8月2日
「なんで学校くんの?もう来るなって言ったよね?」
私の机を取り囲むクラスメイト達。
私は涙を堪えて本を読み続けた。
「人が話してる時に何本読んでんの!?」
ひとりの女子生徒が私の本を取り上げた。
「あっ…返して…」
「花の図鑑?何?これで女子力アピールしてるつもり?まじキモいんだけど」
その本は、唯一親が買ってくれた大切な本だった。
しかし、その女子生徒は何のためらいもなく本を破り捨てた。
「あ、あぁ…」
「キャハハハハ!!ざまぁないわ!」
クラスメイトは皆私を嘲笑い、満足すればすぐに去って行く。
私は破れた本を拾い、トイレに走った。
「ゲェェ…」
日々のストレスと恐怖から、私はよく嘔吐していた。
トイレの便器にもたれかかり、顔を埋め泣いた。
こんな事しても何にもならないことはわかっていた。
だけど、私は泣き続けた。
これしか、自分を慰める方法がなかったから。
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先生は見て見ぬふりをした。
いじめっ子のリーダーの家庭が有名なお金持ちで、口出しできなかったらしい。
それを知った時、私は誰も信じる事が出来なくなった。
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家に帰っても、私に癒しは無かった。
親は食事と学費は出してくれたが、遊びに連れて行ってくれたことはなかった。そして、私の相談に乗ってくれることも一度もなかった。
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私は何度も自殺を考えた。
だけど、私にそんな勇気は無かった。
手首を切ろうとしても、ベランダから飛び降りようとしても、首を吊ろうとしても後一歩が踏み出せなかった。
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思い出したくない"記憶"。
そう思っていても、"記憶"は無理やり私に襲い掛かってくるのだった。
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「…メちゃん」
「ユメちゃん!」
聞き覚えのある声がして、私は重い瞼を開いた。
暗く寂しい闇の世界に、淡い光が差し込んできた。
「もう朝だよ?そろそろ出発の準備を…て、ユメちゃん、泣いてるけど大丈夫…?」
「え?」
マサ兄の言葉に驚きながらも、自分の頬に手を当てて見た。
「本当だ…多分夢を見たんだよ。心配しないで、大丈夫だから!」
「そ、そーかい?ならいいんだけど…」
「お二人とも、朝ごはんだよー!」
和室におばあちゃんの声が響き渡った。
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テーブルには、白く輝くご飯と味噌汁、そして綺麗な焦げ目のついた鮭が置かれていた。
「朝ごはんまで…ありがとうございます!」
「いいのよ、さ、しっかり食べて体力つけてって!」
その朝食はなんだか懐かしい味がして、自然と涙が溢れてくる気がした。
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「それじゃあ、僕たちは行きます。本当に助かりました!ありがとうございました!」
マサ兄は深々と頭を下げた。
「いいのよ、私も久しぶりに孫を見たみたいで楽しかったわ!」
「よし、行こうか」
そう言うとマサ兄はバイクにまたがり、エンジンをかけた。
静かだった朝の町に、鉄の塊の唸り声が響き渡る。
ヘルメットを被り、バイクにまたがろうとしたその時だった。
「彼氏さんと、仲良くやるんだよ?」
驚いて振り返ると、おばあちゃんはニコニコと嬉しそうに笑っていた。
「そ、そんなんじゃないですから!」
「またまた〜、ま、元気でね!」
「…はい、またいつか遊びに来ます!」
「その時は歓迎するよ!」
私はバイクにまたがり、マサ兄にしっかりと抱きついた。
「それじゃあ!」
ブルルル…というエンジン音の中で、おばあちゃんが何か言ったのが分かった。
エンジン音で聞き取れなかったが、その時のおばあちゃんの顔はどこか寂しさを感じさせるものだった。
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おばあちゃんの家を後にしてから数時間、景色は海が続いていた。
「これからは休憩なしで行くから頑張ってね!」
「うん!!」
バイクはスピードを上げ、曲がりくねった道を駆け抜けて行った。
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気づけば辺りは紅い夕陽に照らされていた。
先ほどまで見えていた海は消え、辺りは山へと変わり果てていた。
「さぁ、もうすぐ着くよ!」
そうマサ兄が呟いた時、一気に森が開けた。
現れたのは広大な畑や田んぼ。
一目見れば誰でも分かる典型的な田舎だ。
「すごいなぁ…」
水田に紅い夕陽が反射していた。
その景色は、まるで地球が長い歴史に終止符を打とうとしているのではないかと思えるほど美しく、どこか恐ろしさを感じるものだった。
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辺りは完全に闇に包まれ、街灯が優しく夜道を照らしていた。
ここまでくると民家はほぼなく、ほとんどが畑か山だった。
道を進んで行くと、一軒の大きな家が目の前に現れた。木造で、どこか年季を感じるその建物こそマサ兄の家…つまり私のいとこの家だった。
広く平坦な庭にバイクを止め、マサ兄と私はバイクから降りた。
「やーっと着いたね…お疲れ様!」
「マサ兄、運転ありがとう。…なんか久しぶりだな、ここに来るの」
「そうだね…大体10年ぶりくらい?」
「うん、それくらいかな…」
辺り一帯に響き渡るカエルの歌声を聴きながら、私はマサ兄の家を見上げた。
大きな家だなぁ、と心で思いながらマサ兄に問いかける。
「…私突然来ちゃったけど、大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だよ。ユメちゃん連れて来るかもしれないって家族には伝えてあるから」
「そーなの?ならいいんだけど…」
そんなたわいもない会話をしていると、ガラガラっと玄関の扉が開いた。
「あら、マサト帰って来たのね…って、その女の子もしかして…!」
「そう、ユメちゃん。叔父さんと叔母さんには悪いけど…連れて来ちゃった」
「あらぁ!久しぶりねぇ!私のこと覚えてる?叔母のユキコよ!」
ユキコ叔母さんは私の手を握り、物凄い勢いで振り回した。
「は、はい、覚えてます!あ、あの、お世話になっちゃっていいんですか?」
「うん、全然!妹たちには私が後で喝を入れとくから。安心して夏休みを過ごしなさいな!」
その一言で安心した私は大きくため息をつき、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
「ユメちゃん、大丈夫!?」
「う、うん。ちょっと疲れちゃって…」
「あらあら、それなら早速晩御飯にしましょうか!今日はユメちゃんが来るかもって言うからご馳走にしたわよ!」
「ほんとですか!?嬉しいです!」
「さ、行きましょ!マサトも!」
「そーだね!」
こうして、私の"夢"のような夏休みは始まりを告げたのでした…。
続く。
投稿は不定期で行います。
(今回は必ず完結させます…)