第69話 いらっしゃいませ⑤ー3
気がついたのはお料理の時でした。時々指先の感覚が分からなくなり、物を取り零す事があったのです。疲れてるのかな? とか、寝不足かな? とか、その頃には家族に対する信頼もあり日々が楽しかったので、深刻な問題として捉えたりしませんでした。
でも、それが起こる間隔が段々近くなっていきました。そのせいでプラムちゃんにお料理を教えている時に取り零したり、動きにぎこちなさが出てしまったり。誰かの迷惑になるのは嫌だったので、上手に隠しながら生活してました。
途中お店に来られたご主人様の昔の上司様が、私を視界に入れた後に二度見してきてドキッとしました。そしてジーっと見てくるのです。バレたんだろうか……私は大丈夫だから心配して欲しくないなと祈っていたのですが、どうやらバレてなかった様です。あの時は少しドキドキしちゃいました。
毎日が凄く楽しくて、それを壊したくなくて。
でも段々、隠せなくなっていって。
そんな不安を煽る様に、カミラちゃんとプラムちゃんったら、とても怖い話をするんです。何なんですか黒い塊って。漠然としすぎていて、私の身体の動かない感覚が強い時にそれと出会ってしまったら……恐怖です。もう怖くなってしまって。一人で居られませんでした。
そしてそれを恐る恐るご主人様に相談しに行きました。馬鹿だなー早く寝ろと、言われるとは思ってました。でも……少し話すだけでも落ち着きそうだったので行ってみました。するとまさかの事態です。ご主人様と一緒に寝る事になりました。
おいで、と言ってくれたご主人様の言葉が暖か過ぎて言葉に詰まりました。そして、朝までご一緒させて頂いたのです。とっても安心しました。誰かに護られている感覚が凄く凄く優しくて。少し、泣きながら眠ってました。ご主人様には内緒です。
だけどそんな中、私の身体はどんどん言う事を聞かなくなっていきました。遂にお皿を割ってしまったのです。本当に申し訳なくて、でも叱ったりしない優しい人なのは良く分かっていたので、余計に申し訳なくて。
もう一度ちゃんと謝ろうと、またご主人様の元を訪ねました。でも本当は……ちょっと嘘なんです。動かなくなる身体が不安で怖くて。本当は、その黒い塊が私を食べているんじゃないかって。だから……ご主人様に、その……甘えたくて。ついお皿を言い訳に、訪ねてしまいました。
きっとご主人様は優しいから……。と、すぐに思っていた通りの状況になりました。申し訳ありません、実は私、少し狙って来ていました。ご主人様と一緒に眠るのはとても安心出来るので、その時だけは不安な事も何も感じなくなるので……。本当にありがとうございます、ご主人様。