第七十八話 戻りつつある日々
ブックマークや評価、感想をありがとうございます。
さてさて、新たな章に突入です。
またほのぼのな感じの話になりますが、よろしくお願いします。
それでは、どうぞ!
ヘルジオン魔国から脱出し、五日かけてマリノア城に辿り着いた私達。道中は、ずっと心配そうなジークさんと一緒に居たせいか、何だか、ジークさんの側に居ることには少し慣れた気がする。
あと、特筆すべきことは、道中、ぜひとも『ジーク』と呼んでほしいと本人から懇願されて、『ジークフリートさん』から『ジークさん』に呼び方が変わったことくらいだろうか。本人は、呼び捨てでも良いとは言っていたものの、さすがに二度も命を助けてくれた恩人に対して呼び捨てはできない。
……決して、呼び捨てにするのが恋人同士みたいで恥ずかしかったからという理由ではない……はず?
他には、私が誘拐されたことに気づけなかったと、専属侍女失格だと、メアリー達三人が土下座をして、鞭を取り出してきたのは……強烈過ぎて、忘れようにも忘れられない。
もちろん、いつものごとく鞭は使わない宣言をして、事なきを得たけれど、そろそろ、私の前では鞭の没収を考えた方が良いのかもしれない。
そうして、ゆっくりと日常を取り戻しつつあった頃、その日常に欠かせなかった人物の帰還が知らされる。
「ハミルトン様が?」
「はい、今日中にこちらへお越しになるとの連絡が入ってますよ」
朝、メアリーに髪を結ってもらっている途中に、その報告を受けて、私は一つの決意をする。
「なら、午前中はお菓子を作るから、ジークさんに聞かれたらそう伝えておいてくれるかな?」
「はい、もちろんです」
青い瞳を優しく細めて、目の前の鏡に写るメアリーが返事をする。
三つ編みでハーフアップにした髪型が完成すると、ちょうどそのタイミングでリリが入室してくる。
「失礼しますっ、ユーカお嬢様、本日は何か予定はありますかっ?」
ニッコニッコとご機嫌な様子で問いかけるリリに、私はつい先程決めた、お菓子作りの件をリリに伝える。
「わっかりましたっ! なら、朝食後、厨房への案内は私がしますねっ」
本当は、お菓子以外にも何か作れるようになりたいのだけれど、今のところ、それ以外はできない。マリノア城に戻ってからというもの、ララに師事して、刺繍を習ってはいるのだけれど、まだまだ下手くそで、とても人にあげられるものはできていない。
『それでも、ご主人様達なら喜びそうですが』とは言われたけれど、せっかくなら、上手にできたものを贈りたいのだ。
「おはようございます。ゴッツさん」
美味しい美味しい朝食を食べ終えた私は、リリと、なぜかリド姉さんも一緒に厨房へと来ていた。
「おぅっ、嬢ちゃんっ。声は初めて聞いたが、随分可愛い声をしてたんだな。んで? 今日は何だ? ご主人様達へのアプローチ用の菓子作りか?」
「ち、違いますっ。その、ジークさん達とは、まだお友達というか……でも、助けてもらったお礼にできることって、お菓子作りくらいしか思い浮かばなくて……」
「お友達……ご主人様、道は長そうだな……」
黄色の瞳を伏せて、何事かを呟くゴッツに、私は首をかしげながらも、何を作ろうかと考える。
「それは今に始まったことじゃないわ。それより、今日はやたらと果物が多いのね」
「ん? あぁ、ちっとばかし反抗的なやつが多くてな。狩り過ぎた。半分はドライフルーツにして保存しようと思って作ったんだがな」
何だか良く分からないフレーズがあるものの、とりあえず、果物、それも、ドライフルーツがたくさんあるらしいことを聞いて、私は一つのケーキを思い浮かべる。
「なら、そのドライフルーツでパウンドケーキを作っても良いですか?」
「おぅっ、いいぞ」
しっとりとした、ドライフルーツ入りパウンドケーキ。喜んでもらえると良いなと考えながら、私は早速厨房を使わせてもらう。
「それじゃあ、ワタシとリリは近くに居るから、何かあったらすぐに呼ぶのよ?」
「はい」
マリノア城に帰ってきてから、こんなやり取りが増えた気がする。きっと、私が誘拐されたことで、私の安全確認をしなければならないという意識が強くなったのだろう。
黙々とケーキ作りに勤しむ私は、少しでも安心してもらえるにはどうしたら良いかと考え、結局時間の流れに任せるしかないという結論に達してしまう。
(別に、不便なわけでも何でもないんだから、そのままの方が良いよね?)
皆には悪いけれど、きっと私には何もできない。
シナモンとレーズンとリンゴのドライフルーツを入れたケーキ生地を型に流し込むと、後は魔法で焼き上げてもらう。
「よしっ、そんじゃあ、嬢ちゃんはしばらく待ってな。焼き上がって、冷めたら連絡しておいてやるからよ」
「はい。分かりました。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げて、リド姉さんとリリの元へと戻ると、二人とも、少しだけホッとしたような表情になる。
「できたのかしら?」
「うん。あとは、焼いて冷ますだけなんだけれど、私は火も氷も使えないから、ゴッツさんやそのお弟子さん達にお任せだよ」
「では、お部屋に戻りますかっ?」
「うーん、そう、だね。そうする」
図書室に行こうかという考えがないわけではなかったものの、まだ、借りてきた本を全て読み終えたわけではないため、戻ることにする。
(そういえば、あの『建国史』の中にあった手紙も読んでない……)
結局、勇気が出ないまま、読まずに置いてある手紙。誘拐のゴタゴタもあって、思い出すのも遅れた。
(……読めそうだったら、読もう)
本当は、早く読んで、元の世界に帰還する方法があるのだとすれば、それを回避するための対策を取らなければならない。けれど、私が何よりも怖いのは、元の世界に帰る方法云々とは関係ないのではないかと、最近分かってきた。
(多分、里心がつくかもしれないのが怖いんだよね)
散々な目に遭って帰りたいなどとは到底思えないはずの日本。けれど、そこにあるのは、つらい思い出だけではないことも確かだった。
(おばあちゃん……)
ある日、不審な男性に殺された祖母。周りのほぼ全ての人間が私につらく当たる中、その祖母だけは、私に優しかったのだ。けれど、今は、その優しさを思い出してしまうのが怖い。秋元さんの手紙を読んで、日本に帰りたいだなんて思ってしまいそうな自分の心が怖い。
(覚悟ができるまでは、読めそうにないかなぁ)
部屋に戻った私は、結局、一度は手紙を手に取ったものの、また本に挟み直してしまうのだった。
次回は二人へのご褒美の回?
ちょっとした事件もありますので、お楽しみに!
それでは、また!




