表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/22

序章 不死の侵略者

 神域の森に、大きな怒号、悲鳴、剣戟の激しい音が響き渡った。

「くそっ! まさか、いきなりここに突入してくるとは……」

 うめき声をあげたのは、神殿を護る守備隊の一人だった。

 神殿への、いきなりの敵襲などあり得ない。

 多重に防御されているランカ王国の最重要拠点への急襲など、考えられなかった。たとえ万が一でも、最外周の城壁が破られれば、その時点で急を告げる使者が真っ先に飛び込んでくる。

 ランカ王国は、数里四方の街そのものを城壁で覆った城塞都市だった。しかも、その都市内部にも多重の城壁があり、最深部の神殿や王宮に敵が侵入するには、その幾重にも囲まれた城壁を突破しなければならない。

 確かに、ランカ王国の近郊には、侵攻してきた数千騎ものゴース王国の軍勢が布陣を張っている。

 だが、三百年もの栄華を誇ったランカ王国も、外敵に対して無防備ではない。

 巧妙に造られたランカ王国の城塞をわずか数千騎程度の力業で攻め落とせるとしても、まだ半年から一年はかかるはずだった。

「天変地異だけでも厄介なのに、突然の敵襲か……ランカ王国も終わりかな」

「口を慎め! ランカ王国が滅亡するなど、あり得ない!」

 兵士の弱音を、指揮官が鋭く封じた。

 指揮官は、銀色に輝く兜を被り直す。

「我々の働きで、ランカ王国の命運が決まる! 全員、心して掛かれ!」

 シドニア大陸中南部にあるランカ王国は、二本の大河に挟まれた肥沃な三角州にある。

 シドニア大陸の東西南北の交通の要衝と言うこともあり、交易を通じて諸国の文物が集まってくる都だった。

 太古、このシドニアと呼ばれる大陸には、高度な文明があったという伝承が各地にある。人が神の域に迫ろうかという時、神の怒りに触れたのか、人の浅知恵が文明の制御に失敗したのか、大異変が起きた。炎の嵐が七日七晩吹き荒れ、人々は文明の全てを失った。

 だが、生き残ったわずかばかりの人々は屈しなかった。

 数千年の時を経て、再び文明を築き直している。今は、そんな時代だった。

 その太古からの失われたはずの技術の片鱗が残り、シドニア大陸で一番繁栄をしてきたのがランカ王国だった。

 だが、三百年の隆盛を誇ったランカ王国も、数年も前から衰退の兆しが現れていた。

 天変地異、疫病、飢饉というありとあらゆる災厄がランカ王国を襲った。数百年も栄えたランカ王国も、徐々に地勢が衰え衰退しつつある頃だった。

 豊かな大河が涸れ、年に二回あった雨期が消えた。

 国は乱れ、民心も王家から離れつつあったその時、大きな事件が起きた。

 それは、内乱だった。

 国王の跡継ぎを狙った、醜い権力争いがさらに国力を削いでいた。

 そんな中、外部からのゴース王国という南の異民族の侵略にさらされ、ランカ王国は為す術もなかった。

 虚を突かれたランカ王国は、大混乱に陥った。

 三百年もの長い年月の間ランカ王国を守護し続けた場所は、ランカ王国の中央にある丘陵地帯にある神殿だった。

 たとえ王宮が陥落したとしても、神殿だけは不可侵のはずだった。

 この神域があるからこそ、ランカ王国が発展した。

 その神殿のある丘陵地帯には、隠された地下道が存在している。

 これは、万が一敵が城内に侵入してきた場合の脱出路として確保された地下道だった。

 その入り口は巧妙に隠され、その存在を知っている者は王族のごく一部の者に限られている。

 だが、そこを逆手に取り、何者かが敵を城内へと導き入れたとしか思えなかった。

「来たぞ!」

 鋭い警戒の声が、どこかであがった。

 外と通じる大聖堂の大きな扉が、轟音と共に打ち破られた。

 それは、神殿の外を護る兵士が全滅したことを意味する。

 扉の向こうから姿を現したのは、巨大な影だった。

「こいつは……」

 ランカ王国の守備兵の誰かが、驚愕の声を絞り出した。

 神殿の外で燃えさかる火炎を背景に立つ敵は、黒ずくめの騎士の一群だった。

「こいつら、ゴースの甲冑じゃないぞ!」

 騎兵を主力とするゴース王国の兵士が身にまとう甲冑は、鎧帷子と革鎧を組み合わせた軽装の甲冑だった。

 だが、目の前に姿を現した一群は、黒ずくめの騎士だった。

 全身を、黒金の装甲で覆っている。

 文化の成熟したランカ王国では、このような禍々しい甲冑を目にすることはない。

 ランカ王国兵のような軽装の鎧が主流なのは、平和の証だった。だが、重量級の騎士が操る巨大な大剣に、その軽装では対抗できない。

 誰かが、矢を放った。

 だが、その矢は黒金の甲冑にあっさりと弾かれた。

「ちくしょう!」

 弓矢が通じない強靱な装甲に身を固めた相手が、目の前に二十人近くいた。

 黒金に金色の隈取りで顔を模した禍々しい文様が描かれた面頬が、騎士達の素顔を覆い隠している。その面頬の奥で赤く輝く双眼は、憎悪の炎を浮かべて輝いている。

 黒金の騎士が、大剣を振り上げた。

 周囲に、緊張が走る。

「距離を取れ! 徹底的に動き回って、奴らの動きが鈍くなるのを待て!」

 誰かが叫んだ。

 全身を覆う重厚な甲冑は、その重量に抗するため長時間は戦えない。いくら鍛え抜かれた戦士といえども、その甲冑が疲労を増す。ここへ突入するまでにも、相当な時間を戦ってきたはずだった。息が切れ、動きが鈍ったところを狙えば、軽装のランカ王国守備兵でも勝機はある。

 だが、その希望はあっさりと覆された。

 黒金の騎士達は、わずかも疲れを知らぬかのようだった。

 その動きは時を経ても俊敏で、ランカの守備隊は徐々に戦力を削られていった。

 黒金の騎士達は、終始無言だった。

 白兵戦につきものの相手を威圧するような怒鳴り声一つあげず、淡々と剣を振り下ろす。それは、恐怖、怒りとか、まともな人としての心を失った様子でもあった。

 また一人、ランカ王国側の兵士が倒れる。

 だが、誇り高いランカ王国の兵士達は、退却を選ばず踏みとどまって戦う事を選んだ。

「固まれ! 一対一じゃ不利だ! 集団で掛かれ!」

 黒金の騎士は左手に盾、右手に大剣を持っている。一度に一人しか相手には出来ない。

 牽制の一撃を盾で受けた瞬間、脇腹に隙が生じた。

「!」

 横から槍が閃いた。

 黒金の侵入者は、一瞬動きを止めた。

 槍の穂先が、黒金の甲冑の胴と腕のわずかな隙間に深々と突き刺さっている。

 だが、騎士は倒れない。

 槍を抜いて二撃目を送ろうとしている兵士に、黒金の騎士が無造作に大剣を振り下ろした。

 肩口から脇腹へと切り裂かれ、血煙を噴き上げて兵士が倒れてゆく。

「今だ!」

 長大な戦斧が、騎士の頭部を護る兜を斬り割った。

 外れた黒い面頬が宙に舞い、床に落ちてはねた。

「なにぃ?」

 襲撃者の顔が裁ち割られ、鮮血が周囲に飛び散る、はずだった。

 だが、飛び散ったのは緑色に濁った膿のような粘液だった。その素顔は、血の気のない灰色の死人のような肌をしている。

「こいつ、人じゃないぞ!」

 深手にもかかわらず、いったん膝をついた黒金の騎士が、ゆっくりと立ち上がった。

 普通なら即死の斬撃でも、さほど効いたように見えない。

 緑色の粘液が斧で割られた頭部の傷を覆い隠し、驚くべき早さで傷が再生してゆく。

「馬鹿な……こいつら、まるで魔人だぞ」

 戦斧の刃の一撃で大きな亀裂が入った兜のひさしの奥で、両眼が憎悪に赤黒く輝いた。

 先ほど頭部に受けた大きな傷は、すでに消えている。

 刃が反転し、ランカの兵士を襲う。

 もはや、一方的な虐殺だった。

 人の姿をした魔物に蹂躙され、ランカ王国の兵士達の血が石畳一面を紅に染めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ