8月4日
私とハル姉が向かったのは、昨日行った"風の丘"とは反対側の、田んぼの広がる農業地帯。
見渡す限り田んぼや畑で、田舎を思い浮かべる時に真っ先に考えつくような風景が広がっていた。
「ここって本当田舎だよねー、コンビニも無ければ病院もないし」
「ここって病院がないの?」
「まぁあることにはあるけど…ちっさな診療所だからね、大きな病気になったら隣町まで行かなきゃだよ。本当不便ー」
「そーなんだ…それは大変だね」
「そーなのよぉ〜、ま、でもいいとこも多いからいいんだけどさー」
そんな会話をしながら歩いていると、目の前に大きな橋が見えてきた。
「あれはねぇ、海望大橋って言うらしいよ。まだ作ってる途中なんだけど、高速道路が通るんだって。なんかあれを見ると、ここも静かじゃなくなるのかなーって、ちょっぴり不安になるのよねぇ…」
そう呟くハル姉の顔は、先ほどまでの顔とは違い、どこか寂しさを感じる切ないものだった。
「ま、こんな暗い話なんだやめて探検再開!!」
「お、おー!」
私達は、さらに道を進んだ。
ーーーーーーーー
家から20分ほど歩くと、ポツポツと数軒の民家が現れ始めた。どれもこれも大きな家で、東京じゃ考えられない景色だった。
「ここはちょっぴり民家の多い奥原村!うちはここから離れてるから奥原村には属してないんだー」
「へぇー、そうなんだね」
「うん、あ、そうだ!ここの村ってあなたと同い年くらいの子が何人かいるんだ!…今は見当たらないけど、今度ここに来ることがあれば挨拶でもしてみなよ!友達できるかもよー?」
「友達…」
その単語を聞いた時、なぜだか胸が苦しくなった。
友達…欲しいけど…なんだか怖い存在だ。
「…ん?ユメちゃん、どうした?」
「あっ…何でもないよ!こ、今度声かけてみるね!」
「うんうん、友達100人作っちゃおー!!…ま、100人もいないけど」
「ふふ、なにそれ」
「へへへ、さ、もう少し進んでみよーか!」
「うん!」
ーーーーーーーー
奥原村から少し進むと、奥原中学校と書かれた建物が現れた。
「ここって中学校?」
「うん、そう。ただここらは人が少ないから、小中一貫なんだけどねー」
「へー、そっか…」
ずっと都会で暮らしていた私にとって、田舎は新鮮なものばかりだった。
自然の多い景色、木でできた昔ながらの家、あたり一面畑の道…。
改めて私はマサ兄への感謝を覚えた。
「よし、それじゃちょっぴり森に入るけど大丈夫かしら?」
「うん、大丈夫だよ!」
「よーし、それじゃ行こうか!」
ーーーーーーーー
ハル姉についていくと、そこには薄暗い森への入り口があった。ここはちょうど学校の裏の森で、全く人の手が入っていない場所だった。
「どーよ、この自然!…東京にはなかなかないでしょ?」
「うん、こんな綺麗な森を見たの始めて…空気も美味しいし」
「それなら良かったよ…て、うわぁ!?」
「どうしたの?ハル姉…きゃあ!?」
私とハル姉の前に現れたもの。
それは、紛れもなく"蛇"だった。
「へへへへへ、へびぃ!!」
「は、ハル姉!?」
ハル姉はその場で尻餅をつき、ブルブルと震えている。
意外と乙女なとこあるのね…って、そんなこと考えてる場合じゃない、早く逃げないと!
蛇はこちらに気づいたのか、ゆっくりと近づいてくる。
「ひっ、こ、来ないで…!」
蛇は大きな口を開けシャー、と警戒音を出しながらどんどんとこちらに向かってくる。
「ハル姉、逃げないと!」
「こ、腰が抜けちゃって…立てないの…」
(しょーがない…ここは私がどうにかするしか…)
私が木の枝を拾ったその時だった。
「こらぁ!蛇!!か弱い女の子になにしとんじゃあ!」
そう叫びながら、一人の男の子が私達の前に飛び出してきた。
蛇は驚いたのか、近くの茂みに逃げていった。
「ったく、あのやろー、また人を襲いやがって」
前に立つ男の子に目を向けると、薄汚れたタンクトップに半ズボンを履いた、いかにもガキ大将のような後ろ姿をしていた。
「おい、大丈夫か…って、あんたハル姉ちゃんじゃねぇか!…か弱いとか言って損したぜ」
「あんたゲンキじゃない…って、なんか言った!?」
「イテテテ!!頬つねんなこのヤロー!!」
「あ、あの…ハル姉、その人は…」
「あ、こいつはゲンキ。中2だからあんたより年下。アホな奴だからあんま関わんない方がいいかもよ?」
「誰がアホだこら!!…で、その子は?」
「この子はユメちゃん。私のいとこ。…あんた、手出したら許さないからね!」
「だ、ださねぇよ、人聞きの悪い…まぁ、なんだ、俺はゲンキ。よろしくな、ユメちゃん」
元気はにっこりと笑い、手を差し出した。
その笑顔は太陽のように眩しく、無邪気なものだった。
「う、うん、よろしく…」
私も出来る限りの笑顔で手を差し出し、握手した。
「よし、これで今日から俺とユメちゃんは友達だ!またあったらあそぼーぜ!あ、あと蛇には気をつけろよな」
そう言うと、元気は森を飛び出していった。
友達…その言葉を聞いた瞬間、胸が高鳴るのが分かった。今まで言われたことのなかったことばだったから。しかし、それと同時に不安もあった。
またあの時みたいにいじめられたらどうしよう。
大丈夫、大丈夫。と心を落ち着かせ、深呼吸をした。
「全く、文字通り元気な奴ねー…」
「そーだね、でもなんかいい人そう」
「えー、まさかあいつに惚れちゃった!?あいつだけはやめといた方がいーよ、扱いめんどくさいよー?」
「ち、違うよ!」
ーーーーーーーー
「さぁ、蛇も退治して貰ったし、先に進もうか!」
新緑に包まれた森を進んで行くと、どこからか水の流れる音が聞こえてくるのに気づいた。
「水の音がするね」
「そろそろね…」
そこから少し歩くと、ひらけた場所に出た。
そこにあったのは、森に囲まれ静かに流れる川だった。
「わー、すごい綺麗な川…東京の川とは大違い…」
「ここはね、私のお気に入りの場所なの。何か辛いこととか悲しいこことかがあるとここに来て癒されてるんだ…」
「そーなんだ、たしかに癒されるね…」
「でしょでしょ?ちょっぴりここで休憩しよっか!」
私とハル姉は川の真横に座ることにした。
ーーーーーーーー
「…ねぇ、ユメちゃんって好きな人いるの?」
「え?好きな人…?」
「うん」
私は、昨日マサ兄に感じた気持ちを思い出した。
あれが好きって気持ちなのかな…だとしたら…。
「い、一応…」
「まーそりゃそうかー、高校生だもんね。いない方が心配になるわ。…ちなみに誰なの?」
「そ、それは言えない!」
「ははは!そんな顔真っ赤にしなくても!本当に可愛いなー、ユメちゃんは。きっとユメちゃんの彼氏になる人は幸せもんよ!」
「そ、そんなこと…あ、それよりハル姉には好きな人いないの?」
「好きな人、かー。…いたけど振られちゃった、つい最近」
「…!!」
ハル姉の顔に今までの笑顔はなく、どことなく寂しさを感じるものになっていた。
「ご、ごめんなさい!変なこと聞いちゃって…」
「いいのいいの!…ねぇ、聞いてくれる?私の失恋話」
「え?」
「一人で抱え込んでるのは、なんか辛くてさー…」
両膝を抱えて、顔を埋めるハル姉の声は覇気もなくなり、まるで今までのハル姉とは別人と思えるほどか細い声だった。
「ハル姉…うん、いいよ!」
「ありがと…えっとね…」
静かに流れる川を見ながら、私はハル姉の話に耳を傾けた。
続く。
投稿は不定期で行います。