違和感
「あぁーあ。今頃海斗は楽しくお花見かぁー。」
私、天崎結はそうつぶやくと、ゴロリとソファに寝転がった。
今日は3月18日の土曜日。長かった平日も終わり、ようやくやってきた休みだというのに、私の気持ちは沈んだままだった。
(今日は海斗とゲームでもしようと思ってたのになぁ。なんで急に花見に行くのよ!私だって行きたいんだけど!)
結も海斗も、花見には行ったことがない。
だからといって、別にわざわざ海斗と行く必要はない訳だが、そんなことには一切気づいていない結は、既に家にいない海斗に向かって腹を立てていた。
こちらもこちらで、ブラコンであるが、当の本人はその事に気がついていない。
(ったく、もぅ。)
イライラしながらもクルリと寝返りをうち、私は仰向けに寝転がる。真っ白な天井が、私の視界を埋めつくした。と、そんな時に、ふと思い出したことがあった。
(お母さんが桜が嫌いだったから、花見には行ったことがなかったんだよねぇ。)
昔、友達から花見に行ったという話を聞いて、母に自分も行ってみたいと伝えたことがある。その時のお母さんの反対っぷりは、今でも鮮明に覚えている。
確か、あの時のお母さんは、鬼のような顔をしながら……
「…って、あれ?」
違う。お母さんは、確かやんわりと断っていたはずだ。こんな顔じゃなくて、もっと優しい感じで…
(勘違い…かな?)
微かな違和感を持ったものの、私は特に気にすることなく、その記憶を頭の片隅に追いやった。
********
花見は順調に進んで行った。
ブルーシートを全員で敷き、荷物を置いてそこに座る。
その後暫くは、桜を見ながらの近況報告タイムだった。
俺の友人の中には、医者を目指すやつや、教師を志すやつ。更には芸人に憧れ、上京しているやつもいた。
俺は特に話すこともなかったため、沢山の人の話を聞きつつも、自分が用意した弁当を少しずつつまんでいた。
と、そんな時
「天崎くん。隣、いいかな?」
早坂さんが、俺に話しかけてくれた。
「え?あ、うん!どうぞ。」
(な、ななななんで!?)
あまりの驚きに表面上を取り繕いつつ心の中で叫びまくる。
「ほんとに久しぶりだね。元気にしてた?」
なんて言いながら隣で正座をする早坂さん。
ふわりと香る石鹸の匂いに、1度俺の心臓は限界を迎えかける。
(お、落ち着け!!!俺!)
(・△・)スーハースーハー
と深呼吸をして心を落ち着かせる。そして
「えーと、5年ぶりくらい、かな?俺は元気だったよ。そっちは?」
と返事を返す。よっしゃ平常心!と小さくガッツポーズしたのはここだけの話。
「こっちも元気だったよ!あ、1回インフルにはかかったけど。それ以外は大丈夫だった!」
あははっと笑う早坂さんを見て、思わずこちらも声を出して笑ってしまう。
「インフルかかったなら元気じゃないじゃん笑
こちとら1回も怪我なく病気無くだったよ。何かあったら仕事休めたんだけどなぁ。」
「あはは。確かにね笑 私のインフルあげれば良かったかも笑」
「それは勘弁!」
早坂さんと話すと、えげつないレベルで話が弾む。それに笑顔もかわいい。彼女は人間国宝にすべきなんじゃないか?と素直に思う。
それからも暫く話し続け、花見が終わる頃には俺たちは同じクラスだった当時よりも仲良くなっていた。やはり、この会を俺が計画したというのが大きかっただろうか。(因みに、早坂さんの料理はびっくりするほど美味しかった。)
片付けも終わり、そろそろ解散しようか、というような雰囲気になり始めた時、不意に早坂さんから声をかけられた。
「あの、天崎くん!」
「ん?どうかした?」
「え、えっと。そ、その……。」
早坂さんは暫くモジモジ何かを躊躇っていたようだったが、意を決したのか、俺の目をしっかりと見つめてきた。
「あの!こ、これからも、暇な時に、ちょこちょこでいいから、あわ、ない?」
え?え?え?
「ま、マジ?」
「う、うん。ダメ、かな。」
か、可愛い。ってかそうじゃなくてっ!
「え、いや。全然!全然いいよ!ていうかこっちからお願いしたいくらいで…えっとーその……」
と言った途端、早坂さんは俺の手をグッと握って
「ほ、ホントっ!?やったぁ!」
と満面の笑みで喜んだ。何故こんなに喜んでくれるのかは分からないが、とりあえずまじでほんとに
(かわええ……)
*********
夜。家に帰ってきた俺は、何となく不機嫌そうな結に疑問を持ちながらも部屋へと戻った。
スマホをカバンから取り出しL○NEを開く。
早坂さんから1件の新着メッセージが届いていた。
< 天崎くん!こんばんは!早坂です!気が早い気もするけど^^;早速私の空いてる日をあげてみました^^*天崎くんの予定が合う日があったらご飯でもどうですか? >
早坂さんからのお誘い!暫く悶えた俺はすぐさま返事を返す。因みに、返答は勿論だがYesだ。
俺は仕事を辞めたので、毎日が休日なのだ。だからいつでも暇に決まってる。……あれ?これって世間的に結構ヤバいよな?
……気にしないでおこう。
返事を送るとすぐに既読がつき、またまたメッセージが送られてきた。
それから数分間会話を交わし、ある程度のことを決めた後、俺はスマホを机に置いた。
なんだか、5ヶ月の期間がある中で、えらく話がトントン拍子に進んでいってる気がする。このまま何もなければいいが、大抵こうなった後には
(何かしらのハプニングが起きるのが、テンプレだよなぁ…。)
小説の世界ではそれが当たり前だ。だがまぁ、ここは現実の世界。そんな事など気にしなくてもいいだろうと俺は考えることをやめた。
だが、ハプニングなんかが起きなくったって、必ず
「出会いがあれば、別れもある。」
再び出会ってしまった俺たちにも、それは当てはまることだ。
この出会いによって変わった新しい未来。それをまだ、俺たちは知らない。
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「ルーガン。結婚してくれ。」
「ごめんなさい無理です早く仕事してください」
「なんだよ。冷たいなぁ。」
ムスッとしながら腕を組んだ彼はハデス。死者の行先を決める冥界の王である。
「ハデス様がキチンと仕事を終わらせるなら0.0000000000000000000001%くらいは考えてあげてもいいですが。」
色気のいの字も知らないかのようなお堅い彼女はハデスの秘書であるルーガン。天真爛漫であるハデスの面倒を見て、仕事を手伝い、時にはハデスがほったらかした仕事を全て片付けてしまうという、最早秘書の域を超えた仕事をこなしているとても優秀な人材である。
ハデスはこうして、たまにルーガンを口説いているのだが、その度にことごとくスルーされている。
「だってさぁー。海斗たちがずっとイチャついててイラつくんだもん。」
ブーと口を尖らせて文句をいうハデス。ルーガンは(子供か)と思いつつも、冷静に
「なら見ずに仕事をすればいいんですよ。幸いにも出来る仕事は沢山ありますから。」
と返した。
何も言い返せなくなったハデスは、肩を落としながらも仕事に手をつけ始めるのだった。
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20××年3月18日。海斗が死ぬまで、あと150日。