8月4日(2)
「あれはまだ桜が咲いてた頃かな…」
東京某所の公園。
私はその公園のベンチに座っていた。
今日は彼氏とのはじめてのデートの日。
楽しみで楽しみで、昨日の夜は眠れなかった。
「おまたせ!」
さわやかな笑顔を浮かべこちらに歩いてくる青年。
白いシャツにに黒いジーンズというありきたりな格好。だけど、どこか惹かれてしまう。
彼が私の彼氏…。そして、はじめて私が好きになった人だった。
「ううん、私もさっき来たばっかだから!」
「そっか!それで、今日どこ行く?」
「うーん、お買い物したいかも!」
「それじゃあ近くのショッピングセンターに行こうか」
「うん!」
彼との会話一つ一つが楽しかった。
隣にいるだけで楽しかった。
だけど、楽しい日々は長くは続かなかった。
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彼氏の家に行った時、私は見つけてしまった。
「ねぇ、この女の人だれよ!」
彼のスマートフォンの画面。
そこに映るのは、アカネという女性の名前と「今日のデートどこ行く?」というメッセージだった。
これを見つけた時、私は信じられなかった。
嘘だと思った。嘘であって欲しいと願った。
だけど、現実はとても残酷だった。
「…ごめんな、ハルコ。俺、ほかに好きな人が出来たんだ。だから…もう別れよう」
「…もういい。あんたみたいのと付き合った私が馬鹿だった」
その時、私は何も考えられなかった。
考えたくなかったのかもしれない。
行くあてもなく、雨の中を走り回った。
たどり着いたのは、はじめてデートした時に待ち合わせをした公園だった。
「…はぁ、なんかもう全部嫌になっちゃったなぁ」
降りしきる雨の中、私は空を見上げた。
暗く灰色に染まる空は、まるで私の心を写しているようだった。
「…帰ろ」
家に帰り、濡れた服を脱ぎ捨てる。
そのままシャワーを浴び、寝間着に着替えてソファーに座った。
「はぁ、二股されてたなんて…なんで気づかなかったんだろ」
私はテーブルに突っ伏し、今までの日々を思い返す。
「ふぅ、なんかもういいや。考えても無駄無駄!寝ようっと!」
そう言って伸びをした私の頬には、二つの雫がつたっていた。
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「…そんな事があったんだね」
「そーなのよ…それから数ヶ月くらいは引き立ってたけど、急に吹っ切れて引きづらなくなっちゃったのよ!」
ハル姉は大きく深呼吸をしながら立ち上がった。
「なんか失恋話聞いてもらってスッキリしたわ!今日はなんだかごめんね!変な話聞かせちゃって…」
「ううん、楽しかったよ!ありがとう!」
「それなら良かったよ。それじゃ、遅くなる前に帰ろうか!」
「そーだね、帰ろ!」
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奥原村の道に出た時、世界は黄昏時を迎えていた。
連なる山々の隙間からオレンジ色の光が差し込んでくる。
「綺麗な夕日だね…」
「…そうだね。黄昏時って、唯一死者の世界とこの世が繋がる時間なんだって。だから、亡くなった人の霊が現れるのは黄昏時が多いって聞いたことある」
「え…なんか怖いかも」
「ははは!まぁ噂だからね!さ、暗くなる前にちゃちゃっと帰ろ!」
私とハル姉は、オレンジ色に染まる道を歩き家に向かった。
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「ただいまー」
家に着いたのは、夜の7時くらいだった。
「あ、ユメちゃん、ハル姉に変なことされなかった?」
「うん、全然!」
「それなら良かったよ、さ、ご飯できてるらしいからちゃっちゃと準備してリビングきなよ」
マサ兄は濡れた頭をタオルで拭きながらリビングへ歩いて行った。
「全く、男なのにお母さんみたいな奴ね…さ、ご飯食べに行きましょ!」
私とハル姉もリビングへ向かった。
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「ハルコ、今日はどこに行ってたんだ?」
「奥原村の方。元気とかの家の方よ」
「そっち行ったんだ。それじゃあ昨日とは逆方向だね」
「ユメちゃん、ハルコに変なことされなかった?」
「いえ、全然!」
「もう、お母さんまで…」
「はははは!」
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お風呂と歯磨きを済ませ、私は部屋に戻った。
窓から空を見ると、美しい星空が広がっていた。
私はベランダに出て、さらに広がる星を眺めた。
「綺麗だなぁ…」
これは東京じゃ見られない景色だ。
周りが明るすぎて星の灯りが目立たないから。
ずっと眺めていると、なんだか空に吸い込まれそうで、どこか怖さを感じた。
「おっす、ユメちゃん」
声をかけられ部屋の方を見ると、そこにはピンクの寝間着姿のハル姉が立っていた。
「あ、ハル姉…」
「星、見てたの?」
「うん、東京じゃなかなか見られないから…」
「そーだよね…向こうは夜も明るいから」
星を眺めるハル姉を横目に、私は大きな伸びをした。
涼しい夜風に吹かれ、虫の音に耳を傾けているとハル姉がこちらに向いた。
「ユメちゃん、好きな人いるんでしょ?」
「え?あ、えっーと…まぁ…」
「好きな人いるならさぁ、気持ち、早めに伝えといたほうがいいよ?気持ちを伝えてからフラれるなら諦めもつくけど…気持ちを伝える前に他の人に取られちゃったら一生後悔すると思うから…」
「ハル姉…分かった、私、頑張るね!」
「よし、その息だ!それじゃ、また明日ねー」
手を振りながら、ハル姉は部屋へと戻って行った。
「後悔か…たしかにそうだな…早く決心しなくっちゃ!」
ギュッと拳を握り、私はまた星空を見上げた。
続く。
投稿は不定期で行います。