だ。
玉彦に至っては無表情で出迎えていた。
「五月蝿い。本日はお前ではなく、嫁御殿に用があって来たのだ。まぁ座りなさい」
立派な袈裟の蘇芳さんに促されて、私は渋々敷布の隅に座る。
それにしても私に用事って何だろう。
正武家ではなく私にって、不気味過ぎる。
「あの……」
「単刀直入に言えば、今回私のとこで厄介事があり神守の者に助力を願いたい。如何程か?」
私が聞くまでもなく蘇芳さんは話を切り出した。
そして如何程かと聞きつつ、右手の親指と人差し指で丸を作る。
私のお役目料って、知らない。
そもそも依頼されたことがないから決まっていない。
「比和子に依頼は受けさせぬ。どうしてもと言うならば次代の私が請け負う」
「五月蝿い。次代では無理だ。出来るならとうの昔に話を持ってきている」
ぴしゃりと玉彦の過保護っぷりを両断した蘇芳さんは、私に向き直る。
「いくらでも吹っかけてくれても構わない。如何程か」
「揚げ百枚!」
「ちょっと、御倉神! すみません、蘇芳さん。お話を伺わないと私が出来るものなのか判断できかねます」
私は身を乗り出して御倉神を制し、隣に大人しく座らせる。
てゆうか神様が揚げ百枚で動くって駄目でしょうよ。




