これが「因果応報」ってことですか?
「これで邪魔者のエレノアはいなくなった。今夜はぐっすりと寝られそうだ……——」
そう呟いて、王太子ジェラードは寝酒の入ったグラスを干し、ベッドに横になった。
*
「あー、よく寝た」
ジェラードは起き上がり、背伸びをする。
「えっ?」
−−この声は、エレノア?
えっ!? この部屋は、エレノアの部屋ではないか!
どういうことだ?
「お嬢様。お目覚めですか?」
そう言いながら、部屋に一人の侍女が入って来た。
−−この者は、確かエレノアの侍女のサマンサ。
「お嬢様。今日も朝から夜まで、王妃教育となっております。急ぎ、王宮へと向かいませんと」
「えっ?」
「どうされたのですか? 今日のお嬢様は、少しおかしいですよ?」
サマンサは、額同士をくっつけて熱を測った。
「あっ」
「熱はないようですが、何処かお身体が悪いのですか?」
「いや、そういうわけでは……」
「そうですか? では、準備しましょう」
顔を洗い、歯を磨いたジェラードは、ずっと違和感は感じていたが、鏡に映った自身の姿を見て目を見開いた。
「エレノア!?」
「お嬢様? 大丈夫ですか?」
「えっ、あっ、うん」
ジェラードは内心ではパニックになりながらも、椅子に座って平然とした様子でサマンサが髪を結うのに身を任せていた。
−−どうして、エレノアに?
自らの手を眺め、顔を触ってみてもやっぱりエレノアの身体であった。
−−入れ替わった?
いや、だが、エレノアは処刑したはず。
目の前で、首をはねたのだ。
生きているわけがない。
訳が分からぬまま、ジェラードは王宮へとやって来た。
そのまま、何時も彼女が王妃教育を受けている部屋まで通され、先生の指導が始まる。
授業は隣国の古語であった。
「エレノア様、いかがされたのですか? いつもは簡単に話されますのに。お身体の調子でも悪いのですか」
「いえ……」
−−隣国の現代語だけではなく、古語まで学んでいたのか?
そんな難しいことが、私に分かるわけがないだろう!
そんなものが、本当に必要なのか?
ジェラードは、出来ないことに腹を立てて、部屋から去ろうと立ち上がった。
その瞬間に、勢い良く部屋の扉が開き、自分の姿をした者が中に入って来た。
「エレノア! お前、リナを苛めていたそうじゃないか! よくもそんなことが出来るものだ!」
「えっ?」
−−私? 何故?
「次にまたリナを苛めたら、ただじゃ置かないからな!」
それだけ言うと、さっさと去って行った。
ジェラードはあまりの慌ただしい状況に頭が追い付かず、ぽかんとする。
その間に、サマンサをはじめとした侍女達が話し始めた。
「なんとお労しい」
「濡れ衣も良いところですわ」
「エレノア様は王妃教育が忙しくて、それどころではないと言うのに……」
「恋は盲目と申しますけれど、王太子様のは、あまりに酷過ぎます」
「このままでは、この国の行く末が心配です」
「エレノア様、どうかこの国をお願いいたします」
「エレノア様だけが希望です」
「こら、お前達、そこまでにしておきなさい。聞き咎められたら、不敬罪で処罰されますよ」
先生に注意されて、侍女達は口を閉じた。
−−どういうことなんだ?
私がエレノアで、さっきの私は一体誰だったんだ?
まさか、中身はエレノアなのか?
訳が分からない。
ジェラードはその後、自分の姿をした者に話を聞けば、何か分かるかもしれないと思い、接触しようと試みた。
だが、全く相手にされず、会えても忙しいと言われて、取りつく島もなかった。
結局、ジェラードはどうすることも出来ずに、そのままエレノアとして日々を過ごした。
−−息が詰まる。
何故、こんな生活を送らなければいけないのだ!
クソッ。イチャイチャしやがって。
この日も王妃教育を受けている部屋の窓から、彼の本来の姿をした者とリナがベンチに座って、ベタベタと触れ合っている様子が見えた。
思い通りにならず息が詰まるような生活にイライラし、堪え兼ねていたある日のこと、王宮のいつもの部屋に兵が押し寄せて来た。
「エレノアを取り押さえろ!」
ジェラードは、彼の姿をした者の命によって、兵達に拘束される。
「どうして?」
訳が分からず、ジェラードは困惑する。
「どうしてだって? 分からぬのか? 自分の罪が!」
「えっ?」
「お前の所為で、リナは階段から突き落とされて大怪我をした。もはや、許せぬ!」
「嘘だ! 私は何もしていない! 冤罪だ!」
「うるさい! さっさとその者を処刑しろ!」
ジェラードの反論を遮って、彼の姿をした者は怒号を発した。
それに従い、一人の兵が剣を構える。
ジェラードは迫り来る凶刃に怯え、思わず叫んだ。
「ウワー−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−」
*
−−−−−−はっ!
ジェラードは布団を跳ね上げ、自分の身体を触って、その感触を確かめる。
「い、き、てる?」
纏っていた衣が汗で肌に張り付く不快感に耐えられず、彼はそれを引きちぎるようにして脱ぎ捨てた。
「ハァー。 ゆ、め? だった、のか……。死んでも煩わせるとは、本当に嫌な女だ。クソッ!」
彼は、忌ま忌ましそうに顔を歪め、拳でベッドを叩いた。
−−今の夢は、ただの夢だ。
エレノアは冤罪なんかじゃない。
処刑されて当然なんだ!
私は、何も悪くない。
何も……————————。
*
「こんな『復讐』で本当に良かったのかい? あの男には良心の呵責による苦しみや改心はとても期待出来そうにないけれど……」
ここは所謂、死後の世界というところらしい。
あまりに理不尽な理由で殺された少女を憐れみ、神と呼ばれるような存在が彼女に一度だけ復讐の機会を与えた。
その結果が、男に見せたあの夢であった。
「そうですね。それは、とても残念です。ですが、ある国に『因果応報』という概念があります。復讐すれば、私にもその報いがきっと返ってくる。だから、相手にとって『嫌がらせ』になるくらいがちょうど良いのです」
「ふふ。そうか。そうだね。君には嫌がらせに、あの男の子供にでも生まれ変わってもらおうかな?」
「えっ!? それは、嫌がらせの域を超えていますよ! あれの尻拭いをさせられることになる子供に生まれ変わるなんて、最大級の罰じゃないですか!」
「ハハ。冗談だよ。本当に嫌なんだね」
「ええ。もう二度とあの者とは、関わり合いになりたくありません」
「心配しないで。君の魂はとても疲弊しているから、しばらくはここでゆっくり休むことになるよ。どうか、良い夢を見てね……」
その神が話し終えるのと同時に意識が無くなり、彼女は永の眠りについた。
お読み下さり、ありがとうございます。