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今日から一週間お役目を免除されて、私は正武家の表門を通って石段を降りる。
生理だからって病気ではない。
普通に生活できるし仕事だって出来るけど、男所帯だった正武家はそういうことに疎いらしく毎月私に休暇を与えてくれる。
けど、正直微妙だ。
だってそれは家の人全員に私のプライベートな事情が毎月晒される訳で、恥ずかしいことこの上ない。
なので澄彦さんに丁重に辞退を申し込んではみたものの、過保護っぷりが斜め上をいく玉彦と共に猛反対で却下された。
そうして私はお屋敷ですることがなく、お祖父ちゃんの家へと向かっていた。
七月を迎え、鈴白村の田んぼには青々と稲が育っている。
あぜ道には干乾びたミミズと蛙、高くなった夏空を見上げれば真っ白い雲が棚引いている。
この村は私が生まれ育った通山市の蒸し暑く茹だるような夏とは違い、気温は高いけど乾燥していて過ごしやすい。
日中の暑さは夕方に引けて、夜は涼しい。
油断すると夜は肌寒くて掛け布団を出そうかと迷うこともある。
十三歳の時からの習慣で出掛ける時にはスマホと鈴を持って出る。
通山ではこれにお財布とかお化粧セットとかをバッグに入れていたけど、持ち歩くのは二点だけなので小紋の胸元に仕舞うだけだ。
最初の頃はお財布も持ち歩いていたけど、お金を使う機会が無いので自然と持たなくなった。
正武家から私が出歩く範囲にお金を使える場所が無いのだ。
駄菓子屋がある商店街はお祖父ちゃんの家の近くにあるけど、購買意欲が沸かない。
自販機もない。
因みに高校の時は売店や自販機があったけど、大抵そういう時は玉彦と一緒だったので彼が買ってくれていた。
そもそも私のお金がない。
いや、あるのかもしれないけど必要が無いので聞いてもいない。
一応お役目に参加しているので報酬は発生しているらしく、玉彦名義の銀行か松梅コンビが管理してくれている。らしい。
日常生活の細々した物は月に一度纏めて買い物へ行くのでその時に買うけど、お財布を開くのは付き人の誰かか顔パスだった。
そんな非日常が当たり前になってきている自分に不安を覚えつつ、私はお祖父ちゃんの家に到着した。
増えた鶏が垣根から飛び出さない様に作られた柵を通り、玄関ではなく縁側から顔を出せば夏子さんが時代劇を見ながら掃除機をかけていた。
「夏子さーん」
声を掛けて開け放たれていた縁側に腰掛ける。
大体いつもこの家はオープンで家の鍵をかける意味が無い。
「あらま、比和子ちゃん。もう今月もそんな時期なのねぇ」
「……うん」
夏子さんは掃除機を休めて台所へ向かい、少ししてから私と自分の分の麦茶を持って隣に座った。
私は毎月お役目休暇にここへ来るのが習慣になっていたので、夏子さんにも色々とバレている。
冷えた麦茶を受け取って口を付けると、喉元から生き返った気がした。
「でも来ちゃったの?」
「……うん」
心配気に私を覗き込んだ夏子さんは、麦茶を下に置く。
一応夏子さんにも正武家の裏門を通ると百発百中で授かるんだという話をしていたので、私の訪問に驚いたようだった。
神妙に向き直った夏子さんは真っ直ぐに私を見て、それから肩を叩きながら笑った。
「もう、比和子ちゃんったら。そんなに落ち込むことないわよぅ。私だって希来里を授かるまでに何年も掛かったんだから」
「でもね、正武家の裏門は百発百中のはずなんだよ……」
「いやぁねぇ。そんな無粋なこと。赤ちゃんはコウノトリが運んでくるのよ」
「夏子さん……」
今どきそんなの、中学生だって信じてないよ。
「まだ若いんだから焦ることないわよ。こればっかりは待つしかないわ。それにね、こんなこと言うのも辛いけど、比和子ちゃんのお母さんだって結構大変だったのよ」
しんみりした夏子さんの言葉にハッとする。
私の両親は私に妹弟が欲しくて十三年も頑張ってようやくヒカルを授かっていた。
「いくら正武家様だからって、その裏門のジンクスは非常識よ。きっとね何かカラクリがあるわよ」
「そう思う?」
「思う、思う。だって妊娠って精子と卵子が出逢ったらでしょ。そこに正武家様のお力が関与するだなんて話、ありえない……様な気もするけど有り得るかもと思えちゃうことが嫌よねぇ……」
そして二人同時に溜息をついた。
夏子さんも何度か正武家絡みの事案に巻き込まれているので、不可思議なことについて存在すると信じている。
「とりあえず玉彦様といつも通りにしていれば良いんじゃないの~? そうすれば嫌でも授かるわよ」
「あ、それなんだけどさ。今朝澄彦さんが玉彦にね……」
と、今朝の二人のやり取りを話して聞かせると夏子さんは大爆笑していた。
私は両親と弟を亡くしてしまっていたので、身近な親戚はお祖父ちゃんたちだけだ。
一応お母さんの親戚で叔母さんがいるけど遠いところに住んでいるので疎遠だ。
なので私の第二の実家はこの家である。
気兼ねなく愚痴を零せるこの場所は大切な場所だ。




