第十六話 グルグル
首都『オリオスグラン』ケイゴ宅
(ケイゴ……何処まで行っちゃったのかしら…… こんなに心配させて……)
ミルクを前にちょこんと椅子に座るケイナを見て、そんな事を思うテレジア。テレジアは立ち上がりケイゴが何を持っていったのか、それとも手ぶらで出て行ったのか確認するためケイゴの部屋に入った。テレジアはケイゴのショルダーポーチがあるのを確認すると、小さめの衣類を入れたタンスの上にある腰袋を手に取った。
(ん……お金入ってるわ おかしいわね 出掛けるのにお金も持たないって…)
テレジアは手に取った腰袋をタンスの上に戻した。その時、テレジアが以前預けた瓶に入った傷薬を落としてしまった。
カシャン
瓶が何か堅いものとぶつかった音がした。 瓶を拾おうと手を床に伸ばすと、薄く小さな鉄板も落ちていた。
(これ……家を借りた時からあったのよね……こんな所に立てかけて危ないわ)
テレジアは鉄板をタンスの上に乗せておこうと取り上げると、壁に模様があった。『トヨスティーク』でケイゴに教えた、大きな石の根元にあった模様だ、いつもケイゴが身に着けている指輪の模様がそこにあったのだ。
(何これ……なんなの… この模様…やはり何かケイゴと関係あるのね……)
テレジアは以前、『アインティーク』でケイゴと何日かだが『魔獣』狩りをしていた時にケイゴが数日『トヨスティーク』に戻ると言い、心配になって後を着けた事があった。その時は見間違いと思って、あまり記憶に留めていなかったのだが大きな石の根元からケイゴが消えていった様に見えていたのだ。
「……テレジア… …どこ?」
ケイナが独りで居るのに気付いたのか、テレジアを呼ぶ声が台所からした。テレジアは台所に戻る。
「大丈夫よ ケイナちゃん 何処にも行かないわ」
ケイナは立ち上がりテレジアにしがみつく……
「ケイナちゃん 寝ましょう ケイゴも明るくなるときっと帰ってくるわ」
「……明るくなると? 本当に?」
「……えっと たぶん? とにかく寝ましょう ケイゴは必ず帰ってくるわ」
「……うん」
テレジアはケイナを連れ、自分のベッドにケイナと寝て待つ事にした。横になったテレジアは過去、ケイゴと出会ってからの行動を思い出していた。『トヨスティーク』で消えた件、『タウマス遺跡』の報酬で、はじめに約束した『宝から一つだけ何でも貰う』条件をつけた事。その後、数日消え貰った宝を売ったという話、『オリオスグラン』のこの家を、三軒目の物件を見る前に決めた事… 考えると不可思議な事が思い当たる節があった。
時系列で追えば『トヨスティーク』で消えてから『タウマス遺跡』で数日居なくなり宝を売ったという期間は約一ケ月……他にも一日~二日、消える時がある。思い返せば、約一ケ月で不可思議な行動が見られるのだ。テレジアは来月行動するであろうケイゴを監視する事にした。言い逃れ出来ない証拠を突きつけ、本当の事を聞き出すために……それまでは気付かない振りをする事に決めたのだった。
ゴトッ
かすかに音がした。ケイゴの部屋からだろか……体を起こした瞬間、ケイナが飛びあがり叫んだ。
「ケイゴ! ケイゴが帰ってきた!」
ケイナは走ってケイゴの部屋に向かった。
(そんなはず……玄関こっちなのにどうやって……)
テレジアが疑うのはもっともだ。ケイゴの部屋には窓がないのだ…… ケイゴが自分の部屋に行くには玄関から家に入り歩いて、この部屋から見える場所を通らないと行けないからだ。テレジアはまさかとは思いながらケイナの後を追った。
部屋には靴を履いたままのケイゴがいた……
「ケイゴ! ケイゴ! 何処に行ってたんじゃあ! 」
「すまなかったな ケイナ 起きちゃったのか… ごめんな……」
「ケイゴ…… 何処から帰ってきたの? いや…何処に行ってたの?…」
「あっ…テレジア すまん… あれだよ 町の外の川で魔法の練習していたんだよ すまん 内緒で練習して……」
どう見ても、ケイゴは動揺している。テレジアも訳が分からなくなっていた。靴は履いてるし、どうして玄関を通らず部屋にいるのか……
(どうせ本当の事は言わないだろうし やはり泳がせるしかないわね……)
「まあいいわ…… でもケイナちゃんを心配させたのは許せないわ! この子がどれだけ心配したと思っているの? わかっているの? ケイゴ!」
「いいのじゃテレジア もういい…… ケイゴが帰ってきたからいいんじゃ」
ケイナはケイゴに抱っこされ泣きじゃくっていた。ケイゴは申し訳なさそうにケイナを見つめる。
「……それはなんなの?」
床に落ちてる袋をテレジアが指差した。
「…あ ああ これおみやげ みんなで食べようと思ってな」
ケイゴはケイナを抱きかかえたまま、袋を拾い台所へ向かう。袋から出したそれは見た事ないグルグルしたスポンジ状の物体だった。ケイナを椅子に座らせ自分も台所の椅子に腰掛ける。
「テレジア ケイナにミルク暖めてやってくれ 俺はお茶」
ケイゴはテレジアに頼むと包丁でグルグルした物体を均等に切りだした。
「美味しそうな匂いじゃ! ケイゴこれは食べ物か?」
「ああ 美味しいぞ 食べてみろ」
ケイゴは小皿に切り分けたロールケーキをケイナの前に置く。ケイナは顔を近づけ匂いを嗅いだ。
「ケイナ 行儀悪いぞ ちゃんと食べれるから ほらっ」
ケイゴが千切ってケイナの口に運ぶ。ケイナは小さな口を大きく開き、ロールケーキを頬張った。
「うっ 美味い! ケイゴ美味いぞ! 何と言う食べ物じゃ!」
すっかり泣き止んだケイナはロールケーキに夢中だ。
「ロー……それはグルグル… うん、グルグルと言うんだ!」
「グルグル?」
「そう! グルグルだ まだあるからもっと食え」
「うん!」
ケイナはロールケーキを頬張りご満悦。テレジアは一部始終を見ておかしな事に気付く。ケイゴが言ったグルグルと呼ぶ食べ物の包みをケイゴは自分のポケットに入れたのだ。何か書いてあるに違いない、包みをケイゴから気付かれずに取り出す事にした。今すぐは無理だろう、風呂にでも入った時に包みを確認する事にした。
「どうした? テレジアも食べろよ」
「……何処に売っていたのよ?」
「えっ?…… あ ああ 新しく出来た店だよ」
「……」
(どう考えても今やってる店なんか無いでしょ!)
そう思ったテレジア。その時、頬に流れ落ちるものに気づいた……涙が頬を伝っていたのだ。
(あれ……どうしてだろう なんで涙が……)
それを見たケイゴは下を向き黙っていた。テレジアは気がついた、涙の訳を……自分はケイゴを信じているのに、本当の事を言ってくれないケイゴ……たぶん、言えない事情があるのだろう、でも自分には話して欲しい……
ケイナがテレジアの異変に気づいた。ほっぺたにクリームをべったりつけた顔で
「……テレジア どうしたの? テレジアの分もあるから泣かないで……」
テレジアは心配させちゃいけないと、涙を拭いケイナに答える。
「あくびよ あくび! さあ… あたしも食べようかしら!」
「美味いぞ このグルグルは! テレジア食べよう!」
下を向いていたケイゴも顔を上げ
「ああ 食え食え 美味いからみんな食っちまえ!」
外は薄い紫色にになり、段々と明るくなっていく……もう朝になる。