第165話 姉のその後④
「内容はクリスに任せよう、我は忙しい身でな。単刀直入に我はお主らに何をすればいいのじゃ?」
「既に済んでおります、こうして挨拶する事こそ目的でありましたので」
「何と殊勝な奴め! 気に入った! また何かあれば我を訪ねるが良い、これを渡しておこう」
「え、これって……」
クリス様の方を見ると薄く笑いながら僕の方にウインクしている。この人立ち回りが上手すぎる……。
渡されたのは炎のマークの入った一枚のカードだった。これもしかして……。
「それがあれば許可なく我に直接通ずる事も可能じゃ、但し一度切り、使いどきを見極めよ! ヌハハハハハハハ!!」
「あ、ありがとうございます」
「時にお主」
「は、はい」
「変わった魔力をしておるな、特異魔法か?」
「え、あ、はい」
「何の能力じゃ?」
「えっと……調腹能力です」
言っちゃった……言わせられた……。
「何? 調腹? 何とそれはまた珍妙な、では腹を下した時は主を頼るとしよう! ヌハハハハハハハ!」
「恐れながらガンディス様、記録上体調不良などここ四十年起こしておりません」
「当たり前じゃぁぁぁぁ!!! 己の体調も律せずして何が将か!!! 我こそはガンディス・ガルガイル!!! 炎将也!!!」
地面と建物が揺れている……とんでもない人だな……。
「ではこの者たちはこれにて退席させます」
「お、御目通り感謝致します」
「うむ、達者であれ!!」
でも隣にいるレミリアと、その鞄の中に隠れているミールが平気な辺り、レミリア周辺への圧は避けていたという事なのだろう。凄まじい迫力と緻密な魔力コントロール。ここまで間近で見たのは初めてだけど、相変わらずガンディス様はガンディス様だった。
めちゃくちゃ汗かいたな……。
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「タイミング的には頃合いの筈だ、恐らくあの中庭の辺りで自主トレをするくらいの時間の筈」
「レミリア、いよいよだよ?」
「は、はい……」
遠くから眺める事しか出来ない、そう聞いていた通りだけど、コッソリとではなく廊下の窓からしっかりと覗かせてくれるらしく、場所へ案内してくれるクリス様の後に続く。
「いたな、あそこだ。見えるか?」
「えっ!?」
レミリアがいち早くその指の示す先へと視線を向ける。そこには……同じ年齢くらいの二人の女の子が剣を振っている最中だった。
そしてその剣を振る二人の内、一人が。
レミリアをそのまま成長させた様な……狼の獣人だ。
「お、お姉ちゃん……お姉ちゃんだ……」
「ちゃんと、君の姉だったか?」
「は、はい、お……おね……お姉ちゃんです」
「良かったな、レミリア」
「はい……本当に……良かった……」
ポロポロと涙を零しながら、言葉を出す事も忘れてただ姉の姿を見つめるレミリア。
やっと……合わせてあげられた。
もう僕らと一緒に暮らすのは難しそうだけど……所在と安全がハッキリしている分、そこは本当に良かった。でも剣を振ってるのは……?
「あの……レミリアのお姉さんは何を?」
「あぁ、本人たっての希望でな。主人が剣を振るのであれば共に在りたいと訓練を共有している。筋はオリヴィアの方が見込みがある程だ」
「そういう事でしたか、という事は戦場に?」
「出る……事になるだろうな。だが間違えて欲しくないのだが、一切強制はしていない。本人が救われた恩義に忠実にありたいと強く希望してきたのでな」
「ふふ、……お姉ちゃんらしいです」
どうやら絶対に安全な場所、という訳でもないみたいだけど……あんなに活き活きとした表情で剣を振るえているんだ、パートナーになった勇者は良い人だったのだろう。
ふぅ……本当に……良かった。
肩の荷が一つ、降りた思いだ。