告白
20××年6月17日土曜日。
本日は。……っ!本日はっっっっ!!
早坂さんとの、遊園地デート(?)の日である!!
とまぁ、朝から浮かれて目が覚めた今日この頃。
俺は、先日早坂さんと行ったランチのことを思い出しながら、思わずにやにやと笑ってしまっていた。
傍から見たら相当気持ち悪いこの行動も、よく良く考えれば誰しもがすぐに理解できるだろう。
なぜなら、今日俺が一緒に遊園地へ行くのは、美人で優しくて面白くて、そして俺がずっと片想いをしていた人なのだから!
「……ぐふ」
おっとまずい。相当やばい笑いが漏れでてしまった。
先程まで見失っていた自分を取り戻し、俺はハッと意識を取り戻す。
落ち着け天崎海斗。大丈夫だ。お前はやればできる子だ。
「…………ぐふ」
「海斗ー?まだ寝てるの?」
唐突に開いた扉の方に、俺は般若のような顔をしながら振り向いた。
……悪気はないが、ニヤついた顔を隠すためそうせざるを得なかったのだ。
「き、きゃぁぁぁぁ!?!?」
どってーん と結が盛大にすっ転ぶ。
その時視界の隅で反射して写った、自分のそのえげつない顔は、今後1億年かけても記憶から消すことが出来ないだろう。
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梅雨の時期には珍しく、今日の風は爽やかで心地がいい。
数日ぶりに見たカラッと晴れた青空に身を包まれながら、私は待ち合わせの駅に到着した。
駅前に置いてある大きな鏡に、自分の姿が写り込む。
白緑色のワンピースに茶色いサンダル。そしていつもよりも大人びたネックレス。肘程まで伸びた茶髪は編み込みをしてポニーテールに結んだ。
どれも全て、私のお気に入り。
今日を後悔のない日にするために、自分に出来ることをたくさん頑張ってきたのだ。
「……うん!大丈夫!可愛いよ私!」
小さくそう言い聞かせて、私は口角を上げる。
私の持ち味は、元気と笑顔だ。怖くて不安で、暗い顔になってしまったら意味が無い。
「よし、行くぞ!」
手をぎゅっと握りしめて、私は彼の待つ場所へと向かった。
「……あっ!天崎くーん!」
化粧品の大きなポスター前に、スマホを弄る彼の姿が見えた。
少し小走りで彼の元へ向かうと、向こうも気づいたのか、スマホを収めてこちらを見る。
「ごめんね!待たせちゃったかな?」
少し不安になりながらもそう聞くと、彼はなんだか赤い顔をしながら
「ぜ、全然待ってないよ。俺もさっき来たところなんだ。」
と言った。
「あ、そうなんだね!良かったー。それじゃあ、電車もそろそろだし行こっか!」
電車が着くまであと5分ちょっとだったので、私は彼にそう言って歩き出す。
(か、から回ってないかな???うぅぅ……、緊張するよぉ……。)
心臓がバクバクと波打ってるのを感じて、私は胸に手を当てた。
「早坂さん。」
隣を歩いていた天崎くんが、私に優しく話しかけてきた。
その声に顔を上げると、彼は明るく微笑んで、
「その服、めっちゃ似合ってるね。髪もオシャレで早坂さんにピッタリだと思う。」
と言った。
突然のその言葉に、私は思わず赤面して下を向いてしまった。
「あ、ありがとう!あああ天崎くんも、今日の服すごくかっこよくて素敵だと思う!」
いつもより早口でまくし立てながらも、私は最初から思っていたことを彼に伝えた。
「え!?あ、ありがとう……。」
お互い照れて一瞬場の雰囲気な甘々になったけれど、その後、電車に乗ってからはお互い色々な話で盛り上がって、楽しく過ごすことができた。
そうして……
「到着だー!!」
〜ようこそ SKY BLOOM LAND へ 〜
入口に盛大に描かれる壁面アートには、風船や青空、大量の花など、明るくて可愛いものがたくさん描かれていた。
「ふわぁぁ!!可愛い!!」
受付をしているスカイとブルーが愛らしくこちらに手を振っていた。
「おぉ……。可愛いな。」
「ね!」
スカイとブルーはこの遊園地のマスコットキャラクターで、どちらも鳥をモチーフにしている。
丸くてゆるーいフォルムにのほほんとした表情が愛らしく、全国でもそこそこ人気のあるマスコットキャラクターなのだ。
「じゃあ行こうか、早坂さん。」
前を歩いていた天崎くんがこちらを振り向いて目を細める。
私は少し小走りで横に並ぶと、彼の顔を覗き込んで
「今日は全力で楽しもうね!」
と満面の笑みを浮かべるのだった。
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……実にハードな1日だった。
俺は早坂さんが野暮用で別行動になった時(野暮用が何かはご想像におまかせする)、1人ベンチに座って黄昏ていた。
この遊園地に到着したのが11時過ぎだったので、今が5時前なのを考えるとかなり遊び尽くしたことがわかる。
(いやぁ、早坂さんはパワフルだなぁ)
彼女が運動神経抜群なことは100も承知だったが、自分がここまで動けないということは今日初めて知った。
日本で5本指に入る長さのジェットコースターに超巨大お化け屋敷、そして早坂さん切手の頼みで挑戦したスーパーアスレチック(飛んだり跳ねたり回ったりなどなど)
……つまりまぁ、体力的に死んでしまったということだ。
加えてアスレチックの際に盛大に転けて手を擦りむいてしまった。
スキルのおかげで簡単に治ったけど、結局痛いものは痛いし、早坂さんを心配させてしまったから、ちょっと申し訳ない。
それにしても、どれに挑戦しても満面の笑みで明るく笑う早坂さんはある意味化け物なんじゃないかとさえ思った。
まぁ、そういうところも可愛いんだけど。
「お待たせー!」
なんて本人には言えないようなことを考えていると、向こうの方から早坂さんが手を振りながら走ってきた。
「ごめんね!待っててくれてありがとう。」
と律儀に返す彼女に、俺は
「いえいえ。それじゃあ、もう閉園も近いし帰ろうか。」
と返事をした。閉園は6時だから一応まだ余裕はあるけど、空もだんだん暗くなってきているし、これから帰ることも考えたらそろそろ退散した方がいいだろう。
俺は立ち上がって出口の方に足を向ける。
「ま、待って!」
俺が歩き出したその時、早坂さんが俺をそう呼び止めた。驚いて振り向くと、彼女は唇をぎゅっと噛み締めながら、こちらを見つめてきていた。
「ど、どうしたの?早坂さん。」
俺は動揺して少し言葉につまる。
今まで、こんな必死な早坂さんは見たことがない。
どんなことにもクールで、でも楽しそうで、いつも明るい彼女とは、今はどこか違うようだ。
「……聞いて欲しいことがあるの。」
彼女はそういうと、固く拳を握りながら、口を開く。
明日は雨なのか、少ししめった空気が辺りを包み込む。僅かに吹いた風で、彼女の髪がサラリと揺れる。
「私……、私は……!」
その瞬間は、まるで時が止まったかのように。
世界に俺たち2人しか、いなくなったかのように。
周りの全てを支配していた。
───あなたのことが、好きです。
「……え?」
彼女の口から飛び出したその言葉は、人気の少ない園内で、静かに反響していた。
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「さて、と。……ここからお前はどうするんだ?」
暗くなった書斎で目を閉じながら、ハデスは彼らの映像を再生する。
つい先程溜まっていた仕事を終え、空いた時間で俺は海斗の様子を見ていた。
あいつ、今日は初恋の人とデートらしく浮かれていたので、どうなるのやらと見ていたが、それはまぁ楽しそうに過ごしていた。
もはや付き合いたてのラブラブカップルレベルだ。
ったのだが……
「いやはや、まさかこんな場面に出くわすとはなぁ。」
自分のよく知っている人が告白される姿を見るというのは、少し恥ずかしいものもあるだろう?
だが、それ以上にあいつには。
「お前の選択肢で、未来は大きく変わるぞ?海斗……。」
そう。運命の分岐点など、この世界には至る所に分布している。だが、ごく稀にあるのだ。
───世界の流れを変える程大きな分岐点が。
「残るはあと2ヶ月。お前はこれから、どうやって過ごしていくのか。楽しみにしているぞ、海斗。」
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世界でいちばん綺麗な星よりも、
あなたと見る星がいい。
これで最後であったとしても
君の笑顔を見ていたい。
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20××年6月17日。海斗が死ぬまで、あと59日。




