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10


「嫌いじゃないけど、怖いからあんまり乗ったことない」


「では例えば俺が一緒ならば怖くはないか」


 一緒って言っても座席は別なわけで厳密には一緒ではない。

 でも隣にいてくれれば安心感はある、の?


「一緒にって私を膝の上にでも乗せるつもり?」


「だから例えばと言っているであろう」


「うーん。じゃあ、大丈夫」


「そうか」


 玉彦は僅かに笑ってカバンからスマホを取り出し耳に当てた。


「今日、比和子の迎えはいらぬ」


 それだけ言って玉彦は通話を終えると、私の手を引いて教室を出た。


「えっ、迎えはいらないって私どうやって帰るのよ!」


 まさか歩いて一緒に帰るわけ?

 何時間かかるのよ。


 靴を履き替えた玉彦は、もたもたしている私に微笑みながら十センチくらいのシルバーの棒を見せた。


「鰉の兄がくれたのだ」


「那奈のお兄ちゃん?」


「厳密には鰉が兄から巻き上げた」


「ダメじゃん!」


「兄はもう車に乗るから必要ないと鰉は言っていた」


「だからって……」


 一体玉彦と那奈はいつも何を話しているんだか。


「これを自転車の後輪につけると比和子を後ろに乗せることが出来る」


「知ってるよ。バックステップて言うんだよ。でもあの山道を私を乗っけて走るの?」


「比和子の一人や二人苦にもならぬ」


「でも危なくない? 落ちたら大怪我だよ」


「俺が比和子に怪我をさせると思うか」


「思わないけどさ」


「しっかり捕まって居れば大丈夫だ」


「うーん……」


 駐輪場で手早く玉彦がバックステップを取り付けてスタンバイすると、須藤くんと那奈が慌てて合流した。

 どうやら那奈から話を聞いた須藤くんが心配をして駆け付けてくれたようである。

 さすが私の信者と香本さんから言われるだけのことはある。


「僕たちも一緒に後ろから帰るから」


「心配はいらぬ」


「玉彦様はともかく、上守さんに何かあったら困るでしょ。女の子なんだから」


 渋々頷いた玉彦は私に後ろに乗る様に言って、走り出した。


 久しぶりに乗った自転車は新鮮だった。

 ここへ来てから移動は徒歩か車だったから、すごく楽しい。

 それにいつも窓から眺めていた景色に風を感じて、身体が軽くなる。


 私を乗せて軽々と進む玉彦の耳に口を寄せてお礼を言うと彼は擽ったそうにして微笑んだのがわかる。

 そしていつもなら真っ直ぐ進む道を急カーブして右折して、猛烈な下り坂に突入した。


「うぎゃああああああああっ!」


 私は玉彦の首にしがみ付いて落ちない様に頑張ると、坂の終点で自転車が一旦停まった。

 これが、玉彦の言っていたジェットコースター云々の理由か……。

 一度後ろから降りて坂を見上げると、かなりの急こう配でその坂を下る帰宅する生徒は誰も居ない。

 後から那奈に聞けば近道だけれど危ないので滅多に誰も通らないらしい。


「今日はこれから比和子と寄り道というものをして帰るが、お前たちも来るのか。邪魔だが」


 珍しく玉彦にしては感情的な一文をつけ加えた言葉に、須藤くんは苦笑する。

 そして私はこの何もない五村で寄り道をどこでするのかと玉彦を見上げる。


「須藤、うちらは帰ろうよ。玉様だって時々お目付け役の居ないとこで遊びたいんだよ」


 那奈は振り返る須藤くんの自転車の籠を引っ張り、無理矢理走り出した。

 とりあえず私は二人に大きく手を振って見送り、玉彦に向き直る。

 ハンドルに両腕を組んで乗せて前屈みになっていた玉彦は私を見ると微笑む。

 寄り道ってどこに行くんだろう。

 こうやって学校の帰り道、玉彦と二人だけになるのは初めてだったのでそれだけでも楽しくて笑顔が零れ落ちる。


 これって初めての放課後デートだ。

 この五村の田舎道だけど彼と一緒だったらどこだって楽しいのだ。


 玉彦の肩に掴まり、色々なとこを巡り駄菓子屋に寄って竜輝くんに遭遇して、正武家の石段前に到着したのは夕餉の十分前だった。


「すっごく楽しかったー。また今度一緒に帰れるチャンスがあったらいいね」


「そうだな。このような時を過ごせるならば毎晩役目が入っても良いくらいだ」


「そんな生活だと受験勉強する時間無くなるよ」


「心外だ。もう本来なら受験勉強など必要ないのだぞ」


「どういうことよ」


「余裕で合格圏内だ。東大を目指すならこれから本腰を入れねばならぬが通山ぞ?」


「あんた、馬鹿にしてんの?」


「馬鹿にはしておらぬが」


「てゆーかどうして通山の大学なのよ」


「毎週帰って来られるだろう」


「毎週帰って来るつもりでいるの!?」


「あの放蕩者の父上が四年間役目だけを大人しくしていると思うか。土日に息抜きさせてやらねば失踪するぞ。そうなれば俺は中退して戻って来る羽目になるのだぞ」


「でもそんなことしてたら、玉彦だって休める日ないじゃないの!」


 自転車を石灯籠の横に停めた玉彦は呆れかえる私を抱き寄せた。


「そんなもの比和子に逢えれば苦にもならぬ」


「そ、そう?」


 おずおずと背中に手を回して寄り添う。

 とくんとくんと耳に届く鼓動が私を安心させる。


 そして再び夕餉の席で同様の話題になった時に、澄彦さんの問題がどうこうでは無くて結局玉彦がただ帰って来たいだけだったことが判明して澄彦さんに鼻で笑われたのだった。



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