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なまぐさ坊主の怪奇録  作者: 独楽
這い回る女
4/8

-003-



 本来ならここに至るまでの経緯、いくつもの注釈が必要なのだろう。

 丁寧に言葉を乗せ、感情を乗せた物語を綴るべきところなのだろう。

 ラブコメが始まった途端にベットインだなんて、そんな駆け足な物語があっていいものだろうか?

 これだと憤慨を通り越して、発狂する読者も出てきかねない……ああ、恐ろしい。

 私は本当に恐ろしい。

 なにが恐ろしいって、ここまでノ―プランで書き進めた自分が恐ろしい!


 けれど、やはり二次元オタクの不器用な恋の駆け引きなど、まどろっこしいだけでどこの層にも需要などない。語るに面倒で、語るだけ無駄だ。

 そもそも、なにが悲しくて見た目にも性格にも気持ち悪い、「リリムちゃん、はぁはぁ……」などどほざいている細井竜虎の色恋沙汰を語らなければならないのか……。

 そんなの苦行にもほどがあるし、精神衛生上よろしくない。


 そういうわけで、物語はこれより問題へと移る。

 つまり、起承転結で示すところの『転』――また、あるいは『起』の部分だ。


「……ん……」


 生まれて初めて男の鞘を抜いた竜虎は、妙な音を耳に聞き入れ覚醒する。

 薄暗い天井。

 窓のカーテンの合間から薄い光が指し込んでいる。

 外は月灯りに仄かに明るい。

 竜虎はいのりのぬくもりを探してベッドをまさぐる。

 が、あると思っていた感触は返ってこない。


「あれ?」


 ついさっきまでギシギシあんあんしていたベッドには、なぜか自分一人しかいなかった。

 夢か現実か、竜虎は意識が曖昧なままの頭を振って、いのりの姿を探した。


「……いのり?」


 呼ぶが、応えは返ってこない。

 ぼやけた頭に、急に寂しさが込み上げてきた。

 寂しい……というと、長らく童貞をこじらせていた竜虎には少々可笑しいが……寝るまでの間、二人は常に身体のどこかが触れ合っていた。電気を完全に消してからは、その感覚がさらに濃密なものになったことを実感していた。いのりのほうが先に眠りに落ち、その寝息を聞きながら竜虎も眠りに入っていった。

 だから再び現実に戻ったとき、その地続きにいのりの姿がないことがどうしようもなく不安に思えた。

 竜虎はベッドから降り、フローリングの床に足をつける。

 局部からぶら下げるポークビッツをパンツで隠して、探すのは当然いのりの姿だ。

 どうやら、いのりは衣服を着ていないらしい。

 彼女が着ていた服は床に無造作に置かれている。

 いや? ショーツが見当たらない。


「……やれやれ」


 ニヒルな笑みを浮かべ、鼻をふくらます。

 なるほど、ベッドの上では野生的だった彼女も、流石に真っ裸で部屋を出るほど野性児ではないらしい――しかし、いけない子だ。二回戦と洒落こむのも、存外悪くはない。

 などと思いつつ、竜虎は部屋のドアまで行き、ノブに手をかけた。


「…………?」


 そこで微かな音が聞こえた。

 掠れた呟き声。

 ぺた、ぺた、と床を叩くような音。

 妙な感じがした。


「……いのり?」


 竜虎は恐る恐るドアを引く。

 そして、全身に怖気が走った。


「おうち……おうち……あたらしいおうち……」


 と。

 いのりは。

 椎名いのりは――下着のみという哀れもない姿で――伏し目がちに、フローリングの床の目を指でなぞっていた。

 ぺた、ぺた、と手のひらを張りつけ、

 指を立て、ゆっくりと、またゆっくりと引いていく。

 それにいったい何の意味があるのか……何度も何度もその行為を繰り返す。


 顔は竜虎がこれまで見たことのないそれだった。

 目を異様に吊り上げ、まるで瞬きを忘れたかのように床を凝視。

 と、そこで呆然と立ち尽くす竜虎に気付き、垂れ下げた首をぐるんと回す。

 瞳孔が開き切ったような狐目が、竜虎を見た。


「……ケケ」


 笑った。

 そして周った。

 ぐるぐると、ぐるぐると。

 同じ場所を、何度も何度も、四つん這いに。


「ケケ、ケケケ……おうちおうち、あたらしいおうち、ケケ、ケケケ……あたらしいおうち……ケケケケケケケケケケ……」




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