伝える勇気
「今日も元気に行ってみよー!おは朝じゃけんけんじゃんけんぽんっ!!今日はパーの人が3ポイント!おめでとうございまーす!」
なんて言うテレビの音を聞きながら俺は朝食の準備をする。
只今の時刻はa.m.6時。
俺はニュース「おはよう朝だね」を流しながら、キッチンで2人分の朝ごはんを作っていた。
コンっと軽く卵を台にうちつけ、片手で割る。塩とダシをいれて混ぜ、カラザをとってフライパンへ流し込む。
その間、約10秒。
今日も安定のスピードである。
「んんっ……。ふわぁ。海斗おはよぉ……。」
丁度卵を熱しだしたタイミングで、制服姿の結が2階から降りてきた。まだ眠いのか、伸びをした後に何度か目をこすっている。
その様子が可愛くて思わずくすっと笑ってしまう。が、結にバレないようにすぐふだんの顔に戻った。
「おはよう。朝ごはんはもうすぐできるからちょっと待っていてくれ。」
俺がそう言うと、結はこくんと頷いてそのままソファにダイブした。
ここから結は見えないが、微かに寝息が聞こえてくる。
……まぁ、ご飯出来たら起こしてやるか。
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「結ー。ご飯できたぞー。」
あれから20分が経過し、俺は朝食を作り上げた。
一緒にご飯を食べるため、結に声をかけると、彼女はさっきよりも少しスッキリしたのか、すぐに起き上がってテーブルに来た。
それを見て、俺は本日の品を並べる。
因みに、今日の朝食は、卵焼きとウインナー、そして味噌汁とご飯だ。
うん、定番定番。
「……いい匂い。いただきます。」
若干寝ぼけながらも結は手を合わせた後、箸を手に取った。
「いただきます。」
俺もそう言って、朝食を食べ出す。
(……うん。今日も美味しくできたな。)
そんなことを思いながら、卵焼きを口にする。
可愛い鳥の鳴き声と暖かい春の日差しに包まれた、新しい日が幕を開けた。
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完全に主夫と化した俺は結が学校に行ったあと、手際良く家事を進めていた。
元々小さい頃から家事は殆ど俺が担当していたから、あまり変化があったという訳ではないのだが。
洗濯物を回し、お皿を洗い、掃除機をかけ、部屋の片付けをした後。
少し休憩をしようとソファに座った。
「ようやく終わったか。」
「っっ!?!? 」
体の力を抜いた瞬間に隣から声が聞こえ、俺は思わず反対の方向へ飛び跳ねる。
反射的に閉じた瞼を開くと、そこに居たのは……
黒いローブを羽織った若い男。イケメン。そう
ハデスだ。
「……なんでお前がいるんだよ。」
朝からテンションだだ下がりである。
「そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃないかぁ!!」
ハデスは威厳のいの字もない様子で、俺に話しかけてくる。本当にコイツが冥王だなんて信じられない。
俺は思わずため息を着いてしまった。
「で、要件は?」
ハデスの相手をするのは面倒臭いので、さっさと本題に入らせることにする。
するとハデスはつれないなぁ、なんて言ったあと、最初の頃のような気高い雰囲気を纏った顔つきになった。
(なんだ……?)
背筋が急に寒くなる。
展開が早すぎるのだ。いつもならハデスはもっとふざける。俺の言葉なんか無視して、遠慮なしに話してくる。なのに今日は、やけに素直だ。
とてつもなく、嫌な予感がする。
一体なにが、あったんだ
「海斗。」
彼は静かに、俺の名前を読ぶ。緊張して唾を飲み込む度、口がかわいていくのを感じた。
そして……彼は、静かに告げる。
「天崎結が、あの事を思い出そうとしている。記憶の封印が、解かれ始めているのだ。」
「……え?」
思考が、一瞬停止した。
「う、嘘だろ?」
手が震えて、汗が滲み出てくる。
「嘘ではない。3日前、つまり金曜日に、俺は彼女が夢で過去の事を示唆するものを見ている事に気がついた。この土日はお前と接触出来なかったから、ずっと彼女を観察していたのだが、やはりこの考えは間違えではなかった。」
彼は落ち着いたトーンで、俺に冷酷な現実を突きつける。
「もう……もう、なのか?さ、流石に早すぎるだろ。だって前は……。」
そう。俺が死ぬ前は、結は何も思い出していなかった。俺が必死に隠そうとしたあの事を、違和感なく綺麗さっぱり忘れていたはずだ。
「そうだ。前は彼女も思い出すことは無かった。だが、お前が戻ってきて、動き出したことで、未来が変わってきているのだ。良い方にも、悪い方にも。」
「そんな……。」
まだ、時間はあるものだと思っていた。でも、違う。もう、猶予はないというのか?
「あと、どれくらいだ?」
「持って2ヶ月。間に合わなかったら、彼女が危ない。」
……………………。
「わかった。少し、考えさせてくれ……。」
俺がそう言うと、ハデスはゆっくりと頷いて、
「無理はするなよ。」
と言い残し消えた。
俺はしばらく、その場から動くことは出来なかった。
晴れていた空は、いつの間にか暗雲に覆われていた。
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その頃。
大学が休みということで、家でのんびりしていた私──早坂莉音は、コーヒーを飲みながら考え事をしていた。
考えているのは、勿論中学校で同じクラスだった天崎くんのことだ。
彼とは、正直また再会できるなんて思っていなかった。
卒業して、諦めるしかないと思っていた私の初恋。彼の優しさに惹かれて輝いた、私の青春。
それが、もう一度チャンスを与えられたと知った時、どれだけ嬉しかっただろうか。
些細なことにも気を使える彼は、誰よりも魅力的だったんだ。
あの日、彼から提案してくれた花見は、凄く楽しみで。
お弁当作りを押し付けられているのを見た時は、場違いかなと思いながらも、彼を助けたい一心で、ホントはちょっとだけ手料理を食べて欲しいという思いもあって、頑張って朝から作って。
久しぶりに彼の笑顔を見た時、私の心は鮮やかなピンク色に染め上げられた。
そして感じる。
私はまだ、忘れていないんだってことを。あのころの思いをずっと胸に秘めていたんだってことを。ものすごく、感じるんだ。
「ふふっ。」
なんだか、不思議な気分だ。
一緒に人生ゲームをしたり、食事に行ったり、絶対に有り得ないと思っていたことが、叶わないと思っていたことが、今、現実で叶ってる。
と
「街の人に突撃インタビュー!貴方は自分から告白したこと、ある?ない?」
ついていたテレビから、タイミングよくそんな声が聞こえてきた。
「告白、かぁ……。」
20年間生きてきて、してみようと思うことは1度もなかった。けど……
(せっかくのチャンス、掴むために頑張るのも、ありかもしれないな。)
私はそんな事を考える。
でもそれはすぐじゃなくて、もっと仲良くなれてからにしないと。
「半年以内くらいには、言えたらいいなぁ……。」
頬杖をつきながら窓の外を眺める。
空は雲ひとつない快晴だった。
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カタカタカタカタ
主の居ない静かな部屋に、秘書のパソコンを打つ音だけが響き渡る。
……彼が居なくなってから、どれくらいがたったのだろうか。
わからない。まだ10分しか経っていないような気もするし、もう2日くらい経ったような気もしている。
まぁ、それも当然だろう。
あれから私は、仕事しかしていないのだから。
「ブラックすぎる……。」
いくら仕事をしても、一向に無くならない書類の山。特別な力の無い私には、ハデス様のように早く仕事をこなすことが出来ないので、頑張ったところで書類は言うほど減らない。
助けて欲しい。もう、嫌だ。
そんな私の悲痛な思いは、誰にも届くことなく消えてしまう。
(無心、そう、無心になるのよ。)
何も考えないで、仕事をするんだ──
「ふぅ。ただいまぁー。」
「!?!?」
今、1番聞きたかった声。それが、この部屋で反響した。
「は、ハデス、様?」
恐る恐る聞くと、彼は
「そうだぞ。無断で居なくなって悪かったな。」
と答えた。
「あ……、あ……。」
だばー
気がついた時には時すでに遅し。
私の目からは大量の涙が零れだし、ふかふかのカーペットを濡らした。
「る、ルーガン?」
ちょっとおどおどしながらハデス様が聞いてきた。
「本当に、本当によかった……。帰ってきてくれて、ありがとうございま──」
す。と言い終わる前に、私は意識を失うのだった。
仕事のし過ぎは、良くないね。
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20××年4月17日。海斗が死ぬまで、あと120日。




