とある国のお家事情 ~ 婚約破棄して追放しといて、今更元鞘?ないない、それは絶対あり得ない ~
最初にお断りしておきます。「婚約破棄」の要素はありますが、このお話では主体となっておりません。
ですので、思惑の違った方はそっとブラウザを閉じてください。
あんた誰さ。そんなピカピカの鎧着込んで畑に突っ込んでくるんじゃないよ。
ほらほら、そこ踏むんじゃない。せっかく植えたタネが潰れちまうじゃないか。貴重なんだからね、その苗は。
ただでさえ泥んこなんだ、こっちに来るんじゃないっ!
・・・ああもう、わかったわかった、アタシがそっちに行くから動かないでくれよ。ったく、なんだってんだか。
・・・・・・さて、と。何の用だい? この地じゃ畑を耕せる時間が限られてるんだ、くだらない用件なら後回しにするよ。
それに、何でアタシに声かけたんだい? ここに来るまでに何人かいただろ? 大人がさ。
ああ、その人たちがこっちへ行けって。ふうん。話の内容によるけどね。
ん? 今度こっちに来る代官の話、だって? へぇ~、そんなもの好き、まだ居たんだ。びっくりだねぇ。だってさ、前の代官なんて、3日居ただけで逃げ帰ってたよ。『こんな物騒なところに居られるかぁっっ!!』って、捨て台詞残してさ。
まあ、ある意味正しいか、な。
ここ、『黒の森』の北端にくっついてるからね。物騒っちゃ物騒だよなぁ。特に、あの時の騒動は大きかったからねぇ。
ああ? あの時って、代官が逃げ出した時さ。ちょうど『溢れ出し』の周期に当たっちまったんだよ。そう、どんぴしゃりにね。
『溢れ出し』がなんだって? 知らないのかい? おやまあ、あんたどこのお人さ。この近辺でそんなこと言う奴は見たことないよ。『溢れ出し』ってのはね、魔獣が襲ってくるんだ。文字通り飛び出してくるんだよ、あの森からね。
普段ならそうじゃない。たまにふらふら世間知らずがさまよい出てくるだけ。でも、その時だけはどいつもこいつもこっち目掛けて突っ込んでくるんだ。気が狂ったみたいにね。
偉い学者さんは『数が増えすぎて淘汰された』なんて言ってたけどね。要するに縄張り争いで負けて追い出されて来たんだよ、そいつらは。だから目の色も変わるってもんさ。
出くわした代官にはご愁傷様だけどな。あははは。
で。そんな物騒なここへ来る代官ってのはどんな奴だい? どうせ、厄介な事情持ちなんだろ?
どうしてわかる、って、分からん方がおかしい。ここはいわば魔獣との最前線、死が身近にある場所さ。こんなところへ進んで来るようなお偉いさんがいるはずない。下っ端の官僚がいやいや来るか、もしくはなんかやらかした罪人か・・・そうか、今回はそっちだね?
成程。あんた、王都から来たんだ? で、その代官も王都からくるんだろ? その下見、ってゆーか、さ、先触れ? に来たって事なんだね。それならそうと早く言ってくれりゃいいのに。
ああ、代官サマのお屋敷は掃除してあるよ。アタシの仕事でもあるしね。それと、屋敷の使用人、かな、どうするつもりだい? こっちで用意できるのは飯炊きが一人と下男が一人、あとは掃除洗濯の下女が一人で手いっぱいだね。
あ? アタシかい? そうだね、アタシがその掃除洗濯を受け持つことになるだろうね。飯炊きは隣のサマン婆さんができるし、庭やら家の手入れの下男なら、サマン婆さんの三男坊主に任せりゃいい。え? アタシにできるのかって? 馬鹿にすんじゃないよ。これでも掃除洗濯にかけちゃちょっとしたもんなんだ。
これ以上はどうやっても無理だからね。代官サマにそう伝えておいとくれ。
あ、アタシはオルテ。あんたは? グラント、だね。わかった。
後どのくらいで来るんだい? え? そこまで来てる? ほんとかい・・・
『黒の森』に接するこの土地、アーカイブル。魔獣と戦う最前線に位置するここに、代官が常駐することは滅多にない。今、その滅多にないことが起こりつつあった。
◇◇◇◇◇
「初めまして皆様。わたくし、エレオノッテ・フィラン・・・いえ、エレオノッテだけでいいですわ。この度、アーカイブルの代官に就任しましたの。よろしくお願いしますわね」
「・・・グラント。聞いていいかな? 代官サマ、って、そこのお嬢様かい? ホントに本当、なんだね? それも公爵令嬢? 一体、何をどうしたらこんなことになるんだい?」
「あら、もう公爵令嬢ではありませんのよ。元・公爵令嬢ですの」
「はあ。元、ねぇ。で、何をおやりになったんで? あ、グラントの顔が般若になった」
「・・・ロードさまとの婚約が破棄されましたの。それで」
「婚約破棄。相手は・・・ああ、あの第二王子かぁ。婚約者だったなら大変だったよねぇ、あんた、いや貴女様も」
「もう身分は剥奪されましたもの、普通で結構でしてよ、えーと?」
「おや失礼。アタシはオルテ。ここの掃除洗濯を任されてる」
「オルテ、様ですのね」
「様は無しで。呼び捨てで十分さ」
「じゃあ、オルテ、で」
「ああ、それでいい。で、アタシの横にいるのがサマン婆さん。ここの厨房を担当する。味は保証するよ」
「まあ、うれしいですわ」
「サマンと申しますじゃ。よろしくお願いします」
「その横にいるのがニード。サマン婆さんの三男で、ここの家と庭の管理をやることになってる。ちょっと人見知りがあって無口だけど、やることはきちんとやるから勘弁してやってほしい」
「よろしくお願いしますわ。ではわたくしも。後ろにいるのがカルラ、侍女でついてきてくれましたの。その横のグラントは護衛ですわね。わたくしの右にいるのがレクサン。もう年なのにここまでついてきてしまいましたのよ。なので、執事をお願いすることになりますわ」
「了解です、代官さま」
「その、代官、はやめてくださるとうれしいですわ。もう平民と同じですから」
「お嬢様、いけません! それだけは言わないお約束でしたでしょうが!」
「そうでしたわね、レクサン。でも、公爵令嬢ではなくてよ? わたくし」
「それはあのボンク・・・失礼、第二王子の言い分だけでしょうが! 今は陛下も王太子様も外遊の最中でいらっしゃらないからこうなっただけでございます。一時しのぎの避難、とお父上様からも仰せがございましたぞ!」
「そうですとも。お嬢様はそのことをよくお考えの上、お過ごしくださいませ」
「まあ、レクサンもグラントもカルラもそう思っていますの? わたくしは別に構わないんですのよ。もう、ロードさまのお相手をしなくともいいのですから」
「お嬢様、なんとおいたわしい事を・・・」
(・・・なるほどね。あのボンクラは相変わらずってことだ)
「「「?」」」
「あ、独り言だ。気にすることはないよ。さて、挨拶も済んだことだし、仕事にかかろうか。サマン婆さん、急で悪いけど夕食の準備を頼めるかな。ニードは荷物の運び入れと馬の世話を。あ、馬車も引き込んでくれ。今夜は雨が降りそうだから、濡れないところへ」
「? 天気が分かるんですの?」
「ああ。サマン婆さんの腰痛でね。雨が降る半日前に必ず痛むそうなんだ。婆さんには悪いけど、命中率が高いから当てにさせてもらってる。じゃニード、頼む」
「・・・わかった」
「おお、ニードがしゃべった。大判振舞いだな!」
「・・・そうなんですの?」
「あはは、来たそうそうじゃわからんかもな、お館様には」
「お館様・・・わたくしの事?」
「代官様が駄目ならこれでどうかな? お嬢様でもいいけど」
「・・・そう、ですわね。ここまで来たんですもの、お嬢様はいやですわ」
「じゃ、お館様で決定だね。部屋はすぐ使えるようになってると思うけど、一度見ておいてもらえるかな。あと、ニードが運んできた荷物の指示を」
「では私めが行きましょう。お嬢・・・お館様はまず部屋へお越しください。カルラは供を、グラントは私めと荷物の運び込みを行う」
「はい」
「承知した」
「アタシも行くよ。力はあるからさ。後、村の皆にも紹介しないとね」
◇◇◇◇◇
今日も今日とて畑仕事。毎日面倒見ないといい作物は出来ないんだよ、分かるかね?
・・・アタシは誰に向かって言ってるんだろう。時々虚しくなるな。
「オルテー! ここでしたのー?」
「おや、お館様。なんか御用でしたか?」
「いえ、今朝は家の中で姿を見かけないなと思いましたの。カルラが出かけるところを見たらしくて、多分こちらだろうと」
「ああなるほど。今日の掃除と洗濯は朝のうちにすませて、畑に来たもんで。ようやっと芋が大きくなってきたから、掘り出そうと思ってね」
「まあ、お芋って地下にできるんでしたのね。知識にはありましたけど、実際には見たこと無くて」
「そうでしょうねぇ。王都に畑なんて作ってないでしょ」
「そうね、おうちばっかりですわ」
「じゃ、初お目見えってことで。よい・・・しょっと。これですよ」
「まあ! すごく大きな形ですのね!」
「ここまで育てるのに3年、ですか。主に土が悪すぎて。でも、今年やっとここまでになったんですよ。いや~、長かった」
「土? って、どうしてですの?」
「え~とですね、何でもそうですが育つには大きくなる元、栄養がいるんですよ。なので、まずは栄養を多く持つ土を作って、そこで育てたのが、これですわ」
「その、えいよう? があると育つんですのね?」
「そうですよ。ただやりすぎても駄目なんです。花に水をやらないと枯れるけど、やりすぎても腐っちゃいます。その加減をうまくしないと、ね」
「ああ、そうですのね。確か、庭師の爺やがそんなこと言っていたのを聞いたことがありますわ。水をやりすぎるとだめだって」
「そう言うことです。って、何落ち込んでるんです?」
「・・・わたくし、王都でいろいろ勉強してましたの。王子妃としての教育も含めて、他の方よりもずっと知識があるんだと、心の中で思ってましたわ。でも、本当は何も知らないのと同じことだったんですのね」
「そりゃまた極端でしょ。芋の話を知らなかっただけで考えすぎですよ」
「そうで、しょうか」
「そうですよ。すべての知識を身に着けようなんて、ちょっと欲張りですって」
「欲張り。そうですわね」
「庭師は花のことを知ってる、お館様は花言葉を知ってる。それくらいの違いです。違いがないとやっていけませんよ、ひとは」
「オルテは時々長老みたいなことを言うんですのね。わたくしより少し上、かしら。それほど離れてはいませんわよね?」
「ん~、アタシのまわりにゃ大人しかいなかったからねぇ。それも口の悪いのばっか」
「あらあら、そうなんですの」
「お館様には聞かせられない口調も知ってますしね」
「聞きたいですわ」
「そんなことしたらアタシは殺されますよ、カルラさんに。いや、レクサンの方が先かな?グラントにもやられそうな気が・・・うはぁ、考えたら寒気がしてきた!」
「オレがどうしたって?」
「うわ、でたぁ!」
「グラント、貴方ついてきてたのね」
「そりゃオレは護衛ですから。オルテ、おかしなこと教えてないだろうな?」
「おかしなことってどういうことさ? アタシみたいな善人捕まえて」
「お前が善人なら世の中に悪人はいない」
「その確信はどっから出てるのか問い詰めたいね、ホント」
「事実だな」
「ひどっ。毎日頑張って掃除洗濯やってる女に何て言い草さ」
「当然だ。やらないなら真っ先にお前を追い出してる」
「その扱いがひどい!」
「ふふっ。ふたりとも子供みたいね、その言い方は」
「お館様もひどいっ! グラントと一括りにするなんて!」
「オレも嫌だな、お前と一緒じゃ気が休まらん」
「それならどうして一つの屋根の下にいるんだよ? 矛盾してるね。あ、それとも誰かを引っ張り込んだ? カルラさんあたりを」
「恐ろしい事言うな! オレを殺す気か!?」
「まったまた~、隠さなくてもいいんだよ~? 照れ屋さんなんだからもぉ~♪」
「お、お前、分かってて煽ってるなっ? 絶対そうだろっ!?」
「分かってて、って・・・どーゆーこと?」
「楽しそうですわね、皆様方」
「ぎゃー、こっちも出たあぁっ~!?」
「お嬢さ・・・失礼、お館様に何かあってはと追いかけてきたのですが、何やら不穏な話題になっているようですね」
「ふ、不穏、て、そんなこと、ナイヨ ?」
「そそそ、そうだぞ、カルラ殿。我々はただ、世間話をだな・・・」
「あらあらグラント様、汗をかいていらっしゃいますがお暑いのですか?」
「い、いやあ、今日はちょっと暑いですな~」
「今は曇ってますよ、グラントさん? それは冷や汗では・・・」
「お前は黙ってろおぉっ!」
「うおっ! 顔が近い、顔が、般若がちかぁ~いっ!」
「にげるなぁ~~っ!!」
「まあ、元気ですのね、皆さんは」
「お館様、日傘を忘れておられますよ、どうぞ」
「ありがとう、カルラ。持ってきてくれたのね」
「グラントが気づいていればよかったのですが、あれは疎いもので」
「ふふっ、カルラったら」
「お館さま~っ! 笑ってるなら助けてくださいよ~っ!」
◇◇◇◇◇
で、それは近いんだね、ニード。どのくらいかわかるかい?
ん~、今度の満月までには確実に、か。
それは誰から?
「・・・ん、マリー」
マリーならほぼ間違いないか。だとすると・・・カチ合う、かな?
うん、それならそれでよし。時期が来た、って事だろうね。
ニード、マリーにね、伝えてくれないかな。その前日にここへきてよ、って。
その時村の皆も一緒に来るように、パーティだよ、って。
ああ、そうだよ。盛大に祝おうじゃないか。お館様もいるしね。
・・・ふふ、楽しみだよ。
◇◇◇◇◇
「一体、何の騒ぎなんですのこれは!」
「わあ、お館様きれいですねぇ! 見違えましたよ!」
「ええありがとう・・・って、ごまかさないでくださいな!」
「ごまかすなんて。お館様のためのパーティですよ」
「え? あたくしのパーティ?」
「そうですよぉ。延び延びになっていた就任のお祝いパーティじゃないですか。もっと早くにやりたかったんですが、いろいろと予定があって遅くなっちゃったんですよ。すみませんでした」
「まあ、そんなこと考えてくださってたんですの。わたくし、何も知らなくて」
「えへへ。びっくりさせようとみんなで内緒にしてましたからねぇ」
「じゃ、この間から急にマッサージやら香油やらを塗ってくれていたのは・・・カルラ! 貴方知っていたのね!?」
「申し訳ありませんお館様。他の者からも秘密にしておくようにと言い含められまして」
「カルラの申すことは嘘ですぞ、お館様。全員が賛同して秘密にしましたからな」
「レクサン殿、裏切らないでくださいませ!」
「一人だけいい子になるのはずるいですよ、カルラ殿。罪は全員で被るもんです」
「グラントまで!」
「そうそう、みんな仲良くおこられましょうね~」
「「「元凶はお前だ!!」」」
「う~わ~、なんでハモるかな~?」
「・・・事実だな・・・」
「ニードまでひどいよ! あ、村の皆も笑ってる~! こぉら~っ!!」
「ふふふっ、あはははっ。お、おかしい・・・!こ、こんなおかしい、こと、初めて、です、わっ」
「お、お館様? ととっ、なに泣いてるんですかっ!?」
「ふふふっ、ああ、おかしい。お腹が捩れそうでしたわ。ふふふ、・・・わたくし、幸せ者ですのね、こんなに大切にしていただけるなんて、思っても、みなくっ、てっ!」
「お嬢・・・お館様。私たちはいつもそばにいますわ。たとえどこに行こうとも」
「そうですぞ。私めは離れませんからな」
「オレは護衛ですから。そばに居るのは確定です」
「あ、ありがとう・・・レクサン、カルラ、グラント」
「うんうん、いいですね~。さあ、パーティ始めましょうかぁ!」
「お前は空気を読まんか!」
「空気なんてお腹の足しにならないよ。みんながごちそう持ち寄ってくれたしさ。お館様、さ、これ持って、声かけてくださいな?」
「え、これ、ワイン? 声かけって、ああ、最初のですわね?」
「お館様が言わなきゃ始まりませんよ」
「そ、そうですわね。では・・・皆さんに出会えたことに感謝して。乾杯!」
「お館様の就任もですよ、カンパーイっ!」
「「「「「「「「「乾杯!!!」」」」」」」」」
「ぷはぁ~~~っ! うんめぇ~~っ!」
「ったく、お前なんて下品な飲み方するんだっ!」
「美味しいんだからいいんだよっ。お館様、これこれ、美味しいんですよぉっ」
「本当ですの? あら、美味しいですわ。これも、これも。皆さん、お料理上手なんですのね」
「あははは。そうなんですよ。この村の自慢のひとつですからね」
「ふふっ、今日また知らないことが増えましたわ。ありがとう皆さん」
「普段なかなか会えませんもんね。みんな、お館様にゴー!」
「え? あら! ちょ、待って、あの! 何を!・・・」
「うおおぉぉっ! 待て待て待て待てっ! おちつけ、こらっ!」
「大丈夫だよ、グラント。みんなお館様に挨拶するだけなんだからさ」
「そう、はっ、いって、も、一気に、来られ、てっ、うおっ!」
「それそれ、グラントを投げ飛ばしちゃいな。あははは」
「くっ、オルテ! お前、酔ってるなっ!?」
「こんなので酔うわけないだろ、何言ってんのさ。みんな、お祝いだよっ! 飲んで食べて、騒ご~ぜっ!!」
・・・そろそろあいつが来るしね。
◇◇◇◇◇
「おや? 何やら砂煙が見えますぞ。あれは馬車ですな。しかも・・・!あの紋章は!」
「ありゃりゃ、執事殿は目がいいんですねぇ。もう見つけちゃいましたか。ニード、一緒に行って足止め頼むよ」
「・・・ん・・・」
「さて、と。お館様。気をしっかり持ってくださいね。ちょおっと嵐が来ますんで」
「え? 嵐ってどこにですの? 晴れてますわよ」
「えーとですね、この場合は自然現象じゃなくって、お館様にとっての嵐なんですよ。それも王都からやってきた、ね」
「王都ですって!? じゃ、レクサンが言っていた馬車って・・・!」
「はいそうです。あ、大丈夫ですよ。お館様に近寄らせませんから。ただ、その、気持ち的にちょっと辛いかな、って思うんですよね、アタシは」
「・・・わたくしは、もう、何とも思ってませんわ。ロード様とは縁がなくなり、わたくしは公爵令嬢という地位を失った。そのことにもう未練はありませんのよ」
「・・・お館様は強くなりましたね。でも、いいんですよ、頼ってくださいな。アタシたちはみんなお館様の味方ですから」
「ええ、ありがとう、オルテ」
バタンッ!
「ここに居たのか、エレオノッテ!」
「・・・何をしにおいでですか、第二王子様」
「お前を迎えに来たんだ、さあ、二人で王都へ戻り、改めて婚約を結ぼう!」
「わたくしは貴方様から婚約破棄と爵位はく奪を告げられ、この地の代官として参りました。今更戻ることはかないません。わたくしのことはお忘れになってくださいませ」
「そ、それは! あの、性悪女に騙されていたんだっ! 私の真実の愛はノッテだったんだ!」
「殿下、すでに貴方様とは他人でございます。愛称どころか、名前を呼ぶこともおやめくださいませ。まだわたくしを貶めたいのでございますか?」
「ち、ちがっ、そうじゃないっ! 私の隣にはっ、ノッテ、いやエレオノッテ・フィランテール公爵令嬢しか要らないのだ!」
「すでにその者はこの世に存在いたしません。ここに居るのはアーカイブルの代官、エレオノッテでございます。殿下には速やかにお帰り下さるよう、伏してお願い申し上げます」
「ノッテ!ええい、そこをどかんか!」
「まったく、うっとうしい男だねぇ、このポンコツは」
「なっ!何だと、私を誰だと・・・? え?」
「陛下と王太子が戻って来てこっぴどく叱られたんだろうけど、まぁだ目が覚めないとは。ボンクラに磨きがかかったんじゃないのかい? 第二王子殿」
「き、き、貴様はっ!・・・いや、まさか、ここに居るはずはっ!」
「それでもって、「真実の愛」のお相手はどうしたんだろうねぇ。大方、「こんなはずじゃなかった」とか言って逃げられたんじゃないのかなぁ~? たいした「真実の愛」だよ、まったく」
「う、うるさい煩い煩いいぃぃっ! ノッテ、こいつはどうしたんだっ! なんでここにいるんだっ!?」
「殿下? 何のことでしょうか? オルテはこの代官屋敷を管理してくれていましたのよ。それと、わたくしを愛称では呼ばないでくださいませ」
「そ、そんな、うそだうそだうそだあぁぁっっ!!」
「うるさいよ、このボンクラ王子。いつまでたってもおつむは空っぽだねぇ」
ヒュウウゥゥゥ・・・・・・
「うわわわああぁっ!」
「え!? で、殿下!?宙に浮いてる!?」
「お館様、ちょっと外へ行ってくるよ。お仕置きの時間だからね。ほぉら、ごらん。『黒の森』の『溢れ出し』が始まったよ。あの中で自分のやったことを反省するんだね」
「おおおっ! あれは! 魔獣がこちらへ向かってきているぞ!」
「危のうございます、お館様っ!すぐにお部屋へ!」
「・・・大丈夫、心配ない」
「ニード!? そう言ってもあの数では!」
「ニードの言うとおり、ここなら安全です。オルテさまが結界を張ってくださっていますからの」
「サマンのおばあさん! 結界ってどういう意味ですの!?」
「そう言えば・・・オルテ? オルテと殿下がいない!?」
「落ち着けグラント。オルテ、様は、あそこにいらっしゃる」
「レクサン? あなた、何故・・・いえ、何を知っているの? オルテは何をしているの!?」
「オルテさまは、現国王陛下のお子、王太子殿下の双子の姉でございます」
「王太子様の、双子、の、あね・・・?」
「サマンさま。やはりあなた様は、王太子付きの乳母のサマン・コレット様でいらっしゃいましたか」
「ご存じでしたか。では、わが国に伝わる王族の呪いについても・・・?」
「私めがフィランテール公爵家へお仕えするとき、先代の家宰から口頭で教えられました。ですが・・・正直、信じられませんでした。今この時ですら」
「呪い? 王族の呪い、って何ですの? レクサン!」
「今はお待ちくださいませ、お館様。まずはこの『溢れ出し』を片付けることでございます」
「・・・ここを守る、唯一の方法だ」
「あれは・・・! 魔獣を、さばいている・・・?」
「あの木の幹にくくられているのは、ロード王子・・・魔獣の群れのど真ん中に放り込まれてっ!? だ、だが、襲われていないのはどういうことだ!?」
「・・・結界あるから・・・」
「この、サマンから説明いたしましょうぞ。オルテさまの結界が第二王子の回りに張られております。なので、魔獣の迫ってくるのは見えても、決して傷つくことはございません。・・・あくまでも身体的には」
「それって、結構怖いことだと思うんだが・・・あのポンコツ王子にゃちょうどいいこらしめかも、な」
「グラント殿も言いますな。私めもそのように感じますが」
「で、でもっ、オルテは・・・オルテは大丈夫なの?」
「心配は不要です、お館様。オルテさまはこのような『溢れ出し』の被害をとどめるために、この地におわしますのです」
「被害を・・・食いとどめる、ために?」
「はい。ご覧くださいませ。今からオルテさまが行使なさる術を」
ヒュウウゥゥゥ・・・ゴオォゥゥッッ!!
「なっ!? あ、あの、魔法はっ!!」
「カルラっ、貴方にはわかるのね!? あれはいったい何の魔法なの!?」
「あ、あれは第5階梯『クリムゾンノヴァ』。火魔法の上位に当たる火焔、それも戦略規模に特化された爆炎系魔法、で、ございます・・・」
「せんりゃく、規模・・・」
「過去、魔族との戦いにおいて人族の大賢者アウスゴーラ様が編み出されたもの。その威力は50万とも70万ともいわれた魔族の兵士をその大地もろとも焼き尽くし、跡形もなく消し飛ばしたとあります。この有様を見てもうなずけるかと・・・」
「確かに、あれほどいた魔獣が一気に消えてるな。・・・王子とオルテを除いて」
「結界を維持しつつ最上級の爆炎系魔法を放つなど、並の賢者では到底不可能な技です。オルテ、さまはどれほどの魔力を有しておられるのでしょうか・・・」
「それが王家の血筋にある呪いですじゃ」
「呪い・・・」
「遠く、この地を興した初代から続く秘められた建国記でございますよ、お館様。決して語られぬ、王家の闇でございますじゃ」
◇◇◇◇◇
「はるか昔。レイサンブール王家の初代、マイヤスト・レイサンブールがこの地にたどり着いた時、ここには魔女がおりました。争うことを嫌う魔女はマイヤスト王に提案をしたのです。この地を明け渡す代わりに、南の森・・・のちに『黒の森』と名を変えるここへは不干渉とすること、自分へは手出しをしないこと、その2点をもってして受け入れようと。その条件を呑んだ王でしたが、豊かな森の実りに目がくらみ、その森すらも手に入れようと画策し・・・ある夜、城へ招いて晩餐を共にした魔女に毒を盛ったのですじゃ」
「・・・!」
「魔女は毒を口にした瞬間にそれと悟り、追っ手を振り切って森へ逃げ込みました。自分の知識で解毒しようとしたのですが・・・それは何種類もの毒を混ぜたものであり、不可能なことと知った魔女は、自分に残された命と魔力のすべてをもって呪いを発動したのです・・・穏やかな、恵み溢れる南の森が魔獣の徘徊する『黒の森』へと変貌し、そこからあふれ出る数多の魔獣が城を、マイヤスト王を殺さんと迫ってまいりました」
「「「・・・・・・」」」
「その時、マイヤスト王の姉に当たるセーラ様が一番高い塔の上で魔女の呪いと向き合われ、魔獣を殲滅して浄化へと導かれました。膨大な魔力を有しておられたがために婚姻を遠ざけられていたセーラ様でしたが、その魔力をもってしても魔女の怒りを解くこと能わず、最後は己が身に呪いを封じ込めて塔の上から身を投げられ、命を絶たれた、と、秘めたる建国記では述べておりますじゃ」
「「「・・・・・・・・・・・・」」」
「その呪いはセーラ様の魂と結びつき、王家の血に身を潜めました。王族に双子が誕生するとき、その片割れはセーラ様の魂と呪いをその身に受けてこの世に顕現されるのです。そして、ここアーカイブルの地において呪いの浄化と『黒の森』の監視をするため、代々お住まいとなられるのが決まり。ただ、秘められた建国記故に建前として代官を置くこととなっているのでございます」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
「現王太子殿下の婚姻が決まらぬのもその呪いのため。今代はオルテさまがおいでとはいえ、進んで呪いのただなかに身を置くような方はおられますまい。それ故、我が王家との婚姻を敬遠することとなりますのじゃ」
「オルテは・・・囚われたまま、ですの?」
「・・・『黒の森』からの『溢れ出し』が無くなるその時、王家は呪いから解き放たれる、と、建国記では締めくくられております、が。それはいつになるのか・・・」
「王族の犯した罪でオルテが・・・王女の魂を持つオルテが苦しむんですのね」
「土地を奪われ、あまつさえ毒を盛られて殺された魔女の、呪いの深さは図ることが叶いませぬのじゃ」
「そう、ですの・・・わたくしでは、何の役にも、立たない、のです、ね」
「お館様。そのお言葉だけで十分ですじゃ。王家の罪は王家で償う、それが筋というもの」
「でも! たとえそうであっても! オルテは、生まれた時から枷をはめられて・・・!」
「それが王家の罪。王族の一員として果たすべき贖罪でありますれば」
「・・・・・・」
「オルテさまは幼少のみぎり、ほんの一時期ではありますが王宮に居られました。その時、第二王子とも顔を合わせたことがございまして、何度か今のようなやり取りを交わしておりますじゃ。オルテさまはご自分の使命を理解しておられただけに、ロード様の浮ついた部分が許せなかった・・・そう思いますのじゃ」
「・・・『溢れ出し』が終わった。もどられる、よ」
「この話はここまで、ですじゃ。お館様、くれぐれも他へは漏らされませぬよう、伏してお願い申し上げます」
「わかり、ました、わ・・・」
◇◇◇◇◇
ああ、やれやれ、だね。あんなお偉いさんがここまで来るなんてさ、肩こっちまうよ。
あん? なんだって、ニード? 照れ隠しはやめろ? どうゆう意味さ?
・・・あ~、まあね。あのお館様には、ある意味ビックリだったからねぇ。
アタシに近い歳で、あんだけ割り切れるお人が居たとは思わなかったよ。いや、本当に。
たいしたもんだよ、大物だったね。度胸もあったし。そういう意味じゃあのポンコツ王子、みる目が全然なかったってことだ。ま、自業自得かね。
うん、魔力は回復したよ。自分でも規格外だと思うね。あんなどでかい魔法をバンバン撃って、何の支障も不都合もないんだからさ。やっぱ、ふつうじゃないんだよ、あははは。
・・・そこでどうしてつらそうな顔をすんだよ、ニード?
ああ、泣くんじゃない。ったく、いつまでたっても泣き虫だねぇ。
これは誰かが引き受けなきゃいけないんだからさ。アタシでよかったんだよ、きっと。
そう割り切るんだよ、ニード。アタシはもう、そうしてる。
でないと・・・やってられないだろ?
さ、今日は畑の手入れからだ。頑張るかね。お館・・・様は、いなかったっけ。
王都へ戻って、いいひと見つけてほしいな。・・・アタシの代わりに、ね。
さて、と・・・あれ? あの集団は何だろうね? えらく人数が多いようだけど・・・
サマン、何かお触れでもあったかい? え? 特にない?
だよねぇ。アタシも見てないし。仕方ないな、出迎えでもするかね・・・え?
あ、あの旗、王家の、だよ、ね? なんで?
◇◇◇◇◇
「で? 何がどうなったらこうなるんで?」
「・・・(にこにこ)・・・」
「あのですね。笑うだけでいいのは宮中の儀式だけですよ? ここは辺・境。そんなんでは何も回っていかないんですが?」
「・・・(にこにこにこにこ)・・・」
「なんでそんなに笑顔なんですか? 答えてくださいよ、お館様?」
「あら、やっと呼んでくれましたのね、うれしいですわ」
「そりゃよかった・・・な訳ないでしょ!? どうしてここへ戻ってくるんですか、貴女は。陛下が戻られて、あのポンコツがやったことをすべてチャラにして!それで晴れて身分が復活したと、そう言ってきたじゃないですか!」
「落ち着いてくださいな、オルテ。ほら、王都の美味しいクッキーありますのよ」
「あ、どうも。・・・ではなく! ここへ来た訳をですね! あ、美味しい」
「でしょう? こちらは違う店ですけど、これもいけますのよ」
「どれどれ・・・あ、ほんとだ。こっちは少し果物の味がする」
「ええ、ジャムが挟んであるんですって。変わってますでしょ」
「へええ、いろいろあるんですねぇ・・・って、アタシはなにやってるんだ」
「オルテ。わたくし、王太子妃になりましたの」
「へえへえ、王太子妃にですか・・・へ? おうたい、し、ひ?」
「ええ、つまり、オルテの義理の妹になりましたのよ」
「なっ、な、な、なんでっ、おうっ、王太子っ、妃、って、ええええぇっっ!?」
「それと、ここアーカイブルの代官の地位も兼任してますの。ですから、ここに居ますのよ。分かりやすいでしょ?」
「いやいやいや、分かる分からないの前に、ど~して王太子妃なんですかっ!?」
「あら、我が家の血筋に問題でも? ここ数代で王家の方は入ってきていませんわ。血が濃くなることはありませんし、身分的にもつり合いは取れましてよ」
「あ、いや、そうではなくて・・・」
「それにわたくし、ロード様に婚約破棄されましたでしょ? いわゆる『不良物件』ですの。この傷を隠すためにはもう一段上の方と一緒になるしか残っていませんのよ」
「・・・そ~言えばそうだった・・・」
「ね? 何の問題もありませんわ。オルテ、よろしくね?」
「よろしく、って、何が何だか・・・で、でも! 王太子妃ならなおさらここに来てたらまずいんじゃないですかっ?!」
「あら、こんなところってオルテがいるじゃない」
「いやいや、ここは魔獣の最前線ですよ? すぐそこにあるのは『黒の森』ですよ!? 何かあったらど~すんですかっ!!」
「ですから、わたくしが居る意味があるんですの」
「・・・は?・・・」
「『黒の森』のお話は聞いております。オルテがここに居る意味も。代々の王家の方がなされてきたことに異議を唱えるつもりはありませんの。でも、それでは片手落ちじゃないか、と思いますのよ」
「片手落ち?」
「魔獣が増えて『溢れ出し』たら迎え撃つ、それはそうでしょう。ですが、根本の原因は魔女に対して行った王家の非道。ならば、誠心誠意謝るのが人として当然の行動ですわ。わたくし、そのための第一歩を踏み出したいのです」
「・・・・・・」
「とりあえずは、魔女様のお墓と教会を作ってシスターを常駐させますわ。そして定期的に王族がここへ来て祈りを捧げますの。本当は毎日来るのがいいのでしょうけど、王都からは遠いですものね」
「あ、あの~、・・・」
「ああ、わたくしがここに居る間は毎日できますわよね。教会やお墓はすぐにできなくとも、代わりの何かを据えれば済むことですし!」
「もしもし、お館様? でなくて王太子妃様? 駄目だ、全然聞いてない。ちょっとそこに居る人たち、手伝って」
「ここへ来る前に王都で手配してきましたの。もうすぐここへも届きますわ。一刻も早く造り上げないと!」
「「「「お・や・か・た・さ・ま・っ!!」」」」
「あら、どうなさったの、皆様方。仲がよろしいことは結構ですけど、そんなに声を張り上げなくとも聞こえましてよ? わたくし」
「今さっきは聞いてもいなかったのに・・・と、とにかく、趣旨は分かりました。お墓や教会も、その道の人たちが来るんですね? ええ、それならそれでもいいです。で・す・が! お館様は王太子妃になられたんですよね? なら、こんな辺境ではなく王都に居てもらわないと」
「オルテこそ何を言ってますの。わたくしはまだ王太子妃、国王陛下がこの国の舵をしっかりとお取りになっているうちは無用の長物ですのよ。その間にできることをやって何がおかしいんですの」
「む、無用の長物って、自分のことをそんなガラクタみたいに・・・」
「とにかく! やることがいっぱいあるんですの。さっそく動きますわ!」
「え、いや、動くって・・・?」
「カルラ、荷物をわたくしの部屋に入れて荷解きを。レクサンは今夜の準備をサマンのおばあさまと整えてちょうだい。ニードも馬車の方をお願いね」
「・・・わかった」
「って、ニードぉ!? いつの間に居たの? おまけに返事してたぁ!?」
「グラントは村の皆様に連絡をお願い。今夜はここで一緒に食事しましょう!!」
「ちょ、ちょっとちょっと待ってお館様! ひとりで暴走しないでぇ~!!」
◇◇◇◇◇
この日をもって、レイサンブール王家の暗い歴史に終止符が打たれ、代わりに鎮魂の儀式が行われることとなる。年の初めの一日には新しい歳を迎えることの喜びを、夏の時期には陽の恩恵を、秋には多くの実りがあった感謝を、そして暮れ行く冬には無事に過ごしてきたことへの恩寵を、アーカイブルの『黒の森』入口に建つ教会で魔女の墓に対し、丁重な祈りと共に捧げられるようになったのである。
その甲斐あってか『溢れ出し』が格段に減り、『黒の森』も穏やかになっていった。
その功績は、第11代アルフレッド・レイサンブール王の妻、エレオノッテに発すると建国記には記されている。
後日談として。
・ 第二王子ロードは勝手な婚約破棄を国王と王太子にドヤされ、北方の砦守護隊に編入、スパルタ将軍にしごかれまくってます。
・ 婚約破棄の原因となった令嬢はいち早く国を逃げ出しました。
・ 娘を心配していた現フィランテール公爵は無事に戻ってきたのに喜びましたが、今度は王太子に取られて怒り心頭、宰相の地位を利用して王太子に仕事をどんどん振り分けてます。
・ 国王は積年の悩みに解決のめどがついたものの、目からうろこの方法に猛省中。
・ 王太子はやっとできた素敵な奥さんを甘やかしたいけれど、宰相からの仕事攻勢に時間が取れず、うろうろしている間に辺境へ行かれてがっくり意気消沈。
会話形式でまとめたので、後日談は箇条書きにしてみました。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
12/16 ご指摘により「アルテ」を「オルテ」に訂正しました。
・・・疑問を持たれた方、迷われた方、申し訳ありませんでしたm(_ _)m