第67話 いらっしゃいませ⑤ー1
不思議な夢を見ていました。
とても寒くて冷たくて、どんどん身体が動かなくなっていって、何も分からなくなってしまって。だけど、どこかハッキリしている所もあって。
あの時、私はどこにいたのでしょうか。
グルグルと意識が回っていた気がします。色んな事を考えて、色んな事を思い出して。
里が襲われ家族で捕まり、もう逃げられなくなってしまって。そしてお姉ちゃんが商品として矢面に立つ事で一時的に家族の安全を保障され、だけどそれも上手くいかなくて。このままじゃ遠からず来る未来で家族全員酷い事をされてしまう。私に声が掛かったのは、そんな追い込まれた状況の時でした。
目の前にいた男性はとてもオドオドしており、店主様に圧倒されっぱなしで。この流れに乗れば、私の様な価値のない存在でも買って頂けるかもしれない。そんな事を考えて、必死に頭を下げました。
すると、驚く程すんなりと購入して頂けたのです。本当はとても驚いてました。私なんかを買う意味があるとは思えなかったので。だけれどもご主人様はとくに不満な様子を見せる事なく、私に仕事と住居を与えてくれました。
ご飯も同じ物を同じテーブルで。仕事も奴隷としてではなく従業員として。家では風呂も寝床も与えて貰え、酷い事など何一つされませんでした。信じられない状況です。
本当はとても怖かった。痛い事をされるかもしれない。間違えると、失敗すると叩かれるかもしれない。少しでも役に立たなければ……元の店に返されてしまうかもしれない。そうなると……家族が大変な事になってしまう。
だから私は必死に必死に考えて。少しでも役に立てる様に振る舞いました。けれどその度にご主人様はキョトンとするばかりで、ありがとうと頭を撫でてくれるのです。
不思議な気持ちでした。私はこの人とどう接していけば良いのだろう。とにかく頑張っていけば良いと思っていたのですが、どうも少し違う様です。なので……勇気を出して、少し本音を言ってみました。
欲しい物は? と問われ、最初は遂に試される時が来たのかと一瞬身構えました。しかし、すぐに態度を改め、出す言葉を変えてみたのです。パンを……食べてみたいと。
憧れだったんです。偶然、奴隷として商店に運ばれている最中にそのパン屋の前で少し止まり、匂いを嗅いでしまいました。とても……魅力的な香りがしました。手を伸ばせば届きそうなのに、星の様に遠いパン。けれど分かっていました。食べられる機会など、もう二度とない事くらい。
そう認識していたパンを……お願いしてみても良いのだろうか。少し不安でしたが、寧ろ言っているご主人様本人が一番不安そうな顔をしていたので、思い切って言ってみました。
すると、二つ返事で良しとされたのです。信じられませんでした。こんな事が……私に許されるなんて。
その日は売り切れていて買えなかったのですが、その買えなかった時の様子からご主人様が本気で買ってくれようとしている事が伝わってきて、翌日が楽しみで良く眠れませんでした。こんな事、初めてです。
そして翌日本当にパンを買ってもらい、ミルクまで与えて貰い、好きに食べても良いと言われ食べ始めると、余りの嬉しさに色んな物が込み上げてきました。でもその込み上げて来た色々の中に……お姉ちゃんや家族も当然混ざっていて……嬉しいのに、とても失礼な行動をしてしました。
折角買って頂いたのに……申し訳なくて。でも、お姉ちゃんとも一緒に食べてみたくて。泣いちゃダメだって思ってたのに我慢出来なくて。
そんな私を……ご主人様は抱きしめてくれたのです。大丈夫だよと、頭を撫でてくれるのです。その時のご主人様の服の匂いがとても優しくて……余計に涙が止まらなくて。頭を撫でる手がとても大きくて優しくて。
凄く暖かくて。
ましてやお姉ちゃんの購入を目標にするなんて事を私に言ってくれて。嬉し過ぎて、幸せ過ぎて。でもまだそれを信じ切れなくて。
私はこの人を信じても良いのかな?
そんな風に考え始める自分がいました。