第十四話 魔王様??
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(う……朝……?)
眩しい光にようやく目を覚ました私は、また汗で濡れた自分の体にため息を吐く。
(また、悪夢だった……)
今日は多分、暴力を振るわれている時の夢。怖くて、痛くて、つらい夢。
(帰りたく、ない)
ここがどこなのかは分からない。けれど、ここは今まで居た『父親に暴力を振るわれ、学校でいじめに遭う』という環境よりよっぽどかマシだった。殴られない、いじめられない、罵倒されない。その三要素は、私の疲れきった心と体を休める大切な要素だ。
(何かの拍子で、元の世界に戻っちゃうなんてこと、ないよね?)
現状、ただお世話になっているだけという心苦しい状況下にはあるものの、それは今後、知識を得た暁にはしっかり返していきたいと考えている。だから、今心配なのは、この世界に来た時と同様に、突然、元の世界に戻ってしまうことだけだ。
(怖い、よ……)
悪夢の余韻も相俟って、体の奥底から震えがくる。きっと、悪夢を見る度に、私はこの恐怖に震えることになる。誰かにすがり付くわけにはいかない。誰かに相談するわけにはいかない。だから、ずっと抱え込んでいないといけない。
(…………震え、止まった、かな?)
しばらくじっと堪え忍び、恐怖を誤魔化した私は、冷えきった体を起こしながら手元を確認する。
(大丈夫そう)
これなら、メアリー達に余計なことを聞かれることはないだろう。
お風呂のお湯を張ってもらうべく、私はベルを鳴らしてしばらく待つ。
「失礼します」
「失礼します」
入ってきたのは、昨日と同じく、メアリーとララさんの二人。ただし、その表情はどこか落ち込んでいるようにも見えた。いや、ララさんに関しては分からないものの、主にメアリーの方が酷く憔悴しているらしかった。
「今日もお風呂ですか?」
メアリーの異様な状況に出ない声をかけようとしたものの、その前にララさんから問いかけられてうなずく。
「では、着替えなどの準備をして参りますね」
私の応えを受けて動いたのは、ララさんではなく、メアリーの方だった。懸命に笑顔を浮かべて、去っていく姿は、まるで私を避けているかのようで少し落ち着かない。
「では、私は湯を張って参りますので、少々お待ちください」
淡々と告げるララさんは、そのままお風呂場へと向かってしまう。
(何が、あったんだろう?)
ララさんはともかく、メアリーには何かあったことは間違いない。けれど、メアリーがあからさまに聞いてほしくなさそうな態度を示していて、そこに突っ込む度胸はない。
待っている間、字の勉強をしようかと本に手を伸ばしてみるものの、全く内容が頭に入ってこない。何もない状況であれば、お湯の出し方でも教えてもらおうというつもりではあったものの、何だか今はそれすらも言い出しづらい。
「お湯を張り終えました。先に入浴をすませてしまいましょう」
メアリーが戻ってくる前にお風呂の準備が整ったと告げたララさんに、私はうなずく以外の返答をできなかった。
入浴を終えて、メアリーに持ってきてもらった香油を塗ってもらい、ワンピースに着替えたものの、その間のメアリーの様子はやはりおかしい。挙動不審というわけではないものの、無理矢理作っている微笑みが痛々しく見えてしまう。
何があったのか、知りたいけれど、知りたくない。そんな矛盾した思いに捕らわれていると、それまで黙っていたメアリーが口を開く。
「ユーカお嬢様には、朝食後、お客様とお会いしていただきたいのですが……いかがでしょうか?」
何とも聞きづらそうにするメアリーの様子に、さすがに私もメアリーの様子がおかしい原因がそこにあると感じる。
「(大丈夫)」
何と応えるのが正解かは分からない。だから、一言だけ、そう言ったものの、メアリーは苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべる。
(対応、間違えた?)
しかし、その表情は本当に一瞬のもので、今は微笑みを浮かべている。それは、見間違いだったと言われれば納得してしまいそうなほどに早い変わり身だった。
(私にお客様……誰が来たのかくらいは聞いても良いかなぁ?)
一つの質問をするにも気を遣う現状、もしかしたら質問などしない方が良いのかもしれない。それでも、私はゆっくりと口を開く。
「(誰が、来るの?)」
「お客様は、ハミルトン・リアン様です。ジークフリート様の親友で……リアン魔国の魔王であらせられます」
聞き慣れない名前がいくつも出てきて、私はゆっくりと噛み砕くようにして理解に努める。
(お客様の名前がハミルトン・リアン様、ジークフリート様というのは……誰か不明。もしかしたら、恩人のあの人かもしれない。それで、問題なのは……)
「(魔王?)」
「はい」
魔王というのはあれだ。ゲームなんかで最後に倒されるラスボス。魔物の王だとか、魔族の王だとか、意味するところはそのゲームなり物語なりの世界観ごとに違うものの、大抵が悪役の大将的存在だ。そして、ついでにもう一つ、気になることがある。
(リアンマコク、ヴァイランマコク……もしかして、リアン魔国とヴァイラン魔国って漢字変換だったりして?)
魔王と聞いて初めて、私はその可能性に思い至る。『マコク』という言葉が同じだったことも、可能性に気づく一端ではあったが、何よりも魔王という言葉が強烈だった。
「(ジークフリート様って人は、誰ですか?)」
もうこの際、聞けることは全て聞いてしまおうとばかりに、私はメアリーに問いかける。すると、なぜかメアリーは目を丸くして絶句していた。
「ジークフリート・ヴァイラン様とは、この前、訪れでお会いしたはず。名前まで知らなかったんですね」
メアリーの代わりに答えてくれたララさんは、ちょっと冷たい目で私を見ているような気がする。しかし、そこでもやはり、気になる情報が出てきてしまう。
(ヴァイラン……国の名前と同じ…………)
「(もしかして、ジークフリート様も、魔王?)」
そう尋ねれば、二人に大きくうなずかれる。
(なるほど、魔王の親友だから、魔王…………私、生きて帰れるかなぁ?)
魔王というだけで、黒くておどろおどろしくて、怖いイメージがつきまとう。なぜ、魔王とまで呼ばれる人(?)に会いたいと言われているのかは分からないものの、絶対に良からぬことだとは思う。
(逃げたい。すごく、逃げたい)
ジークフリート様については、恩人だし、謝罪もお礼もしなければならない相手という認識の方が強いけれど、まだ会ったこともないハミルトン様については恐怖の対象でしかない。
「だ、大丈夫ですよ? ハミルトン様は気さくなお方ですし、お優しいはず、ですので……」
一生懸命フォローしようとしているメアリーには悪いけれど、その自身のなさげな様子が余計に不安を煽っている。ただ、すでに私は会うことを了承してしまった。これを撤回するのは、少しばかり憚られる。
「(……頑張る)」
だから、私にできることは、ハミルトン様と会うまでに覚悟を決めることだけだった。