第152話 いらっしゃいませ⑥
まだ夢を見ているかの様な不思議な心地、現実がなんなのか理解が追い付かない。
普段は小隊を支えてくれているカサビムさんのお陰でここまでの危機に落とし込まれる事なんて殆ど無いので、そもそもが異質な時間。
今思えば、確かに始まりから少し蛇行感や、森に入ってからの違和感もいつもとかなり違っていました。
でも森に入った時点では、多分まだ大丈夫だった筈です。
でも未知の魔物との遭遇を皮切りに、それがどんとん大きな変化へと繋がり、遂には引き返せない所まできてしまう。
見た事もない歪で巨大なキメラ。
小隊を支える風の属性魔法の使い手であるニーナさんの攻撃を物ともせず、敏捷性すら兼ね備えたパワーファイターであるダリアさんの攻撃も肌を掠めた程度のダメージしか与えられない。
私は不測の事態に備えて動く訳にもいかない。でも……恐らく刻限は迫ってきていました。
ウチは勝てる敵とキッチリ戦うスタイルの小隊、格上との死闘経験はそれ程多くはありません。確かに無かった訳ではないのですが、そういう時は……誰かが側に居てくれて助けてくれたりと、やはり自分たちだけで打破した経験に乏しいと言わざるを得ません。
そんな中、ナビリスさんが前に出てくれて。
今ある手札から最適な攻撃を見極め、それを実行可能な状況にし、巨大な難敵を僅かな時間で撃破したのです。彼自身が何かをしたという程ではない筈なのに、問題は解決してしまった。
けれど、そこに驚き称賛を贈る間も無く、背後から新たな気配の察知を伝えるカサビムさん。
危険な状況は以前何一つ過ぎていない。
敵を倒してくれた彼の行いを無駄にする訳にはいかない。視界の範囲でニーナさんに攻撃が届いたのは見えていましたが、あの程度のダメージでどうこうなるニーナさんではありません。
問題は、やはり現状の打破。一刻も早くこの場を離れなければと声を掛けて進み始めます。
なのに……ここまで来てもやはり受難は続き、眼前に迫るは突破不能の敵集団。後ろからは回避不能の敵集団。
あぁ……森に入る時点での判断が甘かったのかな、でもあの時はそこまでの危険や危機は誰も感じなかったんですよね。
きっと状況が異常なんだ、これは予測出来る範囲の状況を越えています。そして……それに対応出来る力が私たちには無かったという事なのですね。
私たちはそれでも構わない、そんな世界に身を投じたのは自分自身だから。でも……隣で震える、こんな小さな女の子と、依頼主から頂いた任務を遂行出来なかった、というのは……心の底から申し訳なく思います。
そしてその謝罪の念からやや遅れて、恐怖が身体に纏わり付いてきました。
敵に捕まったら……どうなるんでしょう。きっと死ぬしかないですよね、い、痛い……ですよね。恐い。
恐い恐い恐い恐い恐い。
どうしてこんな事に?
おかしいな……コーラルカーンにいる筈のニーナさんの旧友を助ける為にここまで来たのにこんな所で? 嫌だ……恐い……。
もう……私一人ではどうにもなりません。
私は縋る様に……声を発しました。
「ナビリスさん、ど、どうしましょう……。一体どうすれば……」
「ご主人様……」
隣にいるレミリアさんも……とても怯えていて。当然ですよね、だって……こんな近くに【死】がリアルに接近しているのですから。
もうこれは……。
そう思った時、思いもしない言葉が、彼から返ってきたのです。
「仕方ない、僕がやろう」