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「玉彦……」
「まったく……」
がしがしと頭を掻いてドカッと胡坐で座り込んだ玉彦は、姿勢悪く太ももに肘をついて私を見る。
明らかに呆れている。
「何を思う」
「色々と」
「では色々の『い』を言ってみろ」
「新田さん、何しに来るんだろう」
「何か困りごとがあるのだろう。で、『ろ』は」
「玉彦は新田さんが来るの、どう思ってるの?」
「数ある役目の一つだ。『い』」
段々投げ遣りに聞いてくる玉彦に、ちょっと悲しくなってきた。
私の蟠りと疑問をさっさと解決して面倒事を終わらせようとしているのがありありとわかる。
新田さんについて拘る私に苛立っているのが感じられた。
「……もう、良いよ」
溜息が一つだけ出た私は静かに座敷を出る。
とぼとぼ歩いていると、澄彦さんの母屋と玉彦の母屋の境目にある離れの渡り廊下の始まりに那奈が腕組みをして柱に凭れ掛かって俯いていた。
「那奈……」
声を掛けると顔を上げて私に駆け寄ってきて、無言で抱き付く。
私はしばらく那奈の肩に額を預けて黙っていた。
「予約帳、見た?」
「うん」
「須藤にはアイツが何かしようとしたら問答無用でぶった切れって言っといたから」
「須藤くんは何て答えたの?」
「任せろって」
「そっか……」
私はその二人の様子を思い浮かべて小さく笑ってしまった。
当主の間でのお役目の場合、私の後方には須藤くんが付く。
護り刀を傍らに置いて。
那奈は身体を離して私の両肩を掴む。
「鏡の時みたく私は助けてあげられないからね。頑張るんだよ」
彼女は新田さんが仕掛けてくることを前提で話を進めて、頷く私に那奈は視線を後方に逸らした。
「玉様も何が何でも比和子優先で頼んだからね。ズレたことしたら明日から朝から晩までお役目集中させて入れるからね!」
振り向くと私を待っていた玉彦が右眉をぴくりと痙攣させた。
最近私たちはお役目後に二人だけで五村内を散策していて、玉彦はそのゆるりとした時間を満喫していた。
朝から晩までお役目を入れられてしまうと、彼のささやかな幸せが壊されてしまうのである。
ただ一つ疑問なのは那奈にそんな権限があるのかってことだけど、彼女ならばやりかねない。
「承知した。戻るぞ、比和子」
「はい……。じゃあ、那奈。また後でね」
玉彦の下へと歩けば手を差し伸べてくれたので、そっと重ねる。
足早に部屋へと帰って身支度を整える。
いつもは自分で結ぶのだけど、今日は珍しく玉彦が私の帯を手に取った。
手際よく結びつつ、彼は何故か口を尖らせて不服そうだ。
「比和子はもう妻なのだから、何をそんなに新田を気に掛ける必要があるのだ。そもそも俺は比和子以外の女性など眼中にないのだぞ」
それからもブツブツと文句を口にして私を締めあげる。
那奈が玉彦に忠告したことで、ようやく彼は私が新田さんに対してどういう感情だったのか悟ったみたいだったけど、半分外れているのが残念なところだ。
「た、玉彦……苦しい……」
「……すまぬ」
弛められて深呼吸して、私はぽんと帯を叩く。
まぁ、為るように為るかなぁ。
よくよく考えれば新田さんは正武家のお役目に私がいると思ってないのかもしれない。
だから私に何かしようだとか考えていないと推測してみた。
希望的観測だけども。
「では行きますか、次代様」
「旦那様と呼べ」
さっさと部屋を出た私の後を追い掛けてきた玉彦は後ろから帯を引っ張り私の歩みを止めさせる。
後ろから抱きしめられて耳元でしつこく旦那様と呼べと呪文のような囁きを聞いていると、迎えに来た豹馬くんが廊下の向こうでこちらを見咎めたあと、回れ右をしたのが見えた。
「ちょっと玉彦、いい加減にしてよ」
「旦那様と……」
どこのスイッチが押ささってこんなことになったんだ。
私は腕の中でくるりと玉彦に向き直って、見上げる。
「だ・ん・な・さ・ま」
「心が込もっていない」
「込めて欲しかったら無理強いしないでよ」
思いっきり鼻に皺を寄せて言うと、玉彦は何を思ったのか私の顎を上げさせて唇を重ねる。
お役目前なのになんて不届きな!
私は一生懸命に両手で胸を押し戻したけど、玉彦の力に敵うはずもなく。
「やっ、やめて。旦那様……」
呼吸をする合間にそう言うと、あっさりと玉彦は身体を離して微笑んだ。
「やればできるではないか」
私は拳で玉彦のお腹を殴ると、身を翻した。
なんてゆうかもう、あれだけ悩んでどんよりしていたのに玉彦のせいでどうでもよくなってきた。
鈍感力って、ある意味凄い影響力を周りに及ぼすのだと初めて知った。




