8月3日
ユキコ叔母さんに連れられリビングに向かうと、そこには私の大好きなハンバーグが置かれていた。
しかも、大好物の和風ハンバーグ。
「やぁ、久しぶりだね!ユメちゃん。いやぁ、大きくなったなぁ!昔はこんな小さかったのに…」
リビングテーブルに座っていたのは、叔父のタケヒコだった。タケヒコは自分の腰に手を当て、ニコニコと無垢な笑いを浮かべていた。
「そんな小さかったでしたっけ?タケヒコ叔父さんは変わらなく若いですね!」
「全く気の使えるいい子だなぁ!マサトも見習えよ?」
「それどういうことだよ!」
…こんな何気ない会話がとても楽しかった。
学校でも、家でも、こんなに笑って会話したことは無かったから。
会話をしていると、まるでこの家の子供になったかのようなそんな気がして、楽しい反面複雑な気持ちもあった。
ううん、"あの人達"は親なんかじゃない。
だって、一度も愛をくれたことなんてなかったもの。
今は"あの人達"は忘れよう。
せっかくマサ兄の家に来たんだから。
「さぁ、お腹すいたでしょ?ご飯にしましょ!」
ーーーーーーーー
夕ご飯の後、私はお風呂を借りることにした。
「はぁー、いい湯だなぁ…」
暖かなお湯は、まるで優しい愛のように私を包み込み癒してくれる。
今日の疲れが、暖かな愛で全てとれていく。そんな気がした。
お風呂に浸かっていると、どうしても色んなことを考えてしまう。
この時考えていたのは、"愛"について。
少し哲学的な話だが、"愛"の存在や定義を考え出すと止まらなかった。
「愛かぁー、愛って何だろう…」
愛の定義。
それはやはり人それぞれだろう。
異性に恋をし、好きな人と気持ちを分かち合うのが愛だと言う人もいる。
他人に優しさを与えることを愛だと言う人もいる。
他人に厳しくし、成長させることが愛だと言う人もいる。
考えても無駄だと言うことは分かってる。
だけど、どうしても知りたい。
私の親は私に愛を持っていたのだろうか?
楽しく話したり、どこかに連れて行ってくれたりなんかはしなかった。
だけど、最低限の話をしたり、食事を作ってくれたり、身の回りの事はやってくれていた。
これは親の考える愛の形なのだろうか?
それとも、私のことはどうでも良いが産んでしまったから、という考えなのだろうか。
「…なんかもう分かんないや」
私は湯船に鼻まで浸かった。
疲れていたのか、私の意識はその場で途切れてしまったのだった。
ーーーーーーーー
「……」
チリチリ…と優しい虫の音が聞こえた。
ここはどこだろう。
確か、お風呂で考え事をしていてそれで…。
私は怠い体をゆっくりと起こした。
すると、おでこから生ぬるい濡れタオルが落ちてきた。
「…あれ?」
「あら!ユメちゃん大丈夫!?」
駆け寄ってきたのはユキコ叔母さんだった。
「はい…私…」
「ユメちゃん、お風呂でのぼせちゃってたのよ!大丈夫?ボッーとしない?」
なるほど、そういうことだったのか。
きっと考え事しているうちにのぼせて、気を失ってしまったのだろう。
「はい、大丈夫です。看病ありがとうございます!」
「ううん、いいのよ!さ、今日は疲れたでしょ?お休みなさいな」
「はい、おやすみなさい。ユキコ叔母さん。」
私は、部屋の電気を消し瞼を閉じた。
相当疲れていたのだろう。
5分もしないうちに、深い眠りについた。
ーーーーーーーー
ミーンミーン…
煩い蝉の声と、体を包み込む暑さで目が覚めた。
枕元の時計を見ると、まだ午前5時過ぎだった。
「5時でこの暑さって…日本どうなってんのよ…」
私は布団から起き上がり、カーテンを開けた。
眩しい陽光で一瞬目が眩む。
そして、目に飛び込んで来た景色にとても心踊った。
一面に広がる山、その手前には広い畑や水田が広がっている。
「綺麗だなぁ…」
昔ここに来て以来、こんな景色を見たのは久しぶりだった。
私は窓を開けベランダに飛び出した。
爽やかな風が私を包み込む。
煩い蝉の声の中に、朝を告げる可愛げな鳥の声が混じっていた。
「風が気持ちいなぁ…」
「どうだい?久しぶりのここは」
突然の声に驚きながら振り返ると、そこにはマサ兄が爽やかな笑顔を浮かべて立っていた。
「なんだマサ兄かぁ、驚かさないでよ!」
「ごめんごめん!…ここはいいよね、自然多いし、周りの人も優しい人ばかり。僕、ここに生まれてよかったなぁって改めて思うよ」
そう呟くマサ兄の顔は優しい笑顔を浮かべていた。
「…いいなぁ、私もこんなところで育って見たかった。東京なんて、人とコンクリートばっかり…」
はぁ、とため息を浮かべながら東京の街を思い浮かべる。
思い出すだけで吐き気のするほど、私はあの待ちが嫌いだった。
「東京かぁ、僕はいつか東京に出たいと思ってるけどねぇ」
「そーなの?やめといた方がいいよ、あんな街」
「そーかい?結構憧れてるんだけどなぁ、シティーボーイに」
「何それ」
二人で笑いあうこの時間は、どこか特別なものに感じれた。
このまま、時間が進まなければいいのに、と思うほどに。
「あ、そーだ!今日僕がここらを案内してあげるよ!あんまり覚えてないでしょ?」
「ほんと?嬉しいなぁ!」
「よーし、それじゃ朝ごはん食べ終わったら出かけよう!」
ーーーーーーーー
「ごちそうさまでした!」
朝ごはんを食べ終わり、私とマサ兄は玄関へと足を運んだ。
「よーし、それじゃあ探検スタートだ!」
「おー!」
ーーーーーーーー
まず私達が向かったのは、家の裏山にある小さな池だった。
この池は辺りを森に囲まれ、どこか幻想的な雰囲気が漂っていた。
「この池はね、地元の人から神降の池って呼ばれてるんだ」
「神降?」
「うん、悩みを持った人がこの池に自分の大事な宝物を投げ込むと神様が降りて来て悩みを解決してくれるって言い伝えがあるんだ。それで、神降の池ってわけ」
「へー、本当なの?」
「うーん、大事な宝物なんて持ってても池に投げ込む人なんていないからね…正直わからない!」
「そーだよねぇ…」
「うんうん。よし、それじゃあもう少しこの山を登ろうか!」
ーーーーーーーー
池から10分ほど山を登ると、古びた神社が見えてきた。
「ここは神降神社。さっきの神降の池の神様を崇めるために作られたから、神降神社らしいよ」
「へー、だいぶ古そうだけど…」
「おじいちゃんの話だと、戦国時代からあるらしいよ。本当かは分からないけどね」
私がその神社を見ていると、まるでどこか別の世界に吸い込まれそうな不思議な感じがした。
「………」
「どうしたの?」
「あ…なんでもないよ、大丈夫」
「そう?よし、それじゃもっと登るよ!」
ーーーーーーーー
神社からさらに15分ほど山を登ると、薄暗い森に光が差し込んできた。
「さぁ、ここがメインディッシュだよ!」
森の先に現れた光の扉を通り抜けると、そこはとても見晴らしの良い崖の上だった。
「わぁー!すごい景色…!」
崖の下には、森と畑、そして少数の民家が広がっている。森や畑の奥へ目を凝らすと、そこにはキラキラと光る美しい海が太陽に照らされ輝いていた。
「どう?ここ僕のお気に入りの場所なんだ」
「すごいね…何時間でもいられそう…」
その景色は、この世とは思えないほど美しく、眩しいものだった。
キラキラと輝く海の上には、大きな、真白い入道雲がプカプカと浮かんでいた。
「いつ見ても綺麗だなぁ…」
マサ兄は私の横へ座り込んで呟いた。
「そーだね…」
私は大きな伸びをして、その場に寝転ぶ。
それと同時に、マサ兄もその場に寝転んだ。
私がマサ兄の方へ向くと、マサ兄も私の方へ顔を向けた。
目が合った時、私はなぜか恥ずかしくなり顔を背けてしまった。
そのまま目を閉じると、心臓の鼓動が早まるのが分かった。
なんだろう、このドキドキは。
景色を見て感動したから?山を登って疲れたから?それとも…。
そんなことを考えているうちに、私とマサ兄はその場で眠ってしまったのだった。
続く。
投稿は不定期で行います。