ミライへの一歩
「本当に……これで良かったんだな?」
「もちろんです、大統領」
地球上のある機密性の高いエリアの一室で、大きなモニターを前に誰かと話す恰幅のいい男性がいた。
「どうして、そう自信たっぷりに……クソッ!」
彼は目に見えて苛立っていた。
「あまりいい言葉とは思いませんが、今は目をつぶりましょう。それにあなたの判断が間違っていたことがありますか?」
男性は言葉を返す事が出来なかった。
「ありませんよね」
それはそうだ、彼はなにひとつとして選んだ事がなかったのだから。
「くっ……しかし、この事が誰かに漏れれば、私は……稀代の大量虐殺者だ! スターリンやヒトラーよりも!」
彼が感情的になれるのは家族の前とここだけだった、他の場所では冷静でかつ温厚な面を見せ続けなければいけなかった、全人類の為に。
そして、
「ミライのためです」
その一言に大統領は無言になる、これから成す事は大統領としての最後の仕事であった。
「ミライか……それは、誰のだ?」
彼はすでにその答えを知っているし、どういう答えが返って来るかも分かっていた。
「人類の為です」
「人類……そのために全人口である約九十億人の九割を……!」
「人類の為です」
「分かってる!」
そう、彼にはすでに戻れない所まで来ていた。拒もうとすれば出来たのかも知れない、しかし大統領となった彼には、もう拒否権は無かった。
「では、お願いします」
彼の目の前に赤いボタンが現れた。
「人類の為に」
その声は一層、無機質に響く。
「……本当にお前の選んだ者達で良かったんだな?」
この計画は私が生まれるずっと前から引き継がれてきた事だ、しかし選別は現存する人々に対してしか行われない。
「いまさら、十年以上昔の話をするのですか? もちろん問題はありません」
そう、全てはもう遅いのだ。
大統領はボタンを押し込む。
「AIである私が選んだのですから」
この後、彼は家族の待つシャトルに向かう予定になっている。
「これで地球上には当分、私達だけしか住めなくなります」
もう彼はその声を聴いてはいなかった。
「ありがとうございます、地球最後の大統領。地球は私達にお任せください」
彼と家族を乗せたシャトルは火星へと旅立った、その背後には爆発を繰り返す青い星が存在した。