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玉彦と一緒に歩いて帰って、いつもより遅い夕餉になったことに文句をいう澄彦さんを宥めて、私はお風呂上がりに玉彦側の母屋にある南天さんの部屋を訪ねた。
南天さんは既婚者なので本当は御門森に帰宅できるのだけど、すったもんだがあった正武家の事情で私が高校を卒業するまでは正武家に住み込みの様になってしまっていた。
南天さんがお屋敷に居てくれると絶大な安心感があるので、紗恵さんや竜輝くんには申し訳ないと思いつつ甘えてしまっているのが現状だ。
南天さんの部屋の前へ到着すると、タイミング良く南天さんが中からタオルを持って出て来た。
夕餉が終わりもう自分の時間なのでお風呂へ行くみたいだった。
「おや、比和子さん。いかがされました」
「あのぅ。……あのぅ」
南天さんに紗恵さんとのことを聞こうと思ったけど、改めて考えれば不仕付け過ぎる質問だった。
正武家のお役目に関することなら遠慮なく聞けるけどプライベートに踏み込み過ぎるのは駄目だとこの場に来てから思ってしまった。
「やっぱり、いいです。すみません」
不思議気に首を傾げた南天さんを残して台所に逃げ込むと、冷蔵庫を物色する玉彦を発見した。
最近玉彦の食欲は限界を知らない。
部活を引退したのに食べる量は同じどころか増えている。
なのに体重は増えずにいるので憎たらしいことこの上ない。
さっきの夕餉だってお代わりまでしていたのに、一時間もしないでこれだから呆れてしまう。
「なにしてんの」
唐突に声を掛けると玉彦は珍しくビクッと背中を揺らしたので、まさかと思った私は駆け寄り、冷蔵庫の扉を全開にした。
玉彦の手には私の、『私の』バケツプリンがあった。
バケツプリンと言っても本当にバケツサイズではない。
直径二十センチのガラスの器に並々と入っている。
それを『なぜか』玉彦が手にしていた。
『私の』なのに、ちゃっかりスプーンまで用意している。
「あんた……踏み込んではならない領域に足を突っ込んだわね……」
にじり寄った私にプリンを持ったまま玉彦が引き攣りながら下がる。
人の物を食べようとした罪悪感満載で玉彦は目を伏せた。
「腹が減ったのだ……」
「だからって私のプリンに手を出すんじゃないわよ! この馬鹿玉が!」
バケツプリンを奪還した私は、冷蔵庫に戻して玉子を取り出す。
「インスタントで良かったらラーメン作ってあげるから、棚から出して」
雪平鍋にお水を入れて火に掛けると隣に立った玉彦に二袋渡されて、お水を追加する。
さっきあんなに食べてたのに二袋ってどんな胃袋してんのよ。
「わかめは入れるー?」
「入れる」
溶き卵を作って乾燥わかめを鍋に放り込む。
上守家のインスタントラーメンはわかめと溶き卵をふわっと入れるのが伝統だ。
ネギがあれば尚良しである。
正武家ではスタンダードに食べていたらしく、私が初めて作った上守家インスタントラーメンを見た南天さんは感心していた。
それ以来正武家でもこのスタイルになった。
「玉子も二個入れる」
そう言って追加の玉子を手にした玉彦は、罪滅ぼしなのか自分で溶き始める。
そうして手早くパパッと作って完成したラーメンをテーブルに運べば姿勢正しく食べ始めた。
見ていたら私もお腹が空いてきた気がするけど我慢だ。
夜食は太りやすいし癖になる。
なのにこうも目の前で美味しそうに食べられるとだんだん腹が立ってくる。
「次は、ないから。もし盗み食いしたら帰るから」
「ぐふっ……!」
動揺して喉を詰まらせて涙目になった玉彦はお水を一息に飲んだ。
無言で恨めしそうに私を見るけど、こっちは間違った事を言っていないもん。
食べ物の恨みは怖いのだ。
今までは私がお屋敷に居なかったから冷蔵庫の物は玉彦だけの物だっただろうけど、これからは私がいるのだ。
一緒に住むということはそういう御約束もあるんだってことを知ってもらわねばなるまい。
「わかった!?」
「……了解した」
こくりと頷き、ラーメンを再び啜り出す。
私は正面で肘をつきながらぼんやりと眺める。
正武家のお役目という特殊なお仕事が無ければ、こうやって普通の生活が出来る。
もし玉彦が普通の家庭で育っていて、普通に私とお付き合いをして結婚して、普通の会社に就職したなら夜はこんな感じなんだろうなー。
ご飯だって稀人ではなく私が作って。
二人前のラーメンを平らげた玉彦はどんぶりをシンクで洗って伏せると部屋に戻るかと思いきや、私の隣に座る。
そして何をするわけでもなく黙っている。
時計を見るとまだ九時なので玉彦はあと二時間は自分の部屋でお勉強のはずだった。
最近は十一時に私のところに来て正武家の顛末記のお話をして、零時に就寝のパターンだった。
朝は修練の為に早起きで、身体は休まっているのか心配だ。
「どうしたの」
不思議に思って声を掛ければこつりと私の肩に頭を預けた。
ふわりと石鹸の香り。
「教えてくれ……。今の受験勉強がどれだけ正武家の役目に必要なのか……」
「……に、忍耐力?」
「それはもう父上の相手で培われていると思われる」
「……だよね。もう、勉強嫌になっちゃったの?」
「学ぶことは嫌いではない。ただ、頭を使うと無性に腹が減ってくるのだ」
「そ、そうなんだ」
そもそも正武家の家業に学歴は必要ない。と思う。
でも色々な訪問客を迎える中で大学へ行って学ぶことの中に必要なものがある。のだろうか。
二人で真剣に考えていると、お風呂上がりの南天さんが顔を出した。
「おや。何かお作りしましょうか」
そう言った南天さんだったけれど、洗われたお鍋などを見て必要ないと分かり、麦茶を飲んで退室しようとしたので質問をぶつけてみた。
南天さんも大卒だけど稀人にも学歴は必要ないと思うんだけど。
「鈴白村、五村から出て見聞を深めるためですよ。先先代以前の方々は他の土地で五年程過ごされてから五村にお戻りになっています」
「じゃあ大学に行くことがメインじゃないんですか?」
「そうですね。あとは出会いでしょうかね。人と人との繋がりはお屋敷に座っているだけでは生まれませんから」
「あのっ。じゃあ南天さんはその出会いの中で紗枝さんと?」
偶然にも繋がった質問に身を乗り出す。
この話の流れなら怪しまれずにすんなりと聞けるはずだ。




