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細井竜虎はオタクだ。
端的に言ってキモオタだ。
彼はうだつの上がらない高校時代、そして大学生活(中退)を送ってきた。
ゆえに、恋愛というものを体験しないまま二十歳を迎えた。
竜虎が愛する二次元のキャラクターは多くいたけれど、三次元の女の子を愛することはこれまでに一度としてなかった。
そのすべては彼の性格に起因する。
竜虎は臆病だった。
身長180センチ、体重70キロと恰幅の良い体形をしているくせにチキンだった。
告白してフラれることを思うとなにもできなくなってしまう。
どうせ自分が好意を寄せたところで相手の迷惑だ。
どうせ自分が想いを打ち明けたところで、気持ち悪がられるに決まっている。
どうせ無理だ。どうせ。どうせ。
――だったら。
それだったら最初から自由意志を持つ三次元の女の子になど好意を抱かず、自分の愛情を無条件に押し付けられる二次元の女の子に好意を抱けばいい。二次元の女の子なら、自分を傷つけるようなことは絶対にない。
そういうわけで、竜虎はベクトルマックスで二次元の幼女を愛してきた。
「……リリムちゃん……」
アニメ、『ピコ巫女パラダイス』のマジカル・リリム。
飛びっきりキュートな巫女コスチュームを着た幼女のフィギア――その精巧に造られた上質な布地のスカートをめくって悦に浸るのが竜虎の日課だった。竜虎に逆らうことなく、思い通りにパンチラを振りまくフィギア。卑劣なポルノグラフティの構図に、わずかに残された倫理が糾弾する。
「……終わってんな、俺……」
事実、終わっていた。
ちょっと非道徳的な性的趣向だけでなく、竜虎は社会的にも終わっていた。
大学をやめてからというもの、職を転々とし、今はコンビニ店員としてフリーターをやっている。資格は運転免許すら持っていない。同窓会に行けば肩身の狭い思いをして、いつのまにか友人と距離を置くようになっていた。
楽しみと言えばネットサーフィンとソシャゲのレベル上げ、稼いだ金はゲームに使うか、美少女フィギアにつぎ込むか……満足なんて一瞬で、後に残るのはどうしようもない虚無感だけ。
まるでオナティッシュのような人生だった。
人は誰しもが価値があり、歩む人生には意味があるとは言うけれど、ここまで意味も価値もない人生はめずらしい。それが他ならぬ自分だというのだから、笑いたくても笑えやしない。
竜虎は呆れを通り越して、いつしか無感動になった。
周囲からは「ウドの大木」というあだ名まで頂いた。
どうでもいい。
どうだっていい。
そんな諦めの観念に人生を浸していた――そんなときだった。
竜虎の人生は転機を迎えた。
バイト先のコンビニに、年下の女の子が入ってきたのだ。
「細井さんは……なんていうか、気持ち悪いですよね」
と、陰で幼女巫女フィギアのパンチラに興奮する男に宛がう最適切な言葉に、
「地味っぽくて、陰気で陰鬱そう。一緒にいて絶対楽しくないオーラが出てます」
と、異性から向けられる印象の、その最上級レベルでダメな感想を添えて、
「でも、だけどなんだか真面目で、誠実そうな感じ。そういう人って、彼女を大事にしてくれるような……そんな気がします」
と、椎名いのりはそう言った。
放つ言葉にほんの少しの照れ隠しを含めて――いたかどうかは、おおよそのところ彼女次第ではあるのだけれど、それでも椎名いのりの声色に、竜虎が思うような軽蔑や侮蔑の色は含まれていなかった。
小柄で地味な服装、髪型はそれに揃えたかのようなショートカット。
華々しさはないにしても瑞々しさがうかがえる。
そんな椎名いのりは、別段、竜虎好みのロリィでふりふりぃな女の子ではなかったが……しかし、その笑顔は幼女よりも可憐に見えた。白いキャンパスに絵の具を振りまくように、竜虎が彼女の色に染まるのは、そう時間を要する話でもなかった。
端的に言えば、恋をした。
細井竜虎――初めての恋である。