第二章『小町』
正武家の日常は基本穏やかである。
家業としてお役目と呼ばれる不可思議な事案の祓いや鎮めを行うが、訪問客から話を聞いて外で行うことが大半なのでお屋敷自体、特に母屋は静かなものである。
そもそもお役目は毎日あるとは限らず、休日になることも間々ある。
そんな時には余程のことがない限り稀人もお休みになってお屋敷から外出する。
常に正武家の家人たちの付き人をしている訳ではない。
特に結婚もして子供もいる既婚者の南天さんは休日以外でもお役目が終われば帰宅し、澄彦さんの側役はお屋敷に住み込んでいる稀人の誰かが担っていた。
そんなある日の昼下がり。
今日と明日お役目の予定が無い正武家の人々は思い思いに過ごしていた。
当主である澄彦さんは玉彦がお屋敷に残るということで朝からウキウキして一人出掛けた。
泊りになると朝餉で宣言していたので、月子さんの所へと行くのだろう。
次代の玉彦は調べ物があるとかで、離れの地下にある書庫に朝から籠りっきりである。
稀人の南天さんは御門森の自宅へ、豹馬くんは亜由美ちゃんの家。
そして須藤くんと多門は特に用事もなく、ゆっくりとお屋敷で休むらしい。
彼らには朝昼夕の食事の準備があるのだけど、澄彦さんも不在のことだし四人で打ち合わせた結果、簡単な食事で済ませようということになっていた。
たまには手抜きをしても良いよね。
私は台所でお湯を沸かして、炒飯を作りながら後ろでテレビを聞いている。
テーブルには須藤くんと多門がスタンバイしていて、二人揃ってお昼のニュースを見て世の中の流れに耳を傾けている。
正直、この鈴白村は世の中と隔離されている感が強いのでニュースやワイドショーを観てもあぁそうなんだーと思うくらいである。
玉彦と私に至っては、二人の部屋にテレビすら置いていない。
観ないからだ。
通山に住んでいた頃はスマホを手離せなかったけれど、今はもうただの連絡手段なので部屋に置きっぱなし。
着信があれば掛け直すし、メッセージがあれば返信する。
段々浮世離れし始めている自分に危機感は若干ある。
でも神守としてのお役目が無い限り、私が望んでいた平平凡凡な専業主婦に近いので文句はない。
去年はお屋敷の中で何かしたいと駄々を捏ねていたけれど、慣れてしまえば良いものである。
穏やかな日々を玉彦と過ごす。
いつも一緒にいても話すことは尽きない。
それに特に会話が無くても二人で居ればそれだけで良かった。
そしてどうやら玉彦もこの時間を気に入っているらしい。
正武家の玉彦様ではなく、ただの玉彦として在れる時間。
彼が私に求めているものは、心の拠りどころ、休めるところで、お役目のパートナーでも盾でもなかった。
通常とかけ離れた家業の為に、私には『普通』を求めていた。
ただ残念なことに私は神守でも在る為にそうそう彼の思い通りにはならないのが辛いところである。
「出来たよー」
お皿に炒飯二人分を盛り付けて、次にもう一回二人分。
スープはインスタントのものをセルフサービスで。
今日は手抜きの日なので、玉彦も私も台所で食事をする予定だ。
そうすれば片付けも早いし面倒も無い。
懐の青紐の鈴を鳴らして玉彦を呼ぶ。
鈴を聞きつけた玉彦が離れの書庫を出て母屋へと戻り、台所でスープにお湯を注ぐ頃第二弾の炒飯は出来上がるだろう。
そうして私の予定通りに事が進んで、食後のお茶を四人で啜って一息つく。
「そう言えば今朝、小町ちゃんからメール来た?」
正面に座っていた須藤くんがテレビのリモコンをいじってチャンネルを合わせる。
「来たよー。夜の九時からだって」
「録画しとく?」
「うん。リアルタイムでも観るけど、後からも笑いながら見たいよね」
須藤くんはテレビを操作して録画予約をする。
小町とは私の通山時代からの親友で、現在モデルさんとして活動している。
玉彦と豹馬くんと須藤くんは通山で大学生の頃、私の幼馴染の守くんと当時彼女だった小町と一緒に過ごすことがよくあったらしく、今では共通の友人である。
そんな小町が今夜、テレビに出演するのだ。
時々CMで見かけることはあったものの、バラエティー番組などには出たことがなかったのでこちらとしてもドキドキだ。
あの小町の毒舌が炸裂しなければ良いなと思うけど、彼女ももう大人なのでその辺は上手く猫を被ることだろう。




