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序 章


 私の名前は上守比和子改め、正武家しょうぶけ比和子。


 約一年前に結婚をして、名字が長いものへと変わった。

 愛する旦那様の名は玉彦。

 ツンデレで面倒臭く頑なな性格で、人間関係の機微に疎い所がある。

 でも本当は感情を表すのが下手なだけであって、優しく思慮深い。

 そして、ただただひたすら一途に直向ひたむきに私を愛してくれるひとだ。


 私が嫁いだ正武家という名家は、普通の家ではない。

 正武家がこの鈴白村へと根付いたのは、時をずっと遡り平安時代と伝えられている。

 彼らは都で帝に仕え、不可思議なるものの鎮めや祓い、退治などを担う貴族だった。

 あるとき都からわざわいを追って訪れた鈴白村でお役目を全うしたのは良いものの、禍のせいで土地が荒れてしまい、人や作物が育ちにくくなってしまった。

 そこで正武家は荒れ地に引き寄せられる悪いものを祓い鎮めているうちに、時の帝から『鈴白を清浄の地とするまで都に戻ること罷りならん』とめいを受けた。

 この時『正竹家』の竹の字を『武』に置き換えて現在の『正武家』を名乗ることとしたのである。

 これは必ず武功を上げ、都へと帰還するという決意の表れだった。


 しかしそれから正武家は幾年も鈴白で祓い鎮めを行っていたけれど、その間に何代も帝は代わる。

 そうすると人の世とは勝手なもので、何か不可思議なことがあると正武家に持ち込まれるようになってしまった。

 祓い鎮めには幾年も必要とする場合があり、その間に何かが持ち込まれてエンドレスになってしまった。

 そこで切りがないと都へ戻ることを諦めた正武家は、鈴白村に根付くことにしたのである。

 ただし、帝にはそれ相応の見返りを要求し、認められた。


『鈴白を含む五村の地と、正武家の未来永劫の繁栄。現世うつしよの如何なる物事は正武家に干渉せず』


 どういうことかというと、玉彦の言葉を借りて言ってしまえば、


「要するにこの辺の土地は正武家に寄越せ、家が潰れないように加護しろ、それと戦や争いごとに巻き込むな、何かあっても正武家が関わる物事はそういうものだと思って首を突っ込むな」


 だそうである。

 随分な要求だけど、帝に認められて以来、その約束は今なお破られていない。

 破れば何が起きるか誰にも分からず、なので無暗に反故には出来ない。

 そして正武家も、今なお帝からの命を守り続けている。


 この科学が発達した現代で何を馬鹿なことをと思う人もいるかもしれない。

 実際私もまさかお祖父ちゃんの村がそんなところとは知らず、奇々怪々な出来事はテレビやネットの中の虚構の世界だと思っていた。

 けれど中学一年生の夏休みにお祖父ちゃんの家へと預けられた私は、そこで奇々怪々な出来事を経験することになり、信じざるを得なくなったのである。


 そして私は鈴白村で、正武家の跡取り息子、玉彦と出逢う。


 同い年で、おかっぱ頭の、親友の小町曰く馬鹿みたいに端正な顔をした彼もまた、正武家として不思議な力を持っていた。

 ツンデレで古臭い話し方の、寂しがり屋な玉彦は何だかんだと結局私を助けてくれていた。

 様々な紆余曲折があり、玉彦とお互いの想う気持ちを確かめ合って夏休みが終わった私は鈴白村を後にする。


 それから四年後。


 再び夏休みに鈴白村を訪れた高二の私はまたしても奇々怪々な出来事に巻き込まれ、玉彦と世間一般で言う婚約をし、本来ならば問題が解決すれば通山の家へと帰るはずだったのに様々な要因が重なって、というかおもに玉彦の我儘九割の意向があり、私だけ鈴白村に転居して正武家にお世話になっていた。ちなみに残りの一割は彼との間に余計な問題を起こしたくなかった私の気持ちだ。


 普通の家庭なら嫁入り前の娘、しかもまだ高校生が婚約したとはいえその相手の家に住むことになったら猛反対だけど、鈴白村出身で正武家の当主である澄彦さんと親友だった私の父の光一朗は『五村では正武家がそう在る様に望めばそう為る様になっている』と半ば諦めていた様である。


 そしてこの時期、私は『神守』としてのお力を予期せず手にしてしまった。


 後から知ったことによれば、お祖父ちゃんの『上守』という名字は元々は『神守』といい、およそ百年程前に今のものとなっていた。

 『神守』は正武家が鈴白へ根付くと同時に帝から『正武家に尽力せよ』との命を賜り、移住した一族で、読んで字の如く神様の守り役である。

 神守が神様をお世話して、そのお力を正武家の為に振るってください。とお願いするのが本来の姿だったけど、それとは別に『神守の眼』と呼ばれる人為らざる世界を『視る』ことが出来た。

 一概に『視る』とはいっても種類は様々で、日常生活で普通に視えてしまうものから不可思議な力で対象の精神世界のような心の中まで入り込むことが出来る。

 最初は視えるだけだった私も、今は亡き御門森みかどもり九条くじょうさんという師匠のお陰でそれなりに眼を使いこなして現在に至る。

 神守の眼の限界は未だ見えず、どこまで見えるようになってしまうのかは未知数である。

 因みに神守の力はおよそ百年前に失われてしまったとされていて、神守から上守へと変わったのだけど、何故かお父さんの代からひっそりと復活していたのである。


 それから。


 私は高校を卒業してすぐに正武家での花嫁修業を、玉彦は大学進学の為に通山市で生活を始めた。

 彼の卒業を待って、その年の四月に私たちは祝言を挙げてようやく夫婦として共に歩み始めたのだった。



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