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ACT05 ランカ自警団

 三百年もの長い間シドニア大陸中央で隆盛を誇ったランカ王国は、二百年も前に滅んだ。

 戦乱で滅んだのではない。直接のきっかけは戦乱だったが、ランカを滅ぼしたのは大規模な気候変動だった。

 ランカは、元々が雨季と乾季が交互に訪れる緑あふれる芳醇な大地だった。

 かつては肥沃だったこの大地が枯れ果てたのは、もう二百年近く前の出来事だったという。流量豊富な大河が涸れ、かつて大河だったところは、乾いた河底がむき出しになっている。

 年二回あった雨季が消え、強い陽光が木々を枯らしていった。大地は干からびてひび割れ、日を追うごとに気温が上昇していった。

 人が住めなくなったランカ大平原を捨て、人々がシドニア大陸各地へと散っていった。

 だが、そんな厳しい環境でも一部の人々は諦めなかった。

 旧ランカ王国の賑わいこそないが、ランカには土地の利がある。

 ランカは、昔も今も東西南北の交易の中継点だった。

 今のランカは、あちこちの国からの隊商が集まってくる交差点のような街だった。滅亡したランカ王国跡地の近くに人が再び集まり、住み暮らしている。

 茶色の石畳の敷き詰められた通路も、白っぽい灰色の石組みの建物も旧ランカ城壁の遺構を再利用したものだった。石造りの家々の間を、石畳の狭い道が曲がりくねっている。この街の基本構造は、今の技術ではない。石畳の組み方は緻密で、何千年も前に失われた太古の建築技術だった。

 レオナは石畳の道を馬を曳いて歩きながら、傍らのフォンにささやいた。

「さすがに人が多いわね」

「昔のランカ王国とは、比べものにならんぐらい衰退しちまったがね。昔のランカ王国は、住民が二十万人以上いたんだが……今は、新しく居着いた住人が五千人ぐらいか」

「滅びた旧ランカ王国の廃墟が、この城壁の向こう側ってこと?」

 レオナは、建物の奥に見える巨大な城壁を見上げた。

「この城壁が邪魔ね……尖塔と、大聖堂の屋根しか見えないのね」

 高い城壁がそびえ立ち、旧ランカの市街区への侵入を阻んでいる。その城壁の先端越しに見えるのは、この荒涼とした大荒野に似つかわしくない青々と茂った緑の森だった。

 ここだけは、不毛の大荒野という陸の大海に浮かんだ唯一の緑の島だった。

 現在のランカは、奇妙な街だった。

 小高い丘の上は、この荒涼とした大荒野の中で唯一、ランカ王国滅亡以前からの緑豊かな森林地帯の面影を残している。

 丘の高さはそれほど高くはないが、幾重にも重なった城壁に囲まれている。現在のランカの街と、この丘陵地帯をさえぎる高い城壁も、手掛かりになるような凹凸がないために、よじ登るのも難しい。

 その向こうの森林地帯のさらに奥から、水の音が聞こえてくる。せせらぎというよりも滝のような音だった。

 水の飛沫が薄い水煙を上げ、緑の先端を覆い隠している。

 ここが、廃墟となった旧ランカ王国の神殿跡だった。

 その丘の頂上にだけ緑が残り、尖塔と大聖堂の屋根が輝いている。まるで新築のような輝きだった。

「今じゃ、あそこは聖域扱いされてる……誰も立ち入れないって話だな」

 あちこち旅をしていたというフォンは、シドニア大陸各地の情勢に詳しい。

「フォンは、その頃のランカ王国を知ってるの?」

 周囲に聞かれないように、レオナはフォンにささやき声で尋ねた。

「滅びる騒動よりずーっと前に、しばらく滞在してたからなぁ……懐かしいといえば懐かしいが、ほとんど忘れちまったよ」

 フォンが、奇妙な言葉をつぶやいた。

 若者の姿をしているが、フォンは数百年も生きている。だが、それを知っているのはレオナだけだった。

「ランカは、ランカだよ……ランカ王国が滅びようが、豊穣な緑地が枯れ果てた大荒野に変わろうが、ここは間違いなくランカだ」

 ランカ王国が滅びた今でも、このランカはシドニア大陸の東西を結ぶ交易の中継点だった。レオナ達は西北の自由交易都市ボーダンからこのランカへたどり着いた。

 隊商の護衛の仕事は、ランカへ行くための口実に過ぎなかった。

 単独で旅を続けるよりも、隊商と行動を共にする方が安全だった。

 幸い、レオナもフォンも武芸の心得がある。鏢師(ひょうし)と呼ばれる隊商の護衛に必要な技量は、二人とも十分にあった。

 フォンが、天狼と呼ばれる漂泊民の出身であることが幸いした。

 ナギドに隊商の指揮を頼んだボーダンの交易商の主人クロウが天狼と呼ばれる漂泊民だったが故に、フォンとレオナは今回の隊商に紛れ込む事が出来た。

 交易商のクロウが身分を保障してくれただけで、ナギドは子細を詮索せずにレオナとフォンを雇ってくれた。

 鏢師(ひょうし)も、出自は様々だった。

 ナギドが使う隊商護衛の鏢師(ひょうし)は、ナギドと長い付き合いで信頼できるという。

 新参者の実力を推し量ろうという目で見ていた他の鏢師(ひょうし)達も、レオナとフォンの巧みな馬の扱いを見てからは警戒を緩めた。

 鏢師(ひょうし)達は、実力の世界に生きている。

 その実力差が、生死を分ける。

 刃を合わせて戦う技量も必要だが、なによりも何百里もの距離を移動するための馬術が劣っていては、肝心な時に使い物にならない。

 特にフォンが扱った馬は、荷物を運ぶ普通の駄馬でさえ、数日で鏢師(ひょうし)達が戦闘に使えるだけの上下動しない歩み方に変わる。

 馬を降り手綱を引きながらも、レオナの視線は四方を警戒していた。

 先を行くナギドが、一軒の大きな商家の前に立ち止まった。

「ここだ」

 ナギドが合図するのと同時に、商家の頑丈な扉が開かれた。

 商家の門をくぐると、そこは連れてきた百騎を越える荷馬車が全て収まるほどの広い中庭だった。

 運んできた荷馬車が、次々と門をくぐって入ってくる。

 商家から従業員が飛び出してくる。馬に振り分けにしていた荷下ろしが始まる。荷馬車からも、大きな荷物が次々と下ろされてゆく。

 荷下ろしは、レオナ達鏢師(ひょうし)の仕事ではない。レオナ達鏢師(ひょうし)には、別の仕事がある。

 門の前で、レオナとフォンは商家の内外を見張っている。

「荷積みと荷下ろしってのは、結構危険だからな」

 レオナは、自由交易都市ボーダンを出る時のナギドの言葉を思い起こしていた。

「怪しい奴が潜り込んできたり、どさくさに紛れて荷物をくすねるような奴が出たりする。俺達の仕事は、荷物を全品届けて受け取りの証文をもらうまでだ」

 ランカへ届けた積荷は、バザールの中で売買されるのか、さらに別の場所へ運ばれるのか、レオナとフォンには定かではない。

「よし、受け渡し完了だ!」

 ナギドの声が聞こえた。

 荷物の受け取りの証文を相手の商人から受け取ったナギドが、初めて笑顔を見せた。

「じゃあ、俺達の仕事はここまでか。

 ナギド、世話になった……俺達は、ここで別れることにする」

 フォンが口を開いた。

 レオナとフォンにとって、旅の目的は別にある。

 鏢師(ひょうし)として隊商の護衛に雇われたのは、隊商にくっついて旅をする方が効率的だったからに過ぎない。

「あんたらがいてくれて、助かったよ」

 ナギドが、陽に焼けた笑顔を見せた。

「あんたらの機転がなけりゃ、無事にランカにたどり着けたかどうか」

「なぁに、野盗を見つける手伝いをちょっとしただけさ‥‥この鏢師(ひょうし)達の腕前なら、確実にたどり着けたさ」

 ナギドに賞賛されても、さほどうれしい表情を見せるでもなくフォンは淡々としている。

「あんたらがいなけりゃ、多少の犠牲は出たろうさ‥‥無傷で済んだのは、二人の働きのおかげだ」

 ナギドは、革袋に入った砂金をレオナに手渡した。少なくない砂金の目方が手に掛かった。その手応えは、当初の約束より倍以上重かった。

 驚いてナギドを見つめたレオナを見て、ナギドが片目を閉じて見せた。何かと難癖を付けて報酬を削ってくるような人間が多い中、ナギドは信義に厚い。

「野盗撃退の分だけ……多少の色を付けた。

 いつか、どこかで……また会おう!」

 ナギドはそこまで言うと、不意に声を潜めた。

「ランカの東側にある、翡翠亭(ひすいてい)って名前の隊商宿を訪ねるといい……宿の主人は、ランカに長く住む天狼だ。

 あんたら二人の旅の目的がどんなものなのか、そもそもランカにあるのか知らんが、おそらく翡翠亭(ひすいてい)の主人が力になってくれるはずだ」

「!」

 レオナが、驚いてナギドのひげだらけの顔を見た。ナギドが、微かに笑った。レオナもフォンも、その旅の秘めた目的をナギドに一言も言わなかったのに、しっかり見抜かれている。

 太古の文明が滅びてから、千年以上の時が経過しているという。

 シドニア大陸で隆盛を誇った文明が滅びた時、炎の嵐が七日七晩の間吹き荒れ、全てを焼き尽くしたという。

 だが、生き残ったわずかばかりの人々は屈しなかった。

 全ての技術を失った状態から立ち上がり、また新たな文明を築きあげたという。今はそんな時代だと言うのが、このシドニア大陸各地に伝わる伝承だった。

 そんな中、国を持たない漂泊民と呼ばれる一群がいた。

 どこの国にも所属せず、失われたはずの太古の英知を受け継ぐという漂泊民の中に、天狼と呼ばれる異能者集団がいるという。

 築城・土木・建築・開拓・医術・呪術等に優れ、金で雇われてあちこちの国の中に散らばって生活している。

 遙か東方の天狼山脈に源を発するとして、彼らは天狼と呼称されていた。

 フォンをはじめとする天狼の助けを得て、レオナは旅を続けている。


       ◆


 夕刻が近づいているとはいえ、まだ陽が高い。だが、ランカの暑さは昼間に比べるとずいぶんしのぎやすくなってきた。

 レオナは、聞き慣れぬ言葉の真っ只中にいた。異国の言葉が奔流のように、レオナの耳に流れ込んでくる。

 だが、その甲高く抑揚の強い異国の言葉の独特な響きが、レオナには妙に心地よく感じられる。聞き慣れない言葉の中に時々、レオナ達シドニア大陸西域で使われる言葉も聞こえる。

「ねぇ、フォン?」

 レオナは、少し先を歩くフォンに声を掛けた。

 二人とも、荷物など大して持っていない。替えの衣服とちょっとした身の回りの品物を詰めた革袋が一つきりだった。レオナには背に負った大刀があるが、フォンに至っては無腰だった。

「本当に、ここが目的地なんだよね?」

 レオナが、先をふらふらと歩くフォンに念を押した。

 ナギド達と別れたレオナは、フォンと共にランカの雑踏の真っ只中を歩いていた。

 大広場を中心に、いくつもの道が縦横無尽に走っている街だった。

 ナギド達は、数日後には次の仕事でランカを離れると聞いている。

 ここから先は、レオナとフォンの二人だけでの行動になる。

 レオナが自ら望んだとはいえ、今までとは違い何もかもを自力でやらなければならない。

 ここにレオナを引っ張ってきたのは、フォンだった。だが、フォンはここに来て、どこの誰に会えば良いのかを一言も言わなかった。

「ねぇ、フォン? 本当にここが、あたし達の目的地なの?」

 少し大きくなったレオナの言葉に、少し先を歩いていたフォンが振り向いた。「静かに!」と言わんばかりに人差し指を自分の唇に当ててから、小さく微笑んだ。

「俺が知っている心当たりの一つ、だよ……とりあえず、このランカで探すしかないかな」

 フォンの答えは、極めて曖昧な答えだった。他人に聞かれないよう、意図的に詳細を省いていることにレオナは気が付いた。確かに、レオナ達シドニア大陸西域の言葉が時々聞こえる街角で、機微に触れる話題を軽々しく口にするのは、レオナでもはばかられる。

「見つからなきゃ、あたしが困るんだけど」

 レオナの言葉に、フォンは肩をすくめただけだった。

 先を歩くフォンの背中に悪態の一つも投げつけようかと思いかけたレオナは、別のものに興味を引かれフォンをなじるのを中断した。

「?」

 その大広場に、人垣が出来ている。群衆が、何かを遠巻きに眺めている様子だった。

「この騒ぎ、なんだろ?」

 レオナは目を細め、少し離れたところの人垣を眺めた。あまりいい雰囲気の人混みではない。

 集まった群衆の言葉はわからないが、そのひそひそとした口調や態度で、何か厄介事が起きている事だけはレオナにもわかる。

「フォン! 行ってみよう!」

 レオナは、フォンを引っ張るようにして人混みを抜けて前へ出た。

 ランカの街の人々が取り囲んでいたものは、すぐにわかった。

 大広場のど真ん中に、何本もの柱が立てられていた。その木の柱から、鎖で大きなボロ切れのようなものがぶら下がっている。

「処刑台かねぇ?」

 フォンがつぶやいた。

 大抵の街では広場には、為政者の御触書が掲示されたり、重犯罪者をさらし者にする処刑台があったりする。どこの国にも属さない今のランカでも、大広場の役割は似たようなものなのだろう。

 その柱から鎖で、ボロ切れの様な物がぶら下がっている。

 ボロ切れの正体に気が付いたフォンが、微かに顔をしかめた。

「ひでぇことをしやがるな」

 それは、死体だった。

 柱にぶら下げられた死体の数は、片手の指だけでは足りない。

 背中に矢が刺さったままのもあれば、あちこちに無残な刀傷を受けたものもある。恨めしそうな眼が見開かれ、虚空をにらんでいる。

 その茶色の衣服には、乾いた血が黒い染みを作っている。

「!」

 死体を観察していたレオナは、ある重大なことに気が付いた。

(こいつら……まさか……?)

 レオナの表情が、険しくなった。

 背中に矢が刺さったままの一人の死人の顔に、見覚えがある。

「者共、よく聞け! 鬼祟地(きすいち)に忍び込むとこうなる!」

 突然、背後から鞭を打つような冷酷な声が聞こえてきた。

「こいつらは、昨夜禁を破って鬼祟地(きすいち)に忍び込んだ」

 レオナが振り向くと、人垣を割って武装した一団が姿を現した。鎖帷子が触れ合う耳障りな金属音が、周囲に響き渡る。

「?」

 レオナの目の前に立つのは、鮮血を思わせる朱色の一団だった。灰色や褐色の長衣を身にまとった者ばかりのランカでは、その赤い姿は否応なく目に付く。

 男達が被った兜も、赤一色だった。

(鎧兜と鎖帷子……こいつら、この暑さを感じないのかしら?)

 レオナは、微かに眉根を寄せた。

 さすがに、全身を隙間なく覆う金属の甲冑ではないが、このランカという過酷な世界で鎧兜を身にまとう神経がわからない。

 さすがに、顔を覆う面頬を兜のひさしの上に跳ね上げているものの、こんな格好でランカの街を徘徊していたら、常人ではこの暑さで倒れかねない。

 灼熱の陽光の中では、兜の中の頭が蒸し焼きになってしまう。

「?」

 男達の姿も奇怪だが、もう一つレオナの注意をひいたのは別にある。

 レオナは、その男達の身体から漂う薬草の匂いが気になった。

(金創薬の香りだわ……こいつらの何人かは、手傷を負っている?)

 それは、生傷の絶えないレオナもよく知っている香りだった。

 何種類もの薬草を混ぜ合わせた膏薬の匂いから、刃などで負った切り傷用の金創薬とわかる。

 目を細めたレオナは、朱色の一団を無言で眺めた。

 その一団の中央には、首領らしき長身の男がいる。

 甲冑姿の配下と同じ朱色一色の男だった。この男だけは、軽装の革鎧だけで、鎖帷子を身にまとっていない。だが、腰に佩いた朱鞘の大剣が目立っている。

(こいつが首領? いったい何者?)

 ゆったりとした朱色のマントを革鎧の上から羽織り、男の姿を覆い隠している。禍々しい気配を漂わせる男の出現に、レオナの本能が反応した。

(こいつ……ただ者じゃないわね)

 この男だけは、格が違う。

 滅多に感じないような暴力的な波動が、この男から漂っている。

 朱色に輝く兜の奥で、褐色の双眼が強く輝いている。

 その表情は、黒いひげに覆われて定かではない。褐色の肌と黒い髪はこのランカ周辺でよく見掛ける民族の血を示している。

「何人でも、絶対不可侵の聖域である鬼祟地(きすいち)に立ち入る事は許されない!

 二百年前の亡霊が跳梁跋扈する世界だ。立ち入れば何人たりとも、このように亡霊に殺されても文句は言えぬ」

 周囲を威圧するような野太い声が、広場中に響く。

「おい、そこの二人!

 貴様らも、そこに吊されたくなければさっさと失せろ!」

 威圧の矛先が、吊された男達の近くに立つレオナとフォンに向けられた。

 その横柄な口ぶりに、レオナはかちんときた。

 レオナの故郷ヴァンダール王国の護民官でも、これだけ傲慢な態度を見せる者はいない。

 元々、レオナは気が短い。

 負けん気が強い上に、正義感は人並み以上に強い。

 目の前に立ち、傲然と胸を張る巨漢が漂わせる気配は、レオナが生理的に嫌うものだった。

(こいつは、厄介な相手だわ)

 レオナの直感が、危険を告げている。

 気配から察すると、相当な技量の持ち主だった。

 だが、こういう連中を見ると、レオナは黙って行き過ぎる事など出来ない。

 売られた喧嘩は買うのが礼儀、というのがレオナの性格だった。権威や暴力という傲慢さに対して、即座に反発してしまうのは自分でも止めようがない。

「へぇー、亡霊は武装してるんだ」

 レオナが、甲冑の一団に聞こえるように余計な事をつぶやいた。

「その鬼祟地(きすいち)の中に、待ち構えていた奴がいるのも変よね」

「!」

 レオナの言葉に、その場が凍り付いた。

 こういう状況になると、レオナの行動をフォンは止めようともしない。腕を組み少し離れて立ったフォンは、レオナと男のやりとりを興味深そうに眺めている。レオナが騒動を起こすのを、フォンが楽しんでいるようさえ見える。

 レオナは、赤黒く血が固まった死体の傷跡を示した。

「真正面から切りつけたんだから、鬼祟地(きすいち)の中にあなた達が待ち構えていたわけね……何人でも、鬼祟地(きすいち)に立ち入る事は許されないって言っていながら、あなた達は出入り自由ってことかしら?」

 レオナが、武装した男達をにらみつけた。

「それとも……あなた達は、そもそも人でないってこと?」

 レオナの物言いは、完全に喧嘩を売っている。

「貴様!」

 朱色の男達が、顔色を変えた。

 剣の柄に手が掛かる。

 だが、それを首領らしい男が手を振って下がらせた。男が静かに、一歩前へと出てくる。その男の漂わす威圧感が、レオナに強くのし掛かってきた。

 男が、レオナを冷たい目でにらんだ。

 男が放つ殺気で、周囲の空気が急に寒々としたように感じられる。

「あんた、誰?」

 重圧にも物怖じもせずに、レオナは凶暴な波動を漂わせる男を見上げた。

「ゾア・ベリアルの名前を知らぬところを見ると、よそ者か」

「知らない名前ね……そもそも、ランカは国じゃないのに、何を偉そうにしてんのよ」

「我々は、このランカに秩序をもたらすランカ自警団だ!」

 ゾアが、昂然と胸を張った。

「自分たちで勝手に、そう名乗ってるだけでしょ?」

 レオナは、臆する事もない。

 完全武装の戦士達を前にしても、普段と何一つ変わらない。

「貴様……楯突く気か?」

「このランカは、あんたが支配してるわけじゃないわ」

 レオナの揶揄に対する答えはない。

 無言で、ゾアの大剣が抜かれた。

 大上段に構えた刃が陽光を反射して、禍々しい輝きを放つ。

「何もしてない人間を相手に、刃を振り回す?」

「抜けっ!」

 レオナの後ろに回した左手がさりげなく愛刀の鞘に触れた。騎馬で扱いやすいように、レオナは大刀を背負っている。刃渡り三尺を越える大刀を背負ったまま抜くには、それなりの技量が必要だった。そして、レオナにはその技量がある。

 レオナの右手が、刀柄に触れた。

 刀柄に埋め込まれた宝玉が、陽光を反射して赤く輝いていた。

 殺気が膨れ上がった。

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