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「おいおいおいマジかよ仁ッ!! やっぱお前天才じゃねえか!! 普通無理だろあんなの!!」
「次の標的は距離2mか。見なくても殺せるな」
「やめろやめろ銃を俺に向けるな! 悪かったって!」
騒がれて気分を害した黒髪の青年――瀬戸仁は、腰の拳銃を抜いて金髪の青年――鞍田純也に向けていた。
仁は人に馴れ馴れしく振る舞われることを極端に嫌う。騒がれたこともそうだが、彼が苛立ちを隠せないのは安易に名前を呼ばれたからでもあった。
「ほらほら、撤収しようぜ! 俺腹減ってきたし」
「……」
もはや返事すらしない仁は、役目を終えたスナイパーライフルをコッキングして薬莢を弾き出した。
カランカラン、と甲高い金属音が響く屋上。その音に混じって、屋上へあがってきた若い新人隊員の声が仁を呼んだのだった。
「失礼します。御旗隊長より、狙撃班の瀬戸隊員へ伝達。撤収後、速やかに御旗隊長へ作戦報告をせよとのことです」
「……チッ」
小さな舌打ちをした仁に臆して、新人隊員は「し、失礼しますッ!」と慌てて下がっていってしまった。
御旗大和――彼は仁の所属する弐本帝国自衛軍、帝都防衛隊の隊長である。
「なーんかお前、やけに御旗隊長のこと毛嫌いしてるよな。なんかあったのか?」
「なんだ。冥土の土産はそんな情報がいいのか」
「わーったわーった、もう聞かねえから! 銃を向けんなって!」
今日一番の不機嫌そうな顔で、仁は再び鞍田へと拳銃を向けた。
仁は誰にも心を許さない。自分以外の者を信用したりしない。そういう男である。
集団行動にはまるで適していない性格の仁だが、彼は天才的な銃撃の腕を買われ、こうして自衛軍に所属している。
――というのは、半分事実であり、もう半分は建前である。
彼にはどうしても、この弐本帝国で生き抜くための力をつけなければならない理由があるのだった。
*****
弐本帝国、自衛軍。
一昔前までは『自衛隊』なんて呼ばれていたらしいが、呼び名など仁にとってはどうでもいいことだ。
元々は他国による侵略から国を自衛するためにあったこの組織だが、近年では専ら別の目的のためにその軍事力が運用されている。
それは、異世界からの怪異――『来訪者』の排除だ。
弐本帝国の、特に帝都トウキョウを中心とした地域には、どういうわけか異世界の住人――『来訪者』がしばしば現れては問題となっている。今回の作戦で仁が狙撃したハーピィもその一端だ。
来訪者の現れる原理は未だはっきりとわかっていない。多くの科学者たちが仮説を立ててはいるが、異世界の住人が時空を越えてこの世界にやってくるなど、科学で証明できる範疇ではないのだ。
しかし、原理は不明であっても、その条件だけはわかっている。来訪者にはいくつかの共通点があるのだ。
一つは、彼らはもともと生きていた世界で死を経験し、その魂がこの弐本帝国へと流れ着いているということ。
そしてもう一つは、彼らは生前叶えられなかった幸福を――愛されることを求めてこの世界へ迷い込んでくるのだということだ。
弐本帝国へと迷い込んだ来訪者には、必ず『魂の番』となる相手が存在することが判明している。
元居た世界で誰からも愛されず命を落とし、それでも魂は愛を求めて彷徨った。その結果彼らは、どういうわけかこの弐本帝国にたった一人だけ存在する『魂の番』の相手を探して迷い込むのだと、それだけが明確にわかっているのである。
これだけ聞くと、来訪者という不運で不遇な存在に対して、軍事力を持って排除するという対応は些か非人道的であるようにも思える。
しかし弐本帝国としては、来訪者に対して寛大な対応をするわけにはいかない事情があった。
来訪者にはあって、自分らにはないものが存在するからだ。人々はそれを『魔力』と呼んでいる。
来訪者が生きている異世界には、魔法や異能力といった超常現象を引き起こす力が当たり前のように存在している。そしてこれらは、弐本帝国を含めてこの世界には存在しないものだ。
この魔力をもって、来訪者が何の力もない国民に牙を剥いたらどうなるか。想像しただけでその惨劇には身の毛がよだつ。
しかしながら、来訪者の持つ魔力にも制限がある。どうやら彼らは、魔力の存在しないこの世界において、元居た世界で振るっていた力を最大限に発揮できないようなのである。
来訪者がこの世界で持ちうる魔力量は、推定するところ最大値の3%から5%程度だと言われている。
これならば魔力を持たない弐本帝国の人間であっても軍事力によって排除することが可能であり、国民を守ることに繋がるというわけだ。
しかし、だから安全であるとは言い切れない。
なぜならば、来訪者が本来の力を発揮できない期間は一時的だからだ。
彼らはこの弐本帝国で『魂の番』となる相手を探し求めている。
そして『魂の番』の相手と出会い、その魂同士が『共鳴』した際には、来訪者は元居た世界で持っていた魔力を完全に取り戻してしまうことが判明しているのである。
だからこそ自衛軍は、来訪者が『魂の番』の相手と出会う前に、迅速に彼らを排除するという使命がある。
『魂の番』の相手と出会い、本来の力を取り戻してしまえば、軍事力をもってしても彼らを抑え込むことが非常に困難になるからだ。
この最悪の事例となったのが、15年前に起きた『赤の七日間』と呼ばれる事件である。
このとき帝都に現れたのは、無数に存在する異世界において神と同等に崇められることも多い『竜』と呼ばれる怪異だった。
あろうことかこの怪異は、帝都に住む国民の中から『魂の番』となる相手を見つけ出し、元居た世界での力を完全に取り戻してしまった。
その後竜は、国際的にも重要な都市であった弐本帝国の帝都トウキョウを一瞬にして真っ赤な更地へと変貌させ、その炎は七日間に渡って多くの命を燃やし続けたのである。
犠牲者はかつて原子爆弾が投下されたヒロシマ、ナガサキの合計数を優に超えており、この事件は帝国史上最大の惨劇として歴史に刻まれている。
そしてこの最悪の怪異を討伐した班を率いていたのが御旗大和――現在の弐本帝国自衛軍、帝都防衛隊の隊長を務める人物であり、先程作戦後の仁を呼び出した人物だった。
*****
真っ直ぐに伸びる廊下を進む、あからさまに機嫌の悪そうな足音が一人。言うまでもなく、仁である。
彼が目指すのは、この廊下の突き当たりにある部屋――上官室だ。
ここにあの御旗大和がいる。仁が世界で最も忌み嫌う人間の一人である男が。
しかし呼び出された以上は会いに行くしかない。今回の作戦において標的を仕留めた張本人である仁には、上官への報告義務が課されるためだ。
ドアノブをひねり、雑に開け放つ。
すると仁の視界には、できることなら二度と顔を見たくない人物が、上質な椅子に腰かけてこちらを見る姿が映し出された。