6.紫の苑
ハルが来てから三年が経った。
三年のうちに変わったことといえば、わたしたちの身長が伸びたこと、院全体の雰囲気が明るくなったこと、そしてリオちゃんが一緒に生活するようになったこと。
リオちゃんはわたしより五つ下で、人懐っこくって元気な女の子だった。
自分だってまだ小さいのに、リオちゃんよりも幼い子の面倒も見てあげて、おじいちゃんやおばあちゃんの話し相手やマッサージ、お手伝いもしていた。だからすぐに院のムードメーカーになって、みんなを笑顔にしていた。
リオちゃんの病気はちゃんと現在の医療技術で治せるものらしく、入院して二ヶ月が過ぎた今日手術をする。
「リオちゃん行ってらっしゃい」
「ちゃんと治して貰ってきてね」
わたしとハルが声を掛けると、緊張していない様子でいつもの笑顔を向けるリオちゃん。
「うん!今よりも元気になって帰ってくるから、またいっぱい遊ぼうね。キョウちゃん、ハルくん!」
「リオちゃん、そろそろだよ」 わたしたちの元にやって来たみっちゃんがそう告げてリオちゃんとともに歩き出す。
「あっ!待ってみっちゃん先生!」
突然何かをひらめいたような声を出したリオちゃんが、こちらに駆け寄ってきてハルとわたしを抱きしめた。
びっくりして暫くぽかんとなってたハルだったけど、リオちゃんと同じように抱きしめるものだから、わたしも二人を抱きしめ返した。
長くも短くも感じられた抱擁の間に想っていたことは、きっとみんな同じ。そしてそっと、名残惜しそうにリオちゃんが腕を離した。
「キョウちゃんとハルくんのパワーをわけて貰ったから頑張ってくる!」
小さな手で握りこぶしを作ったリオちゃんに、二人でもう一度「行ってらっしゃい」と声をかけて見送った。
だけど。
わたしたちがもう一度リオちゃんと遊べる日が訪れることはなかった。
リオちゃんのお葬式にはリオちゃんのお父さん、お母さんとリオちゃんの園の友だち、それから病院の先生たちとわたしとハルも出席し、静かに行われた。
わたしはリオちゃんが居なくなってしまったことが信じられなくてまだどこかで生きているような気がして、みんなが静かに涙を流している中、自分の存在が異質に感じられた。
それから数日が経ち、院の中でリオちゃんの声が聞こえなくなってからわたしにも「リオちゃんがもういないんだ」ということがわかるようになった。
実感すると途端にお葬式では一粒も流れなかった涙が堰を切ったかのようにわたしの頬と側にいて抱き締めていてくれたハルの服の袖や肩を湿らせる。
でも。
リオちゃんがいなくなってから暫く経つと先生たちも他の患者さんも、あたかもリオちゃんなんて最初からいなかったかのように過ごし始め、わたしは憤りを感じると共にぞっとした。
リオちゃんがいなくなったのにどうして笑っているの……?
みんなリオちゃんのこと忘れちゃったの……?
わたしも死んじゃったら忘れられるの……?
怖かった。
ただひたすらに怖かった。
"自分"という存在が死によって消えてしまうことにより、みんなの記憶からも忘れられてしまうなんて怖くて仕方なかった。いつか死んでしまうなら、わたしが今生きている意味はなに……?治らないと言われている病気なのに病院で生かされているのはどうして……?
そんなことをずっと考え、考え、考え続けた。みんなから忘れられるくらいなら最初からみんなの記憶に残らない方がいい。
そしてわたしはみんなとの関わりを経つことにした。