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初恋の味

 それは、とても不思議で、心地の良い音がした。


 ドキドキと鳴り響く、初めて聞くくらいの、とってもとっても大きなハートの音。


 彼が視界に移る度に、その音は淡い光と共に私の日常を照らしてくれた。



 ‎……そんな、甘い甘い初恋の記憶は、

  今でも私の心で輝いている───


 ‏********


「もう、2ヶ月かぁ。」


 ベッドの上で寝転びながら、私───早坂莉音は小さくそう呟いた。


 ‎2ヶ月というのは、彼……天崎くんと再開したあの日からの日々のこと。忘れられない初恋が、再びときめき出した時間のことだ。


「早いなぁ……。」


 などと、しみじみ思う。高校、大学となんてことないような平凡な毎日を過ごしていたけれど、ここまで時が過ぎるのを早く感じることは無かった。


 もちろん、これまでの日々が楽しくなかった訳では無い。けれどそれらに比べて、今の生活がびっくりするほど幸せで……。比べるのが申し訳ないくらいに、今が楽しくて、どうしようもないくらいに、最高なのだ。


「そういえば、最近はあんまり連絡できてないな……。」


 ふと、そんなことを思い出す。

 最近……と言っても、ほんの2週間ちょっとなのだが、せっかく連絡先を交換できたのに、何も話せないのはちょっと寂しい。

 それが乙女心というものだろう。(なのだろうか。)


(このままじゃ、告白なんて夢のまた夢だよね……。)


 この前決心したばかりだと言うのに、今のままではどうしても弱気になってしまう。


 うじうじ悩んでる自分が嫌で、あの日頑張って声をかけたっていうのに……。


 勢いながらにお弁当を作っていたあの時の若々しさが、一気に薄れてしまったように感じる。


 無機質な天井を眺めながら、どうしたものかと目を細める。



 さすがに、このままじゃダメだ。






 ということで。

 思い立ったが吉日。

 私はすぐさまスマホを手に取って、ネットで色々検索してみることにした。


「検索 好きな人 デートに誘う L○NE」


 すると……


 ‏「えっと……。誘う時は最初に伏線?をはって、その後にお店を指定して自然に誘う……。な、なんか難しそうだなぁ……。」


 連絡をするにも色々とコツがあるらしく、正直恋愛初心者の私にはハードタイプのものばかりだった。しかし、ここで諦めたら試合終了だ。そう。諦めた時点で試合は終了してしまうのだ。


 挫けそうになる私の心を大好きな漫画の名言で支え、私は今一度スマホに向き合った。そして、それらの記事を読みながら彼に一体なんて送ればいいのかと真剣に悩んだ。結局メッセージを送信する頃には、既に太陽が真上に上ってきていた。



 モテるテクニックって、難しいなぁ……。


 ********


 北海道から帰ってきて、約1週間後。

 俺は部屋でのんびりとコーヒーを飲んでいた。まるっきりのニートである。テレビのニュースを見ながらほんわかとした気分で過ごしていると、滅多にならないスマホのバイブ音が聞こえた。


(珍しいな……。)


 などと思いながら、俺はスマホを手に取る。


 ホーム画面を見ると、通知の中に、早坂さんからのメッセージが入っていることがわかった。


 目に入った瞬間、心臓が大きく波打つ。


 このところ、結のことで頭がいっぱいいっぱいになっていたせいか、こちらからご飯に誘ってもあまり身が入らないことが多かったのだ。


 このところと言っても、1ヶ月ちょっと前とかだったと思うが……。


 ‎……本当に失礼なことをしたなと思ってる。


 そんなことを考えながらメッセージを開くと、そこには


「天崎くんこんばんは!2週間ちょっとぶりくらい……かな?元気にしてた?」


 というなんともありきたりな文字列が表示されていた。


 ただこれだけのことだと言うのに、どうしようもなく俺の心は弾んでいる。


 と、そんな浮ついた状態でいると、にやけた自分の顔が目の前の窓ガラスに反射していることに気付き、少し冷静さを取り戻した。


 ‎───なんて訳もなく、どうやっても静まらない心に俺は頭を抱えていた。


(落ち着け俺!!考えたら分かるだろ!!あの早坂さんだぞ??優しくて明るくて可愛いあの早坂さんだぞ!?好意があるなし関係なくこういう気軽なメッセージが送れるタイプの方なんだぞ!?!?海斗っっ!!意識しちゃだめだっっっ!!!!)


 心の中で必死に自己暗示をかける。


 メッセージにもある通り、早坂さんとはしばらく連絡が取れていなかった。


 結の記憶が戻りかける前までは何度か食事に行っが、ハデスにあのことを教えられて以降、頭の中が混乱していて、あまり誰かと会う気にはなれず、結果段々と話す回数も減ってしまっていたのだ。


 今となっては1ヶ月も時間を無駄にした自分が馬鹿らしく思えてしまうが、あの時はそんなことを言ってられなかったから、仕方ないといえば仕方ないだろう。


 でも……


 ‏(早坂さんから声をかけてくれるなんて、やっぱりいい人だなぁ……。)


 頭にお花が5000輪くらい咲いた気分になった。





「っと、返信返信……。」


 浮かれすぎて危うく既読スルーするところだった。


 ハッと意識が覚醒したので、俺は急いでフリックをして返信を送る。


「久しぶりだね。最近忙しくてLI○Eあんまり使ってなかったんだ。俺は元気にしたけど、早坂さんはどう?」


 あまり沢山書きすぎると引かれそうなのでかなり軽めにして送ってみる。


 すると思ったよりも早く、早坂さんから返信が来た。


「私も絶好調だったよ(๑•̀ω•́)و✧最近は美味しいものがいっぱいだからご飯をついつい食べすぎちゃうくらいだったんだ!」


 最近は食にハマっている感じらしく、そこからしばらくは美味しい料理の話などをして時間を使っていった。


「そういえばなんだけど、速里駅(はやりえき)の近くにあるレストランって知ってる?」


 だいたい30分くらい話した頃だろうか。オススメのお店についてお互いに語り合っていた時に、早坂さんがそんなメッセージを送ってきた。


「速里駅って俺らの中学校の最寄り駅だよね?あそこにレストランなんてあったっけ?」


 速里駅は、俺たちが通っていた中学校から徒歩5分のところにあるちょっと古びた駅のことだ。壁はほぼ全部コンクリート出てきているけど、ところどころひび割れが目立つ感じの駅。


 正直、現代感があんまりない感じの駅だから、あの周囲にレストランがあるというのは想像しにくいんだけれど……。


「実は、私達が中学校を卒業した後に駅が綺麗に工事されて、今は現代風の新しい良い雰囲気になってるんだよね。で、その近くにこの前フレンチのお店ができたらしいんだけど、それがめちゃめちゃ評判いいんだ!」


 なるほど……。最近結がよくどこかのフレンチレストランのチラシを押し付けてくると思ったらそういうことだったのか。


 っていくか、この話をしたってことはもしかして……?


「へぇー!そうなんだ!俺は行ったことないからどんなのかわかんないけど、地元にあるなら興味がわくなぁ。」


 ちょっとわざとらしい気もしつつ、俺はそれとなく誘ってもらう口実を作る。自分から誘え?ヘタレ?知るかそんなん。相手から誘ってもらいたいのも男のサガだ。


 すると……


「あのね、もしも良かったらなんだけど、ここに一緒に行かない?行ってみたいんだけど1人じゃ心細くて……。」


 きたーーっっ!!


 早坂さんから誘ってもらうことに見事成功した!!


 俺は感動のあまりスマホをぶん投げそうになった。


 危ない危ない。


「俺は全然いいよ!結構興味あるし。日程とかはいつでもいいからそっちの都合に合わせるよ。」


 ちょっとがっつきすぎた気もするが、とりあえず早坂さんと約束を取りつけることができたので良しとする。


 それから何回か連絡をとって、細かい日程と場所などの確認をした。


 自分でも調べて見たけれど、結構評判もいいオシャレなお店のようだ。


(さすが早坂さん……。誘うお店のセンスがいい……。)


 などと感心しながら、俺はウキウキ気分で食事に行く日のイメトレをした。


 ……これって、所謂デート、なのか?


 ********


 小さな歯車が、ミシミシと音を立てながらゆっくりと動き出す。


 一つ一つの出来事が、たったこれだけの小さな出来事が、未来を大きく変化させるきっかけとなる。



 以前とは違う、新しく生まれた歯車は、今後にどのような影響をもたらすのか。


 未来はまだ、誰にもわからない。


 ********


 ‎20××年5月27日。海斗が死ぬまで、あと、80日

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