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作者のわさび仙人と申します。


世界一悲しい恋の物語を、どうぞお楽しみください。

 凍てつく厚い黒雲のせいで昼夜が逆転したような、暗い暗い冬の摩天楼。

 その足元の喧騒は、普段とは明らかに異なる空気をまとっていた。


 聞こえてくるのは車のクラクションの音でも、歩行者用信号の電子音でもない。

 我先にと駆ける数百人分の足音と悲鳴――そして風を切るだけでつむじ風が巻き起こりそうな、大きな翼の音だ。


標的(ターゲット)は作戦通り東へと進行中。三班と四班、六班は追跡を続行し、狙撃ポイントへと誘導せよ。繰り返す――』


 鼓膜を突き破るようなサイレンを響かせながら、法定速度をはるかに上回る速度で走る軍用車が数台。

 その前方には、まさに今無線で連絡された『標的(ターゲット)』の姿があった。


 現代社会にはあまりにも不釣り合いなその姿。まるで絵本の中から飛び出してきたようなその風貌。

 大型の猛禽類よりもはるかに大きな羽根を慌ただしく散らしながら、その『標的(ターゲット)』――『ハーピィ』は摩天楼の間を真っ直ぐに飛んでいた。


 少女の姿をしたその怪異は、腕の代わりに大きな翼を持っている。

 脚はまるで鳥類のそれそのもので、一目見ただけでこの世界の生命ではないと確信できた。


 追いつかれれば殺される。なんとしてでも逃げ切らなければ。

 その恐怖心だけで彼女は、初めて見る高い高い謎の建造物の間を飛び続けていた。


『作戦に問題なし。標的(ターゲット)は依然東へと進行中。狙撃ポイントまで残り約300m。繰り返す――』


「うるさいな。無線を切れ。集中できない」


 ビルの屋上に伏せ、スコープを覗く黒髪の青年がぶっきらぼうに吐き捨てる。

 それを受けた金髪の青年がもう一人、「へいへい」なんてやる気のない返事と共に無線の音量を最小まで下げた。


「けど、無線切ったら狙撃のタイミングわかんなくねえか?」


「無線と一緒に舌を切って欲しいんなら素直にそう言え」


「わーったわーった。黙りますよーだ」


 それっきり、二人の会話がピタリと止まる。

 そうして屋上が静寂に包まれると同時に、西側から微かにサイレンの音が聞こえてきた。標的(ターゲット)を追う軍用車だ。


 作戦通りなら、このあと標的(ターゲット)の進路をヘリコプターで塞ぐことになっている。

 そうして標的(ターゲット)が空中で一時停止、あるいは減速した瞬間に狙撃し仕留めるというのが、スコープを覗く彼の役割だ。


 こんなもの、俺が今まで経験してきた無理難題と比べればはるかに容易(イージー)だ。わざわざ俺が出る必要もないだろうに、他の狙撃手(スナイパー)じゃダメだったのか。


 内心そんな愚痴を溢しながら、黒髪の青年はスコープ越しに狙撃のタイミングを計り続ける。

 しかしその直後、彼は妙な違和感を覚えて「ん?」と声を漏らした。


「あれ、どうしたんだろうな。ヘリが離脱していくぞ?」


 少し遅れてそう口にした金髪の青年の視線の先には、標的(ターゲット)の進路を妨害するために待機していたはずのヘリコプターが急上昇し、狙撃ポイントから離れていく姿が見えていた。

 何かあったに違いない。そう思った金髪の青年は、音量を下げていた無線のつまみを再び捻っていた。


『――へ進路を変更! ヘリの存在に気づいた模様! 繰り返す! 標的(ターゲット)は南西方向へ進路を変更!』


「うっわマジか。バレたのかよ!」


「おい。誰が無線を入れろと言った?」


 未だにスコープを覗いたままの黒髪の青年が、露骨に苛立った声でそう尋ねる。

 それに対して金髪の青年は「いや今のは仕方ないっしょ!?」なんて言い訳を垂れていた。


「無線聞いて次の作戦(プラン)に移らねえと。こっちに来ないんじゃ撃てねえじゃん」


「……」


 無線に耳を傾ける金髪の青年の言葉を無視し、黒髪の青年はスコープを覗き続ける。

 今構えている銃とスコープで狙撃できる距離は、せいぜい200mくらいが限界だろうか。もともと100mほど先の狙撃ポイントに誘導するはずだったのだから、用意した装備はその程度のものだ。


 加えて標的(ターゲット)は現在、青年らから離れる方向へと逃走し始めている。

 順当に考えればこの場所からの狙撃を諦め、次の作戦へと移行すべきだ。


 ところが、黒髪の青年はそうしなかった。

 彼は狙撃態勢を崩さないまま、脳裏にイメージする光景(ビジョン)へと意識を集中する。


 それは、ビルの間を飛ぶ標的(ハーピィ)。追いかける軍用車。標的(ハーピィ)が追跡から逃れようと、車の通れない狭い路地の中へと飛び込んでいく光景だ。


 もちろんその先の追跡は困難。路地の中を真っ直ぐに飛ぶ標的(ハーピィ)と、迂回して追跡を継続しようとする軍用車との距離はみるみるうちに開いていくだろう。

 そして差が開いたことで僅かに油断した標的(ハーピィ)は、再び開けた場所へ戻ろうと路地の隙間から飛び出す――




「――容易(イージー)だ」




 その瞬間、黒髪の青年の構えるスナイパーライフルが火を吹いた。

 銃口から飛び出した7.62mm弾は、音速を越えて摩天楼の間を進み続ける。


 青年はまだ、スコープ越しに標的(ターゲット)の姿を視認してはいない。

 にもかかわらず、撃ち出された弾丸は路地の隙間からたった今飛び出してきた標的(ハーピィ)の眉間を寸分の狂いもなく、完璧と言えるほど正確に――


『――なんだッ!? 標的(ターゲット)が失速、落下! 追跡隊、状況を報告せよ! 繰り返す――』


「おいおい嘘だろ……500mは離れてんぞ……」




 ――撃ち抜いたのだった。





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