隠された答え
「うーん!気持ちいいー!!! 」
高く結ったポニーテールをなびかせながら、結は柵から身を乗り出した。
カラッとした日差しに包まれた絶好の旅行日和である今日、俺たち──天崎海斗と天崎結は、北海道へと訪れていた。
見渡す限りの広くて美しい海に、結は目をキラキラと輝かせている。俺自身もここを訪れたのは初めてだったが、有無を言わさぬ絶景とはこの事か、と思うほどにそれは綺麗だった。
因みに、只今の時刻は午前9時。先日、俺は結に旅行の話を切り出した後、馬鹿なんじゃないのかと言われながらも必死に支度をした。そして昨日の夜12時にバスに乗って出発した。今となってはその苦労も、もはや夢のように感じられる。うん、疲れた。
キラキラときらめく朝日を浴びながら、俺はそのことを思い返し、思わず苦笑いをうかべた。
(結には悪いことしたなぁ。)
話が唐突すぎて自分でも少し驚いているくらいだ。ここまで行動力を発揮したのは久しぶりかもしれない。
とまあ、そこら辺はもう既に実行に移したのだからどうしようもない。今はそんなことより……
俺は本来の旅行の目的である《 秘密を伝える 》ということについて今一度考えた。
(とりあえず、今日は一日中結とこの街を楽しもう。秘密を打ち明けるのは、それからだ。)
この後やるのはひとまず……などとと、俺は思案を繰り返す。
「海斗ー!」
しばらくぼぅっとしていると、少し遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、結がこっちこっちと手招きしている。その姿はまるで飼い主に甘える子犬のようだった。なんだかちょっとたれた耳が見える気がする。
……可愛い。
そんなことを思いながら結の元へ駆け寄ると、結は若干興奮しながらも、自分の視線の先を指さした。そこにいたのは
「……カモメ?」
白くて大きめの鳥がいた。
「うーん、そう、なんかな?わかんないけど、この子の目、めっちゃ可愛くない?すっごいくりくりしてる!東京にはこんな子いないからめっちゃ新鮮だよ〜!」
カモメは柵で隔てられた海の向こうにいるので直接近くで見れる訳では無いが、確かに目が大きくてクリっとしている。
「確かに、あれは可愛いな。」
「でしょでしょ?私カモメとか見たことさえなかったから嬉しいなぁー!海斗は見たことあった?」
同調すると、結から質問を受けたので
「ん?あぁ、昔にちょこちょこな。」
と答えた。
「えー、いいなぁ。私ももっと早くに見ておきたかったぁー。」
結は少し頬をプクッと膨らませてそう言った。
そんな姿を横目に、俺は薄い目をしてから遠くを眺めた。
(……本当はお前も見た事あるんだけどな……。)
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「っ!?!?!?!?」
背筋に冷たい汗がつーーっと滑り落ちた。
ブルりっと身震いまでもを感じる。
「こ、これは……」
右手に持つレンゲは小刻みに震え、目はこれでもかと言うくらいにまで大きく開かれていた。
そうして俺はまた1口ぱくりと口に含み……
「っーー!んまいっっ!!!」
くぅー!と思いながら顔をクシャッとさせて天井を見上げる。こんなに美味しいものを食べたのは、生まれて初めてだっ!
俺たち2人が今食べているのは、北海道が本場(?)である海鮮丼だ。これには、今朝とれたばかりの超絶新鮮で脂の乗ったサーモンにマグロにハマチに……などなどその他たくさんのお魚達がが、めちゃくちゃボリューミーに乗せられている。
いや、もう本当に、感動。
「う〜ん、やっぱ北海道は魚が美味しいねぇ〜!」
ぱくりと1口ホタテを食べた結も、史上最高にとろけた笑顔でこちらに笑いかけていた。
(……それは貝だけどね。)
と心の中で突っ込んだ。
まぁ、俺たちは普段東京に住んでいるので、正直なかなかこう新鮮な魚に触れる機会はなかった。だからこそ、まさか魚がここまで美味しいとは思わなかった。
「すみませーん!もう1杯追加でお願いします!」
くだらない考え事をしていると、隣では結が遂に3杯目の海鮮丼にありつこうとしていた。
「うん?って待て待て待て結?お前そんな頼んで大丈夫なのか??」
さすがに心配になって彼女に尋ねると、
「大丈夫だよ!だってこれこんなに美味しいんだよ?いくらでも食べれるって!」
と満面の笑みで返してきた。
その後、彼女が食べ終わってから真っ先にトイレに駆け込んだのは言うまでもない。
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そうして時は経ち、朝から見ていたこの北海道の景色も、夜の星空へと移り変っていった。
薄く白いモヤのかからない、本当に美しい星空。それらを見上げながら、俺たちはとある道を歩いていた。
超有名な動物園でケイフクロウやウミマスウサギと言った愛らしい動物を見たのが約2時間前のこと。
それから、俺は結に行きたいところがあるんだと伝えた。
なるべく軽い雰囲気で伝えたつもりだったのだが、少しそのシリアスな空気感を感じ取ってしまったらしい。
結は真剣な顔をして、
「うん。わかった。」
と答えた。
そこから行きたい場所までは徒歩だと7時間かかるとスマホに書いてあったので、俺たちは途中までバスで移動してから、現在目的地に向かって歩いていた。
道中、結とは本当に他愛のない話で盛り上がった。
例えば、高校の同級生の話や、成績のこと。将来についてだったり、今やってみたいことであったり。
これから自分が話そうとすることは、決して気楽な気持ちで言えるものでは無いけど、二人で話しているうちに、随分気が楽になっていた。
そうして……
「……ここだよ。」
俺は、とある場所で立ち止まった。
「ここって……」
結がキョトンとした顔をしているのが月明かりでうっすらと見える。
結には、なぜわざわざここに来たのか、全く理解出来ていないことだろう。
それもそのはず。
俺たちが訪れたのは、なんの変哲もない、海に面した道路だった。
見晴らしがそこまで言いわけではないこのカーブは、俺にとって正直、あまり訪れたくない場所だった。
だが、今回のシチュエーションには、ここがピッタリの舞台だろう。そんなことを考えて、俺は心の準備を整えた。
……ここを訪れたのは、これで二回目だ。
あの日は、呆然とする気持ちと、悲しみに溢れた気持ちとを両立させながら、この場所でこの海を見下ろしたんだ。
ゆっくりと、深呼吸をする。
身体中に酸素を巡らせて、想いを、落ち着かせる。
虫の鳴く音とそよ風の音が、中和されながら自身の耳に届く。
「……かい、と?」
少し、控えめに。結は俺に声をかけてきた。
振り返ると、そこには静かに髪を揺らしながら、じっとした目で俺を見つめる、彼女がいた。
その、瞳が。
彼女の瞳と、ダブって見えて。
俺は………………
「結。」
俺は静かに彼女の名を呼ぶ。
答えを、告げる時が来た。隠し通してきた、答えを。
結は静かに、俺の言葉に耳を傾けてくれていた。その健気な姿に思わず苦笑を漏らす。
「ここはな、俺たちの両親が、事故で死んだ場所なんだ。」
そして……一息ついた俺は彼女の目に、向き直った。
「お前に、伝えなきゃいけないことがある。」
月明かりに照らされながら、俺はその言葉を、紡いだ。
「───お前には、双子の姉がいたんだ。」
その、言葉を。
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20××年5月20日。海斗が死ぬまで、あと87日。




