第一話 ヘルハウンド
「ケイゴ ちょっと待ってよー」
「……だから今回は着いてくるなって言ったんだよ」
「ちょ! 冷たいわねえ… あたし達パーティーじゃない!」
「……例えそうだとしても ここは未開で 何があるか分かんないだろ」
俺は、決して近づいてはならないと言われる『隠遁の森』に向かっていた。この国で立ち入る者は、誰一人いないと言われている森だ。ここにも、依頼の手がかりがあると思った俺は森を探索する事にした。宿場町『スガーク』から約一日かけ『隠遁の森』の麓で野宿し森へ入った。
「ちょっとケイゴ……少し休もうよ ヘトヘトだよ…」
…しょうがないので近くにあった木の根元で座り休憩を取る事にする。
「もう 昨日から野宿とか 少しハード過ぎない?」
「……お茶くれ お茶」
「はいはい ちょっと待ってね……って!あたしはケイゴのお茶くみか!」
「そんな怒るなよ かわいい顔が台無しだぜ」
「…おっ 怒ってなんかないわよ しょうがないわね 今 お茶入れるから」
「……」
(ちょろい……ちょろすぎるんだが…)
さっきからギャーギャーうるさいのはテレジア。この『異世界』の住人でトレジャーハンターを目指す駆け出し冒険者だ。ビノール村出身で村長の孫娘。悪いやつではないのだが…とにかくうるさい… けど、かわいい。こう見えて草木のエキスパートで解熱剤や化膿止め等、旅に必要な薬を全て草木で生成して持ち歩いてる。必要以上に世話を焼きたがる、俺と同い年の十九歳。
「ねえ…… ねえったら ケイゴ! 聞いてるの?」
「…ん? ああ 聞いてるよ」
「この先は『魔獣』ヘルハウンドが出るのよ! ちゃんと話を聞いてよ もう!危険な『魔獣』でランクSなのよ! S! 今までの『魔獣』とは訳が違うのよ」
「……聞いてるよ 説明続けてくれ」
「いい? ヘルハウンドは……」
一生懸命、説明を続けるテレジア。健気だ……でも俺は話半分上の空だった。
(地図にのってる遺跡を巡っていけば『ケリュケイオン』にぶつかると踏んでいたが、たまたま『タウマス遺跡』で一つ見つかったに過ぎない……捜索する場所を限定し過ぎず森や湖を探索範囲に入れたほうがいいのかもな……)
「以上がヘルハウンド対策よ ケイゴわかった?」
「…ああ サンキュウー さすがテレジアだな」
「フフン まあね!」
少し褒めるとこれだ……ドヤ顔、これが一番イラッとするが… かわいい。
グルルルルルッ!
「ヒッ! ケイゴ……後ろ 後ろの木の陰……出たああああ!ヘルハウンド!」
ガクガクしながらテレジアは俺の後ろの木を指差した。ヘルハウンドの群れが威嚇いかくしながらジリジリ間合いを詰めてくる。ヘルハウンドはオオカミが突然変異した双頭の『魔獣』だ。知能も高く、五~六匹の群れで行動を共にしている。大きさは虎やライオンと変わらない。度々、街道沿いに現れ家畜を襲ったり貿易商人や冒険者まで襲うという話だった。
「こいつは生け捕りで売れるのか?」
「そっ そんなの売れるわけないでしょ! さっさとやっちゃってえー!」
「…そっかあ 売れないんじゃ しょうがないな」
以前、俺達はシールドコートと呼ばれる魔法防御が備わった皮コートの素材として、マジックボアという『魔獣』狩りをした事がある。生け捕りで店に持っていけば中々の稼ぎになったのだ。
俺は立ち上がり、武具の町『アインティーク』で作ってもらったばかりの剣を抜いた。
(…動きは素早そうだが あら…テレジアの言ったとおりだ…ガッカリすぎんぞ)
ヘルハウンドが二匹同時に飛びかかって来た!
「お前等…飛んだら負けじゃね?」
ズバッ! バリバリバリッ!
俺に飛びかかって来た一匹のヘルハウンドの首を下から斜め上に剣で跳ねあげた。もう一匹には覚えた魔法、『サンダー』を着地と同時に浴びせる。一瞬で黒焦げになり二匹は『魔石』だけを残して消滅した。それを見ていた残りのヘルハウンドは森の奥へ逃亡した。
「やっ……やったわね! さ…さすが あたしが見込んだ冒険者よ!」
「ガクガク震えて動けなかったのに良く言うぜ…それになんでドヤ顔なんだよ」
震えて動けなかったわりに、しっかり『魔石』を拾ってる……
(やっぱテレジアは色々知ってるな……伊達に二年もの間、情報集めで国中の町を歩き回っていた訳じゃないな。さっき、ヘルハウンドの対策を聞いてなかったら、こうも簡単に退治できなかったろうし…『ヘルハウンドは最初に何匹かが前に出て飛びかかる習性があるらしいの そこを逆手に取って空中に浮いてる時に攻撃するのがチャンスだからね』でも、口に出して言うのは辞めておこう……図に乗るだろうから)
「これでしばらくヘルハウンドの群れは襲ってこないわ 一度、負けを認めた相手には相当慎重になるみたい」
「そうかあ? それって街道沿いでの話なんだろ? 逆に俺達は、森の中に進んで行くわけだ やつらのテリトリーに入っていくんだから状況変わるんじゃね?」
「……そ…そうなのかしら?…… 」
「考えてみろよ 追い詰められたネズミは猫にだって襲いかかるって聞いた事あるぜ あいつ等の立場で考えたら 俺達があいつ等を追い詰めてる事にならないか?」
「……どうしよ…ねえ どうしたらいいのよ!?」
「なんとかするしかないだろ ヤバいと感じたら即逃げろよ?」
「いっ 嫌よ! こんな森一人で逃げるなんて 無理!絶対無理!」
「……ふう… だからついてくんなって言ったんだよ」
「だって 人が何百年も立ち入ってない森の探索よ? こんなチャンス滅多にないわ 新種の草木もあるかもしれないし冒険者として名を挙げるチャンスなの!」
テレジアは腰に手をおきドヤ顔でポーズを決める。
「……とにかく そろそろ日も落ちるから 早目に今夜の寝床探すぞ」
「 …二日連続野宿…ああああ! お風呂入りたい……」
俺達は、野宿する良さそうな場所を探しに動き出した。少し歩いたところに大きな岩で行き止まりになった開けた場所に出た。ここなら岩を背にして寝てれば前だけ警戒しとけば問題無さそうだ。
「ここでキャンプをするか」
「オッケー ケイゴは適当な燃えるもの拾ってきて あたしは昨日、摘んどいたキノコで何か作るから」
「了解 なんかあったら笛鳴らせよ?」
「わかった 気をつけてね」
『タウマス遺跡』の調査で組んだ時、テレジアに渡され、お互い危ない時は笛を鳴らし合おうと言われた。渡された笛は持っているが、俺は一度も鳴らした事が無い。鳴らしたところで、ピンチがさらにピンチになる事は分かりきっているからだ…無論、テレジアは年中ピーヒャラと鳴らしまくりだ……