第十話 不思議なお嬢様(メアリー視点)
ブックマーク、ありがとうございます。
文章評価とストーリー評価もとても嬉しくて励みになります(調べてようやく見方が分かりました)
高評価をいただけてるようで、嬉しい限りです。
それでは、どうぞ!
わたくし、メアリー・アネッタと申します。このマリノア城で魔王、ジークフリート・ヴァイラン様にお仕えして大体五百年くらい経っていますでしょうか? 角は髪に隠れるくらい小さなものではありますが、わたくしもれっきとした魔族でございます。
そんなわたくしの仕える主、ジークフリート様は『片翼の宿命』に悩まされる以外は、とても有能な為政者です。
ただ、どんなに有能であっても、片翼を持たないということは魔族にとって苦痛でしかございません。いつになっても満たされない渇きを抱えているようなものです。だから、ジークフリート様は何度も、何度も、片翼を見つけました。そして、何度も、何度も、拒絶され、何度も、何度も、死に逝く姿を見送って参りました。片翼に拒絶され、死を看取ることしかできない。それは、魔族にとって最大級の苦痛であると言えましょう。
いつしか片翼を積極的に捜すことを止めたジークフリート様は、その心の隙間を埋めるかのように政務に励みました。もちろん、その程度で埋まるようなものではございませんが、そうすることでしかお心を保っていられなかったのだと思うと、胸が締め付けられるようです。
そんなある日、外で気分転換に魔物退治をしていたはずのジークフリート様が、一人の黒髪の少女を抱えて帰って参りました。壊れ物を扱うような丁寧な手つきで少女を抱えるその姿に、わたくし、すぐにその少女が片翼なのだと気づきました。また、ジークフリート様は苦しまれるのだと、気づきました。
その時、わたくしはいつもの笑顔を浮かべられていたか、自信がございません。
三日間眠り続けた少女は、とても痩せていて、時おり苦しそうに顔を歪めている姿が印象的でした。ただ、その服装は見たことのないもので、足を出すことがタブー視されていることを考えると、随分と短いスカートでした。一応、刃物などを忍ばせていないかと点検させていただいた際に触れてはみましたが、その衣服の素材に心当たりはございません。
(布の感触は、妖精族が使用する霊衣に似ているようにも思えますが、あれには相当な魔力が込められていたはず。この布からはそのような魔力は感じられませんね)
布の正体が分からないなどということは今までにございませんでしたが、もしかしたらどこかの国で新たに開発されたものなのかもしれません。今度、調べてみる必要があるでしょう。
(それにしても、黒髪ですか……。よく、今まで生きてこられたものです)
黒という色は、人間達の間で忌み嫌われる色です。その色を持つ者が生まれれば、人間達は容赦なく差別しますし、殺すことだって珍しくはございません。きっと、この人間の少女もつらい思いをしてきたのでしょう。
(そして、それゆえにジークフリート様を受け入れることもないのでしょうね)
つらい境遇であればあるほど、片翼の方々はジークフリート様を拒絶します。今回の片翼の方がどのような境遇だったのかは、これから暗部の者達が調査してくるのでしょうが、良い環境であったとは考えにくいでしょう。もしかしたら、女性であるわたくしですらも拒絶するかもしれません。
しかし、そんな予想とは裏腹に、目を覚ましたお嬢様は随分と落ち着いていらっしゃいました。しかも、声が出ないことに気づいたり、ここがヴァイラン魔国のマリノア城だと聞いたりしても、特にその表情を変えることはございません。いえ、もしかしたら、表情が表に出ないだけということもあり得ますが、とにかくお嬢様は、無表情でした。ここまで感情が読めない片翼の方は初めてかもしれません。
そして、何よりも驚いたのは、お嬢様の瞳の色でした。瞳の色まで黒いという人間は初めてで、わたくし、とにかくそれが原因で蔑まれてきたであろうお嬢様を安心させるべく、まずはその色を褒めました。残念ながら、それでお嬢様が安心してくれたかどうかの確証は持てませんでしたが、きっと、少しは警戒心を解いていただけたと思います。
それからお嬢様と接して分かったことといえば、食事を美味しいと思っていただけていること、そして、どうやら食が細いらしいということのみで、その境遇などは全く分かりませんでした。いえ、もしかしたら、食事を制限されていたせいで、たくさんの量を食べられないという可能性はございますが、確証まではございません。
しかし、ララとリリが自己紹介した後、ジークフリート様の訪れによって、お嬢様は意識を失ってしまわれました。きっと、また、ジークフリート様は声なき声で罵倒されてきたのでしょう。帰ってきたジークフリート様は酷く落ち込んで見えました。
そして、これでもう、お嬢様は笑顔を浮かべることはなくなったのだとも思いました。最初から無表情で、笑顔を見ることなどなかったものの、あのあどけない顔に浮かぶそれは、さぞ可愛らしいものだったのだろうと思えば、少し残念な気もいたします。
(本当におつらいのはジークフリート様ですがね)
今度はいったい何年苦しむことになるのでしょうか? まだまだ幼いお嬢様の姿を見れば、きっとそれだけ苦しむ年月も長くなることでしょう。
しかし、翌日、わたくしはお嬢様の様子があまり変わっていないように見えることに驚きました。リリを叩かなかったことも驚いた原因の一つではございますが、まさか自己紹介をしてくださるとは思ってもみませんでした。
『シャクラ』ではないとは言われましたが、『ユーカ』という発音は合っていたらしく、わたくし、初めて片翼であるお嬢様のお名前をお呼びする栄誉を授かりました。
今までの片翼の方々は、ここが魔族の城だと分かった途端に自身の情報を明かさないようにしてしまったため、調査の結果、お名前を知ってはいても、自己紹介もされていないのにお呼びすることはできませんでした。つまりは、この状況は大いに喜ばしいことでした。
そして今、恐らくわたくしのことを人間だと思っているユーカお嬢様は、敬語を使った言葉遣いを改めてくださいまして、何だか距離感が近くなったような錯覚を起こしております。
もちろん、錯覚だということは重々承知です。わたくしを鞭で叩こうとしないのも、わたくしのことを人間だと思ってくださっているからだということくらい、分かっています。
しかし、わたくしは少しだけ、今回の片翼であるユーカお嬢様に期待してしまいます。もしかしたら、ユーカお嬢様なら、ジークフリート様を受け入れてくださるのではないかと。
昼食を摂られるユーカお嬢様を眺めながら、そんなことがあるわけないというのは分かっていても、どうしても、わたくしはそう夢想してしまうのでした。
今回はメアリー視点でした。
そのうち、リリやララ視点も出そうと考えています。
それでは、また!