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ブルーノート~宝塚南高校ジャズ研究会~  作者: 伊勢祐里
第一楽章「宝塚南高校ジャズ研究会」
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二幕 10話「コンビニ」

 サクッとした音を立てて、七海がコンビニのホットスナックにかじりつく。牛肉コロッケと串に刺さった唐揚げを両手に持ちながら、まさに酒池肉林。ボロボロと衣のこぼれた七海のスカートを、奏が黄色いハンカチで拭き取っていた。


「あんた晩ごはん前にようそんなに食べんなぁ」


 めぐが腰元に手を当てながら呆れた声を出す。雲雀丘花屋敷駅前のコンビニで立場話をしている生徒は珍しくはないが、授業終わりと最終下校時間のちょうど間というタイミングのせいか、みなこたち以外の生徒の姿はなかった。口にコロッケを頬張ったまま、七海がもごもごと口を動かす。


「ドラムは疲れるんやって」


「オーディションだけやのに、今日はそんな叩いてへんやろ。太っても知らんで」


「オーディションの緊張感は、普段の練習の百倍くらいあるって! それにうちあんまり食べても太らん体質やし」 


 七海のその発言に、普段は温厚な奏とめぐが少しピリついた。みなこは慌てて、その場を取り繕う。


「き、緊張したんはそうかもしれんよな。人前っていうのはやっぱりパワー使うんかな? めぐちゃんピアノ発表会ん時とかどうやったん?」


「あー確かに疲れるよ。本番、特に人前やとパワー使うっていうのはあるかもなぁ」


 めぐはそう言いながら紅茶を口に含む。パッケージには無糖と表記されてある。


「へぇ、やっぱり本番は疲れるんや」


「人の目があるっていうのはやっぱり違うで。みなこは人前で演奏とかしたことないん?」


「うん。ずっと家で練習してただけやったから」


「へぇ、てっきり中学の時に文化祭とかでやったことあるんかと思ってた」


「楽器してたのが私と七海くらいやったから。どっちかというと人前は苦手やし……」


「それでよくバンドを組もうなんて約束したなぁ。奏は人前の経験あるん? 昔からベースやってたんやろ?」


「私は転校が多かったから。でも中学三年生の時の文化祭、クラスで演劇をやったんだけど、その時にエンディングが生演奏で。そこが唯一人前での演奏かな」


 気恥ずかしそうに奏は笑みを作った。転校の多かった彼女にとって大切な思いなのだろう。めぐは、眦を下げて奏の懐へと入っていく。


「奏、なんか嬉しそうやなぁ」


「そんなことないよ」


「嘘やぁ、顔がにやけてるでぇ」


 めぐが奏に抱きついた。背の低い彼女は、奏の胸元に顔をうずめた。


「二人でくっついてずるいー。うちもー」


「七海はそれ食べてからにせぇ」


 ひっつくこと自体は拒否しないんや、とみなこは心の中でツッコミを入れる。そもそも拒否する権利は奏にあるのだけど。片手で七海を押さえながら、めぐは「羨ましいやろ」と言いたげにしたり顔だ。 


「にしても、七海も奏ちゃんも合格して良かったなぁ」


「まさか私も選ばれるとは……」


 ひっつくめぐの頭を撫でながら、奏は少し眉根を下げた。気を使っているのかもしれない。奏はそういう優しい子だ。めぐが顔をくしゃっと潰しながら、奏を見上げる。


「落ちた私たちのことは気にせんでええで。力なかっただけやから。それに次は絶対受かってみせる!」


「そうやな。奏ちゃん気にせんといてな。むしろ、奏ちゃんが受かって嬉しいんから」


「ほんとに?」


「もちろん。次こそ私たちも受かるから、次は絶対一緒に演奏しよう! やから次のイベントは奏ちゃんも頑張って!」


「分かった……! 私、花と音楽のフェスティバル頑張るね!」


 奏は人に気を使うタイプなのだろう。下手に喜べば、こちらが嫌な気持ちになるのでないかと心配してくれている。その性格を少しは七海も見習って欲しい。だけど、奏が受かって嬉しいというのはみなこの本音だ。オーディションの結果、自分が落ちた悔しさよりも七海や奏が受かった祝福の気持ちの方が大きかった。その気持ちをしっかり伝えれば、奏はちゃんと喜んでくれる素直な子なのだ。


「奏はともかくとして、七海は頑張らんとなぁ」


 奏に抱きついていためぐが、ありったけ可愛らしく声を上ずらせて、からかうように言った。七海はその言葉を素直に受け取り、鼻息を荒くする。


「うちも頑張るでドラム!」


「ドラムもやけど数学やろ。川上先生に言われてたん。赤点取ったら本番は出られへんって」


「そうや数学やー、みなこ助けてー」


 普段からやっていない罰だ。泣きすがってくる七海のおでこを、みなこは人さし指で突いた。


「いたっ」


 オーバーなリアクションを取ってよろけながら、七海はうるうると瞳をうるませた。本気で頼んでいる時の目だ。せっかく合格したオーディション、本番に出たい気持ちは本物ということだろう。



「みなこぉー、唐揚げあげるから数学教えてぇー」


「いらない」


 七海は、なぜ不機嫌なのだと言いたげに唐揚げを頬張る。みなこだって唐揚げを食べたい。だけど、そういうわけにもいかない乙女事情があるではないか。


「七海は、そういうとこ気をつけないと。私やからええけど、そのうち誰かと喧嘩になるで」


「どういうとこ?」


「そういう無自覚なところ」


 わざとらしく拗ねたように、ふんと鼻を鳴らす。こんがりと美味しそうな唐揚げの匂いがみなこの鼻をかすめた。

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