迷いの空に
───あなたのことが、好きです。
その言葉は、辺りに反芻して、消えていった。
振り向いたその先には、先程まで隣にいた少女が居る。辺りの静けさの中に、異質に際立つ彼女。だが、その目はとても潤んでいて、今にも泣き出しそうだった。
「天崎くんのことが、好きです。ずっとずっと昔から、諦めたくても諦められないくらい、大好きです。」
一言一言に想いを込めるように、彼女はそう言った。消えてしまいそうなほど儚いのに、見とれてしまうのは、一体何故なのだろうか。
夕焼けの光が、彼女の辺りを幻想的に輝かせていた。
……早坂さんが、俺を好き?しかも、ずっと前から?
我に返ると、頭が真っ白になって言葉に詰まった。思いもよらない話に、体の動きが止まる。
……待ち望んでいた結末。それなのに、俺の表情筋は1ミリも反応しなかった。
途端に何か話さなければと思い、俺は口を開いた。
「え、えっと。その……。とっても嬉しいよ。ありがとう。」
中身のない、限りなく簡素な言葉。そんな薄っぺらい言葉でも、早坂さんは目を見開いて、そして笑顔になった。俺も合わせて笑顔を作ろうとして、口角をあげた。
「俺は───」
そうして続きを話そうとして、俺は言葉に詰まった。
なにを、何を話そうと言うのか。
ありがとう、嬉しい、俺と付き合ってくれ?
それとも、君といる時間がとても心地いいんだ、とか。
確かに、本心だ。全部全部俺の紛れもない、正直な想い。
……あぁ。なんて、なんて身勝手なんだと、今更になって自覚してしまった。
俺は今まで、自分が幸せな思いをするために行動してきた。消えてしまう時に、未練を残さないように、ただがむしゃらに。
たくさんの人と関わって、思い出を作って、最後にはお礼を言って消えようとしていた。
それで、全て満足に終わると、そう思っていた。
……だったら、だったらみんなはどうなんだ。残されたみんなは、俺の行動のせいでいらない悲しみを覚えてしまうんじゃないか。関わらなければきっと、消えた過去のままで済んだのに、もう一度思い出を作ってしまったから、みんなにとって新しい記憶になってしまったから。
……俺は、
「……嬉しい、けど。早坂さんの気持ちには答えられないんだ。」
俯きがちに、俺はそう答えた。
心が、締め付けられた。これが正しい選択なのかは分からない。きっとこの答えに、早坂さんは傷ついてしまうだろう。
早坂さんの顔が、見れない。
……身勝手だと自分でも思う。それでも、付き合った後に消えるよりかは、マシだと思ったのだ。幸せな現実から、抱いていた希望から、絶望に突き落とされるのは、あまりにも辛い。それは、俺が1番よく分かっていた。
……改めて、「死」という現実の重みを感じた。もう、戻らないのだ。本当の意味で、二度と。
風が、冷たくふきつけてくる。6月というものは、こんなにも寒さを感じるものなのだろうか。
「……ねぇ、天崎くん。」
震えている、それでも力強い凛とした声が聞こえた。
ゆっくり顔をあげると、早坂さんが、今にも泣き出しそうな顔をしていた。……当然だろう。俺は彼女を振ったのだ。こんなにも素敵で優しくて、俺を好きでいてくれた人を。
それでも、彼女は口を開いた。
「君が、私の気持ちに答えられないのは、しょうがないと思う。もちろん、自分に魅力がないのは、重々承知してるし。」
寂しそうに、僅かに笑みを浮かべたその笑顔が切なくて。
「それは……」
「でもね、」
俺は言葉を飲んだ。とっさに反論する前に、唇をかみ締めて、彼女は言った。
「それならどうして、そんな苦しそうな顔で泣いてるの……?」
……泣いてる?
ふと顔に手をやると、何か温かい水のようなものが流れているのがわかった。
言われて始めて気がついた。俺は、泣いているんだ。
「これ、は……。」
言葉にならない声が、隠しきれない想いが、溢れそうになる。自分勝手なわがままで、消し去りたいと思っていた望み。叶うことの無い、幸せな未来。君ともっと早く出会えていたら、叶えたかった未来。
「再開して、まだ数ヶ月しか経ってないけどね。昔も含めて、本当にたくさん、あなたのことを見てきたの。……知ってるかな。天崎くんは、何か辛いことがあった時、襟元の服をぎゅっと握りしめるんだ。」
ハッとする。右手に、先程まで強く握りしめていた感覚が残っていた。
早坂さんの優しい声が、胸に突き刺さる。
「言えないことだったら、諦めるよ。けど、もしそうじゃないなら……、教えて欲しい。」
必死に向き合おうとする彼女の温かさに、どうしようもなく涙が溢れた。
もう、変わることの無い過去だ。動かない未来なんだ。
俺の命はあと2ヶ月も持たなくて、積み上げてきた思い出も、全てもうすぐ終わってしまうこと。君のことは大好きだけど、自分は消えてしまうから、もう付き合えないこと。
……言えない。
「俺は……君に、許されない隠し事をしているんだ。」
涙が、風でかわいていく。閉園間近のアナウンスが、遠くで鳴り響いていた。許されない……、こんな理由で君の心を暗くさせただなんて、そんなこと。
「許せるよ。」
早坂さんは、真剣な表情で俺を見つめてくる。
「天崎くんがどんな隠し事をしていても、許せる自信が、私にはある。……それくらい、君のことが好きだから。それに、天崎くんがくれたこの気持ちは、嘘なんかじゃないから。」
その一言一言が、俺の心を揺さぶった。
その曇りのない瞳が、俺の心に語りかけた。
「……。」
あと、2ヶ月。
それを聞いても君は、いつも通りでいてくれるかな。
残りの時間を、別れが寂しくなるだけだと分かっていても、一緒にいてくれるのかな。
……あぁ。きっとこれは、わがままだ。
それでも。例えわがままで、最低だったとしても。君には笑っていて欲しいから。
「場所を、変えてもいいかな。」
涙を拭って、俺は彼女に向き直る。
夕焼けは、段々と紫色を帯びてきていた。
「───早坂さんに話したいことがあるんだ。」
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ちっともロマンチックじゃないけど、最後の別れはあの日デートしたこの場所がいいって、君が言うから。まぁ、そういうところも君らしいかな、なんて。……まさか、また来ることになるとは、思わなかったけどね。
……たった5ヶ月の日々だったけど、本当に楽しい毎日だった。君がいたから、こんなにも1日1日が彩りを持ったんだ。
君とまた出会えて本当に幸せだったよ。後悔することの無い、俺の一生の思い出だ。
あの時、俺のそばに歩み寄ってくれて、本当に
ありがとう。
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20××年6月17日。海斗が死ぬまで、あと59日。




