第七話 鞭も棒もいりませんっ
ブックマークありがとうございます。
今回は、ちょっとコメディ回?
それでは、どうぞ。
なぜだか分からないけれど、監禁された。そこまでは、まぁ、良かった。いや、ちゃんと考えれば良くないのだけれど、とりあえずの身の危険はなさそうだったから、良かったと言えよう。問題は、メアリーさんに着替えをもらって、その後、リリさんが運んできた朝食を食べ終わった時に起こった。
「失礼しますっ」
丁寧にノックをした後に入室してきたリリさん。ワゴンを押して、食事を運んでくる姿に、私は少しだけ期待する。
(美味しいもの、食べられるかな?)
本来なら、助けてもらって、保護されて、なぜか監禁された現状、助けを呼ぶなり、現状の説明を求めるなりするべきなのだろうけれど、そんなことよりも私はご飯の方が重要だった。まだ見ぬ美味しそうなものに期待を膨らませていると、リリさんはニコニコしながらそれをベッドのサイドテーブルに並べていく。
チーズリゾット、ガーリックトースト、温野菜サラダ、テールスープ。説明されながら並べられたそれらは、やはり、とても美味しそうだ。量はしっかり一人前あるため、ちょっと食べきれる気がしないけれど、それでもこれを食べられるというだけで天国だった。
「さぁっ、どうぞ召し上がってくださいっ」
言われて私は、早速手を合わせて心の中で『いただきます』と宣言する。
(ふわぁっ、チーズが、トロォって、トロォって! 絶対、美味しいっ)
スプーンで掬ったチーズリゾットは、チーズがほどよくとろけていて、とても美味しそうだった。
(ん、んんぅーっ。幸せ……)
こんな幸せな味を知ってしまったら、もう元の生活に戻れそうにないと思いながらも、食は進む。
(サラダ。温野菜。初めて食べるなぁ)
見たことはあるものの、一度も食べたことのないそれは、ツナマヨソースらしきものがかかっていた。私は、慎重にフォークでパプリカを刺すと、たっぷりソースをつけてかじりつく。
(お、美味しいっ! 柔らかいパプリカの甘さとツナマヨが、とっても合うっ)
思わず頬が緩みそうになるのを抑えながら、これまた見たことがあるだけで食べたことのないガーリックトーストとテールスープを見る。そしてそれらを続けざまに食べてみると……。
(ふわわっ、ガーリックトーストって、こんなに風味が強いんだっ。それに、テールスープって、お肉が柔らかくて美味しいっ)
もう、私の中には感動しかない。食事が美味しいことがこんなに幸せなことなのだと知ってしまったら、監禁されてても良いやと思えてしまう。
(あっ、いや、監禁は良くないよね? きっと……)
どうにか思考が監禁許容派に逸れることを食い止めた私は、そこからまた必死に、思いがけずもたらされた幸福を満喫する。
(ごちそうさまでした)
結局、まだまだ胃が小さいせいで半分も食べられなかった私は、食事を終えた挨拶を心の中でだけすませると、それまでじっと立っていたリリさんへと視線を向ける。
「えっと、もう、よろしいのですか?」
その問いにコクリとうなずけば、リリさんは少し躊躇った後、食器をワゴンに戻していく。そして、全ての食器を戻し終え、そのまま立ち去るのかと思いきや、ワゴンの持ち手に引っかけていた袋から何かを取りだし、ゴトンとサイドテーブルへと置く。
(? …………これ……鞭?)
そこにあったのは、知識でしか知らない鞭という存在。実物を見るのが初めてな私は、なぜそんなものがここに用意されたのか理解できず混乱する。
「お嬢様。これで私を叩いてくださいっ」
しかも、混乱した中に更なる混乱をニコニコ笑顔でぶちこまれて、私は一時的にその言葉の意味を理解できなくなった。
(えっ? えっ? いったい、何?)
「……お嬢様?」
『どうしたんですか?』とでも言わんばかりの声音で問いかけられ、私は混乱した自分がおかしいのかとすら思ってしまう。けれど、徐々に先程リリさんから求められた内容を理解して、確信する。
(私は、おかしくないっ)
全く動く様子のない私を見て、リリさんはしばらく待った後、鞭を元の袋へと仕舞う。
(……さっきのは、リリさんのお茶目な冗談、とかだったのかな?)
鞭という凶器が目の前からなくなったことで、私はひとまず無理矢理にでもそう解釈する。しかし……。
「すみません、お嬢様っ。こっちの方が良かったですか?」
再びリリさんが袋の中から取り出したのは、棒らしきもの。形状としては、警棒に近いかもしれない。
(こ、これで、何をしろと?)
「あっ、こういうのもありますよ?」
そう言って、リリさんは頬を引きつらせる私の様子に気づくことなく、また袋から凶器を取り出す。今度は、三節棍だ。
「さぁ、どうぞっ。ストレス発散にお使いくださいっ」
(な、何でーっ!?)
何をどう間違えたら、私がストレス発散のためにこれらの道具を使いたいと思っていると思われるのか、私には全く分からない。自分を叩いてくださいというリリさんの神経も、ちょっと……いや、かなり、理解不能だ。
(えっ? どういうこと? リリさんってMの人? まさか、私に女王様役をやってほしいってこと?)
暴走し始める思考に、私の混乱は終息する気配を見せない。
「……お嬢様? 叩かないんですか?」
凶器の数々に手をつける気配のない私を見て、リリさんは心底不思議そうに私を眺める。
私にできることは、とにかく意思が通じてくれることを祈って、首を横にブンブンと振り続けることのみだ。
すると、リリさんは少しだけ悲しそうな表情を浮かべて、棒と三節棍を袋に戻す。
(よ、良かった。通じた……)
しかし、そう思ったのも束の間。またしても、ゴトンという音とともに、何かが置かれた。いや、今回は他にも、ジャラジャラとした音もする。
おそるおそる、本当に、おそるおそる、ソレへと目を向けた私は、その禍々しいものを見て恐怖する。
「これは、下手をしたら肉が裂けちゃうんですけど、お嬢様がお望みなら、頑張りますっ」
そこにあったのは、鞭の革部分が金属の鎖に変わったもの。これで叩かれたら、確かに肉が裂けることもあるだろう。
「(使わないっ! 使わないからぁっ!)」
あまりにも恐ろしいものを見せられて、涙目で訴えると、リリさんはやはり不思議そうにしながらも、とりあえず今は使わないのだと納得してくれた。
「(今だけじゃなくて、ずっと使うつもりはないんだけどっ)」
けれど、その心の叫びはどうにも届いていないらしい。
「あぁっ、折檻用に使うんですねっ。では、毎回常備しておきますので、お使いになる時は言ってくださいねっ」
そんな言葉を聞いて、私の叫びが届いているとは到底思えなかった。
「あっ、ララにも伝えておきますのでっ」
「(伝えなくて良いからっ!)」
きっと、リリさんは読唇術を使えないのだろう。私のその言葉を丸っと無視したリリさんによって、ララさんが大いなる誤解をしてしまったと知るのは、もう少し後の話。